第4話 黒鉄への道 其の四
【黒鉄への道】其の四
ゴロツキ共の到着を待つ間、俺は音を立てないように窓を解錠する
上へとスライドするタイプの窓だったため、
ゆっくりと音を立てないよう慎重に持ち上げていく
限界まで上げると、カチッという音が鳴り、窓は固定された
ダガーを窓から室内へと入れ、反射で中の様子を伺う
音からしても人の気配は無かったが念のためだ
丁度その頃、ゴロツキ達が到着し、ヤージー兄弟に視線が集まる
兄のヤージルが頷き、俺を先頭に建物に侵入した
ここからは警備兵に見つかっても無理矢理押し通る
極力見つからないようにはしたいが、この人数だ、おそらく無理だろう
いや、そのための人数とも言えるのだ
お宝さえ奪ってしまえば後は逃げるだけだ
下水道まで逃げればこちらの勝ちは確定する
俺たちは二手に分かれ、屋敷内をしらみ潰しに探す
ヤージー兄弟によれば、この屋敷内に宝があるのは間違いないが、
肝心の保管庫の位置は把握していないらしい
そのための人員でもあるというわけか
これだけの手練を即座に集められる奴らの人脈に、
組織としての力の大きさを垣間見た気がした
しばらくすると、見回りをしていた警備兵2人と鉢合う
即座に臨戦態勢を取ったが、俺の背後にいたヤージルが手で制す
次の瞬間、警備兵の1人がもう1人を背中から斬りつけ、
倒れたところにトドメの一撃を入れる
「よぉ、遅かったな」
弟のヤージンが言っていたのはこれか……
少しばかりヤージー兄弟に関心せざるを得なかった
軍内部にまでその手を伸ばしている奴らの組織力の高さは侮れない
「じゃあ、俺のことを1~2発ぶん殴ってくれ」
「おう」
警備兵の男はヤージルに2発殴られ、口の端から血が流れる
「くっ、痛ぇ……後はふん縛ってくれ」
男はここで野盗にやられたという事にするのか
軍内部に駒がいるというのはそれだけで利用価値は高い、
ここで失うのは惜しいという事なのだろう
「で、本当にドゥヴェルグの野郎は留守なんだな?」
「あぁ、間違いない、夕暮れに出立したばかりだ」
紐で縛りながらヤージルはそんな会話をする
どうやら屋敷の主、ドワーフ最強の男は留守のようだ
男は口に猿轡をされ、寝転がって目を瞑る
それを見てヤージルが歩き出し、俺たちもそれに続いた
軍総帥の屋敷だけあって広く、部屋数もかなりのものだ
1つ1つ隠し部屋が無いか探りながらなため、
予想以上に時間を取られているが、やっと目的の物を発見できた
「これだな」
「あぁ、間違いない」
暖炉の内壁に妙な出っ張りがあり、押し込んでみたところ、
目的の物……栄位の紫玉が出てきた
「……残り2つ」
ヤージルは紫玉を腰袋に入れ、キツく紐を縛り、次を目指して動き出す
今のところ、屋敷内で大きな騒ぎは起きていない
もちろん俺の活躍によるところも大きいが、
思ったより警備兵がいないというのが主な理由だった
よく考えればそれもそうだ、
主のいない屋敷を警備する者がそんなに多いわけがない
屋敷侵入から半刻ほど経過した頃だろうか、
俺たちとは別グループの方が騒がしくなる
音から察するに、警備兵との戦闘になったのだろう
「ヤージンの野郎、宝は見つかったんだろうな」
あちら側のグループは弟ヤージンが仕切っている
俺とメリィは兄ヤージル側というわけだ
戦闘が長引けば、宝は諦めて引かざるを得ない
まだ目的のものは1つしか手に入れていないが、
あちら側のグループは何個発見したのだろうか……
「一旦合流するぞ」
「了解だ」
俺たちが弟側へ向かう最中、戦いの音は激しさを増し、
辿り着いた時には警備兵15人との戦闘になっていた
数ではこちらが勝るが、相手は正規兵、装備も技術もかなりのものだ
その辺のゴロツキ程度では苦戦は必至だろう
しかし、この戦況はある2人の行動により激変する
警備兵の最後尾にいた2人が後ろから仲間に斬りかかったのだ
まだ2人も駒が潜んでいたのか……
ヤージー兄弟の息のかかった者が軍にどれだけいるのか、
ただのゴロツキ連中と侮らない方がいいなと俺は心に刻む
裏切りによる奇襲、挟み撃ち、
こうなっては正規兵と言えど簡単に崩れてしまう
あっという間に13人の兵は倒され、内通者の2人は縛られた
「ヤージン、そっちは何個見つけた」
「こっちは1つだ、兄者は?」
ヤージンが手に持つ短刀……爆炎のダガーを見せながら言う
鞘に納められたそれは、刀身こそ見えないが装飾だけで高価だと分かる
ドワーフの技術が惜しみなくあしらわれた一品だった
「こっちも1つだ」
腰袋を叩き、丸みを帯びた形状から中身は察することができる
「残るは藍斬のハルバードか」
そう口にした時、奥にある分厚い扉が開く
41名全員がそちらへと注目し、扉から鳴る重たい音が響いていた
「これのことか?」
扉の向こう側に立っていたのは子供のように小柄な人影、
その者が発したであろう声は低く、歳を重ねた者の声だった
そして、その男は1本の槍を地面へと突き立てる
青く澄み切った輝きを放つそれは、まるで芸術品のようだった
「おいおい、留守じゃなかったのか」
つい、俺の口から愚痴がこぼれる
愚痴を言いたくなるのも仕方のない事だろう?
今、俺たちが対峙しているのはあのドワーフ最強の男なのだから
「……ドゥヴェルグ・アーグ・トールキン」
誰かは分からないが奴の名を口にする
まるでそれに応えるかのようにドゥヴェルグは槍を手にし、
くるりと一回転させてから再び地面へと突き立てた
コーーーーーン………
澄んだ良い音がする
陶器などは音だけで価値が分かるというが、
あの槍もまたそうなのかもしれないと俺は思ってしまった
「あんた、どうするよ」
背後にいたメリィが恐怖の混じる声で聞いてくる
彼女も分かっているのだ、目の前のドワーフの実力を
「愚問だな」
こちらは41人、相手はたった1人……
俺には本当に愚かなのはどちらなのか分からなかった
幸いなことに、奴は完全武装はしていない
ミスリルの鎧に身に纏っていたら手も足も出なかっただろう
ドゥヴェルグの鎧は奴のために作られた特注品であり、
隙間という隙間がほぼ完全に塞がれた、いわば歩く城塞だ
しかし、今の奴の装備は総帥用の軍服……軽装である
勝機が無いとは言い切れない
「勝てるのか……?」
怯えたゴロツキの1人が口にする
そう言いたくなる気持ちも分かるが、恐れは敵だ
俺は半歩だけ前に出て後ろの奴らに言う
「恐怖は仲間への裏切りと思え、恐怖は敵の勇気になるからだ」
両手にダガーを構え、臨戦態勢に入った俺に続き、
ゴロツキ達は一斉に武器を構える
「奴の獲物は槍……いや、ハルバードだったか?
長物は室内では好きに振るえまい、それに比べ、俺たちはどうだ?」
俺がダガーを後ろの奴らに見せるように掲げる
すると、ゴロツキ達から歓声が上がり、士気は一気に上昇した
「御託はいい、かかってこんかい」
ドゥヴェルグは槍を前へと突き出すように構え、
本気で俺たち41人を1人で相手するようだ
だが、室内ではハルバードを槍のように突きでしか使えまい
だからあの構えなのだ、奴とて余裕などないはずだ
そう感じてか、ゴロツキの4人組が先陣を切る
「ヤージルの旦那、あれ殺ればいくらだ~?」
「400金貨出そう」
「ひゅ~♪ 気前いいねぇ」
400金貨、俺たちにとっては夢のような額だ
リスクのある仕事を4日がかりでして1金貨なら大儲け、
それが俺たち下っ端のゴロツキの金銭感覚だ
400金貨、その魔力はゴロツキ達の目つきを変えるには充分だった
しかし、俺は逆に慎重になった
ヤージルにとってドゥヴェルグという存在はそれほどなのだ、と
確かに奴の武勇伝は聞いた事がある
真偽は分からないが、ワータイガー30匹を1人で殺したとも言われ、
あのワータイガーの英雄と互角に戦ったとも言われている
普通に考えればそんな話がホラだとすぐに分かる
ワータイガーの身体能力は人間の比ではない
1匹ならともかく、2匹もいればほぼ殺されるだろう
中でも英雄と呼ばれるワータイガーの実力は、
他のワータイガーの比ではないと聞く……
そんな化物と殺り合える人類がいてたまるか、盛りすぎだ
俺はこの時までは本気でそう思っていた
先陣を切った4人組は、この41人の中でも上位に入る手練だろう
俺ほどの者になると、動きを見ただけでどの程度の実力かは判断できる
奴らは悪くない、そう、悪くないレベルだ
1人は投げナイフを用意し、仲間の初撃に合わせるつもりだろう
先頭の男は鉈のような刃渡り50センチほどの獲物を構えている
それに続くように手斧持ちとダガー持ちが続く
奴らがじわじわと間合いを詰めていく……すると、
ドゥヴェルグが青い槍を横一文字に一閃する
まるで音が後からついてきたかのように錯覚をするほどの一閃だった
刹那、ドゥヴェルグの槍から半透明の刃が広がり、
槍は水の刃を得てハルバードへと変わった
一瞬遅れて壁にかかっていた絵画がコトンと音を立てて落ちる
ぬちゃりと粘着質の何かがズレるような音がした
次の瞬間、先陣を切っていた4人の内3人の上半身と下半身は別れを告げる
「ひっ……バカな、壁が……」
投げナイフの男が視線だけで壁を見る
確かに壁はある、あの槍を横に振るう事など無理なはずだ
だが、よく見ればガラス、壁、絵画が綺麗に横一文字に切断されている
「斬ったのか……壁ごと」
恐怖から男の膝が笑い、尻もちをついてしまう
ドゥヴェルグは横一閃した斧槍は止めておらず、
回転させながら少しずつ少しずつ加速してゆく
まるで壁や天井や地面など無いかのように、
斧槍は縦横無尽に走り、辺りに木片や石片が飛び散り、舞う
小さな台風のように高速回転をする斧槍が、
その範囲に入るもの全てを両断していた
斧槍の青白く光る水の刃が次の獲物を欲していた
「メリィ、下がるぞ」
俺が後ろにいたメリィに耳打ちし、彼女の手を引くように即座に下がる
予想通り、ドゥヴェルグの嵐のような攻撃が始まった
斧槍を高速回転させながらドゥヴェルグは走り出し、
本人も回転を加えたり、飛び回ったりしていた
その動きはドワーフとは思えない俊敏さだ
「そういう事か……チッ」
俺は理解した、奴の強さを、奴の戦い方を
そして、これまで聞いた武勇伝が全て真実であると……
全てを両断するガード不可能の藍斬のハルバードを、
あの速度で振り回されては、どうやっても近づく事など出来ないだろう
更に、普段の奴はミスリルのフルプレートを着込んでいるという
わずかにある隙間を狙おうにも、あの回転では狙う事すら叶わないだろう
攻防一体の戦術、あのアーティファクトがあるからこその戦い方だ
どうやらあの斧槍は相当軽いらしい、でなければあの速度で振るえまい
今は鎧を着ていないから普段より早いのかもしれんが
それにしても冗談じゃない、武器1本でここまでの差がつくのか?
これがアーティファクトの力ってやつなのか……くそっ
下がりながら様子を伺うと、既に半数近くが肉塊へと変わり果てている
ドゥヴェルグは深い深い呼吸をしながら斧槍の速度を更に上げた
それに恐怖したゴロツキ共が逃げ始めるが、時既に遅し
奴はドワーフの中では驚異的なスピードを持っている
あの斧槍を振るう腕力もそうだが、脚力の方が危険だ
下手な奴じゃ一瞬で間合いを詰められるぞ
そう思っていると、案の定といったところだ
逃げようとしたゴロツキ共が糞袋へと姿を変える
その中に、ヤージー兄弟の弟ヤージンも含まれていた
俺はヤージンの持っていたはずの短刀……爆炎のダガーが気になった
奴の身体は完全に真っ二つにされていて、ダガーは腰にぶら下がったままだ
どうする、戻って拾うか?
いや、ドゥヴェルグに近寄るのは自殺行為だ
藍斬のハルバードの切れ味は普通の武器で受けれるものではない
普通の武器? 自分から出た言葉だが、妙にその言葉が気になった
普通でない武器でなら?…………受けれるかもしれない
『ヤージルッ! 玉をよこせッ!』
俺がそう叫ぶと、驚いたヤージルは一瞬躊躇うが、
腰の袋ごと俺へと放り投げる
それをキャッチした俺は、右手に玉を握り締め、身を低くして駆け出した
目標はヤージンの下半身……腰にぶら下がってる短刀だ
俺は滑り込むように斧槍の刃を搔い潜り、ヤージンの下半身へと到達する
左手のダガーで荒っぽく腰紐を斬り、
ダガーを投げ捨てた左手で落ちる短刀をキャッチした
そして、それとほぼ同時に、
ドゥヴェルグの一撃を右手の玉……栄位の紫玉で受ける
シギィィィィィィィッ!
アーティファクトとアーティファクトが擦れ、
水でできた刃は欠けた部分が霧散する
何とか逸らす事に成功し、俺は玉をヤージルへと投げ返す
ドゥヴェルグは軌道を逸らされた事により、
よたついてバランスを取っていた
……殺れるぞ
奴が無双の強さを誇るのは、その圧倒的な攻撃力のためだ
しかし、奴の攻撃が防げるとしたら……? 奴の牙城は崩れ落ちる
ドゥヴェルグから距離を取りつつ、ゆっくりと短刀を抜いた俺は、
揺らめく炎のような刀身に目を奪われた……
まるで、幼い頃に見た火花のような衝撃が俺を貫く
爆炎のダガー、その名の通り火の魔法が付与されたダガーである
このダガーには風の魔法も付与されており、
どんな小さな切り口でも爆裂する魔法がかかっている
このダガーの内部で属性融合が起こっているのだ
ただ魔力を流し込むだけでそれは発動し、装備者の破壊の恩恵を授ける
古の時代、ドワーフ最高の鍛冶職人が、
神から授かったとされる日緋色金で作り上げた一品だ
その刃、汚れることなく
その刃、欠けることなく
その刃、破壊をもたらさん
恐れるなかれ、侮るなかれ
緋色の輝き潰える、その刻まで
ドワーフの秘宝、ラーズ国の国宝、人類の宝の1つ、
爆炎のダガーは持ち主を選んだかのように、ウテルケの手に収まっていた
武器と使い手、それは時に互いに惹かれ合い、一体となる
ウテルケは身を低くし、爆炎のダガーを右手に構える
体勢を立て直したドゥヴェルグは明らかな空気の変化を感じ取り、
二歩後退りしてから構え直した
間合い……これは戦いにおいて最重要とも言えるものだ
先程までのドゥヴェルグとウテルケの距離は3メートルほどあった
だが、ドゥヴェルグは二歩引いた……それが彼、ウテルケの間合いだからだ
ダガーの間合いが3メートルあるなど普通では考えられないが、
ドゥヴェルグは先程のウテルケの動きを見て理解した
こいつは別格だ、と
そして、奴の持つ爆炎のダガーを、
この場にいる誰よりも詳しく知っているのはドゥヴェルグだ
かすっただけで1発アウト……その危険性を理解しての間合いだった
ウテルケはドゥヴェルグの動きを瞬きすらせずに観察している
このドワーフは驚異的なスピードで暴れ回っていた
その結果こちらの被害は38人、その中にはまだ生きている奴もいるが、
両足を失った者や上半身と下半身が別れを告げた者たちで、
すぐに出血多量で死に至るだろう
現状、無傷でいるのはウテルケ、メリィ、ヤージルの3人だけである
38人斬り、それだけで大英雄と呼ぶに相応しい戦果だが、
このドワーフの恐ろしいところは、まだ息が切れていないという点だ
数の差は圧倒的だったため、余力を残して戦っていたのだろう
ウテルケは観察を続けているが、隙という隙は一切見当たらない
それは相手が自分と同等、もしくは格上という事になる
ならば、まともにやりあうのは得策ではないだろう
「メリィ、引くぞ」
「了解っ」
俺の合図でメリィは撤退の準備を始める
しかし、ヤージルがそれを止めた
「待て、ここまで来て諦めるのか?」
「ふざけるな、これ以上は犬死だ、2つでよしとしろ」
俺の言葉にヤージルが一瞬考え込む……
おそらく弟を殺され気が立っているのだろう
だが、俺には関係のない事だ
「チッ……引くぞ」
ヤージルが不快感を隠そうともせずに言う
その瞳は眼前のドワーフへと向けられ、
濃密な憎悪の感情をぶつけていた
「俺とメリィが時間を稼ぐ、退路を確保しろ」
「おう」
ヤージルはもう1度だけドゥヴェルグを睨みつけ、
横にある窓を栄位の紫玉で叩き割る
「逃がすと思うなよ」
ドゥヴェルグが藍斬のハルバードを構え、
牽制のような突きを繰り出すが、俺はそれを爆炎のダガーでいなす
驚くほど手にしっくり来るこのダガーは、
まるで自分の手の延長かと思うほど自在に操れた
爆炎のダガーと藍斬のハルバードの水の刃がぶつかり合うと、
水でできた刃は爆散し、刃が再生するのを繰り返している
僅かではあるが、互いに魔力の削り合いのような勝負になっていた
『メリィッ!』
俺が叫ぶと、ほぼ同時にメリィが煙玉を投げ込む
ポンッと音を鳴らして炸裂した煙は部屋中に広がり、
一気に視界は閉ざされる
その瞬間、俺たちはヤージルが叩き割った窓から外へと出て、
振り返ることなく下水道の鉄蓋を目指した
足音からして背後にドゥヴェルグが迫っているのが分かる
しかし、ここで足を止めるわけにはいかない
奴とまともに殺り合えば無傷では済まないからだ
左前を走るメリィが腰のポーチに手を伸ばす
腕の振りをやめれば速度は落ちるが、彼女は撤退のプロでもある
ポーチから取り出した革袋の紐を解き、地面に向かって振ると、
無数の細かな金属製の棘が落ちる……撒菱というやつだ
それを予期していた俺は僅かに右へと進路を変え、
俺の動きを察知したメリィは撒菱を広範囲にばら撒いた
ドゥヴェルグは構わず直進しようとした
彼の履くブーツはラーズ軍の支給品であり、
分厚い靴底に撒菱など無意味と判断したためだ
しかし、これは間違いである
盗賊との戦いに慣れていないドゥヴェルグらしからぬミスと言えるだろう
メリィがばら撒いた撒菱は通常の物とは少し異なる
棘の先端が全てフック状に曲がっているのだ
これを踏んだ場合どうなるか……答えは簡単である
ガチンッ!
金属と石畳がぶつかる音と共に、ドゥヴェルグの体勢は一気に崩れる
横へと倒れる視界の中で自分の足を確認すると、
無数の撒菱が靴底に刺さり、フック状の棘は簡単には抜けそうもない
片手をついて体勢を立て直したドゥヴェルグであったが、
撒菱の先端は手の平の肉をえぐり、痛みを与えてくる
無理に引き抜こうとすれば肉ごと持っていかれるだろう
「小癪な」
前方を走る盗賊3人との距離は広がる
国宝でありドワーフの秘宝であるアーティファクトを2つも奪われているが、
ドゥヴェルグはそれ以上の追撃はしなかった
今の状態で追っても良い結果にはならないと判断したためだ
踵を返し、歩きにくそうに屋敷へと向かったドゥヴェルグは、
室内の惨状を眺め、深い深いため息をもらすのだった
・・・・・
・・・
・
再び下水道に入り、例の浮浪者のような男の案内で、
彼らはラーズ首都のスラム街の一角に出る
浮浪者のような男は謝礼を受け取り、ホクホク顔で下水へと消えた
「一旦アジトへ戻るぞ」
「あぁ」
「あいよ」
ヤージルはずっと不機嫌だった
弟が殺されたのだ、それは仕方のない事だろう
だが、その苛立ちをこちらへも向けてくるのは筋違いというものだ
部下の大半を失い、弟を失い、
手に入れたのは予定より1つ少ないアーティファクト2つ……
作戦は成功とは到底呼べないものだった
しばらく無言で歩き、アジトへと到着すると、
ヤージルは部屋へ入るなり椅子を蹴飛ばし、
机を叩き、汚い言葉を吐き出していた
俺とメリィは部屋の隅で黙ってそれを見ていたが、
いい加減うざったいのもあり、報酬をいただいて帰ろうとした時、
入り口の扉が勢いよく開く
「ヤージルさん、今日のも上物なんだ、高く買ってくださいよ~」
入ってきた人物を見て、咄嗟に抜いた爆炎のダガーをしまう
今入って来たのは先日の少年……シルトとかいう奴だ
戦場で拾ってきたであろう鎧一式と小盾と剣を手に、
少年はヤージルへと駆け寄る
「ね? なかなかの上物でしょ?」
少年は無邪気な子供の笑顔で自慢するように見せつけてくる
こう見るとただの子供なんだがな……俺は一瞬そう思った
「……黙れ」
拾ってきた鎧の音が鳴っていた室内がその一言で凍りつく
その声は重く冷たい……殺意を隠しもしない声だったからだ
「どうしたの? ヤージルさん」
少年は少しだけ声のトーンを落とし、控え目に彼の様子を伺う
覗き込むような形になった少年の顔を見たヤージルは、
ギリッと歯を噛み締め、その手に持つ栄位の紫玉を振り翳す
『黙れっつってんだろうがッ!!』
ヤージルの振り下ろした栄位の紫玉は、
少年の顔面をとらえたと思ったが、少年は既のところでそれをかわし、
ヘラヘラと笑顔を"作り"ながら再び口をひらく
「やめてくださいよ、ヤージルさん、危ないじゃないですか」
その余裕のある態度がヤージルの神経を逆撫でする
『俺は、黙れと言ったぁッ!』
ヤージルはついに腰のダガーを抜く
次の瞬間、室内の空気が一変する
俺の横にいるメリィですら分かるほどの殺気
それはヤージルから放たれるものではない……そう、奴からだ
「……もういいや」
少年はぼそっと面倒臭そうに口にし、鎧を投げ捨てる
その態度が腹が立つのか、ヤージルは抜いたダガーで突きを放った
脅しなどではない、完全に殺す動作だ
しかし、少年は難なくそれをかわし、抱きつくように身を寄せた……
「……がッ……おまっ」
シルトと呼ばれる少年は、相手の力を利用し、
錆びたナイフの刀身が見えなくなるほど深く突き刺していた
ほぼ即死だったヤージルが顔面から倒れ、
少年はその顔を足で転がし、死んでいるのを確認する
その姿に、メリィは自分の口が開いたままなのを忘れるほど驚いていた
「あんたみたいな悪党、僕は嫌いだったんだよ」
この結果を俺は予想していた
あのガキならヤージル程度なら容易く殺れるだろう
奴が時折見せるあの目……あれは既に仕上がっている目だ
人を殺すことに躊躇いがなく、
正確に確実に殺せる最適解を導き出す……俺と同種の人間のそれだ
糞袋となったヤージルの懐を漁り、財布を取り出した少年は、
こちらをチラリと見て口をひらく
「あんた達もやるの? 別にいいけど、できれば女性は殺したくないな」
「あ、あたしはいいよ、へへっ」
メリィが引きつった笑みでそう答える
彼女にもやっと分かったのだ、このガキの恐ろしさが
「ふっ、ガキ……シルトと言ったか?」
「うん、なに」
少年は拾ってきた剣を手にしながら答える
幼い体格に合っていない直剣だが、奴ならある程度使い熟すだろう
「俺の元へ来ないか」
「断るよ」
「そうか」
「うん」
即答だった、迷いは一切ない
そこに嫌悪も殺意も何も無い、淡々とした会話だった
話しながらも少年は小盾も拾い上げ、鎧一式を見て少しの間考え込む
「お兄さんたち、この鎧あげるよ、僕には着れないしね」
「あ、ありがと」
メリィが引きつった笑みのまま御礼を言うと、少年は笑顔を向けた
その笑顔は年相応のそれに見え、そこが逆に気味の悪さを強調させる
「どうしよっかなぁ……
仕事なくなっちゃったし、冒険者にでもなろうかな?」
少年が面倒臭そうに呟きながら部屋を出て行く
後ろ姿を見送った俺たちは、しばらく黙ったままだった
俺が無言で歩き出し、メリィも黙ってついてくる
転がっているヤージルを見下ろして、俺は唾を吐いた
「呆気ないもんだな」
落ちていた玉……栄位の紫玉を拾い上げ、メリィに手渡す
彼女は大切そうに玉をポーチへとしまい、
少年が残していった鎧を見ていた
「メリィ、お前はこの組織に詳しかったな?」
「ぁん? まぁね」
鎧の傷などを調べながら彼女は答える
「使えそうなガキは後何人いる」
ウテルケのその言葉に思わず振り向く
見上げた彼の顔はいつも通りの仏頂面で、感情は読み取れない
「ん~……3人かな」
「ほぅ、悪くないな、連れてこい」
「え? 今??」
「あぁ」
ウテルケはヤージルの死体を足で転がして退かすと、
ヤージルだけが座る事を許されていた椅子に腰を下ろす
「この組織はもう終わりだ、なら俺たちに出来る事はなんだ?」
突然の問いに困惑していると、珍しくウテルケはニッと歯を見せた
「奪えるものは奪ってく、人材もな」
「なるほどね……了解っ」
私は、彼のその言葉を待っていたのかもしれない
彼が言うように、この組織はもう終わりだろう
このままラーズに留まるのも愚策だ、タイミングは今しかないんだ
「それじゃ、行ってくるよ……団長♪」
メリィがからかうように片目を瞑って言い、俺はそれを鼻で笑う
彼女が出て行った入り口に目をやりながら、これからの事を考えていた
団長……か……悪くない
俺は腰にある爆炎のダガーを抜く
揺らめく刀身は目だけでなく心まで奪われそうなほど美しい
チャンスはようやく訪れた、今こそその時だ
俺は求めている力を手に入れた
俺は……いや、俺たちはここから始まる
「俺が作ってやろうじゃないか、最強の盗賊団を」




