第35話 「銀の狐と黒い蛇-再戦①-」
空気が張り詰めるのを、憤りが湧き上がるのを実感した。
僕の目の前に、あの男が現れた瞬間に。
「どうしよう……? まさかまた、しかもこんな所で」
「………アイツをわざわざ相手にする事は無い。なんとか撒く方法を………」
「僕が」
撒く……。
確かにそれが最善手だよ。
普通、あんな奴に立ち向かおうとは思わない。
でもね。
「……僕がアイツの相手をする。だから2人は別の道を」
許せないんだよ。
本気でそう思ったのは久し振りなんだ。
「勾原君……! 相手は素手で、ブレード無しで私たちを圧倒したんだよ⁉︎ それを1人でなんて!」
「………勝算は?」
焦る天音ちゃんとは対照的に、響人君は短く尋ねた。
「さあ。……あの時みたいにやれれば、もしかしたら」
「可能性はある………だが」
「分かってる。アイツにブレード使われたら、ほぼ勝ち目無いよ」
「違う………そもそも、あの時の事もよく分かってない。確実性が低すぎる。………下手すればお前」
「そうはならないから。大丈夫大丈夫」
僕は2人の背中を押し、部屋の外に促した。
「ちょっと、勾原君」
「別にずっと相手する気無いよ。適当にやり過ごして、後は逃げるから」
今、僕は笑ったつもりなんだけど、上手く笑えただろうか。
「………意地でも後で合流しろよ」
「……パニャートナ」
少なくとも、響人君は承知してくれたみたいだ。
心配そうな天音ちゃんを引っ張って、階段を上るのを見送った。
「さて……」
振り返り、改めて夜乃と対峙する。
ベタ塗りみたいな瞳、右目にかかるメッシュの金髪、傷跡みたいな模様のシャツ、楽しそうな表情。
記憶のまんまだ。
「カハ! そんな怖え顔すんなよ。よっぽど俺が嫌いなのか?」
「うん、大嫌いだよ」
「やれやれ……ヒールは辛えな」
奴は両手を広げるジェスチャーをし、首をかしげた。
相変わらず一見無防備で、今回はバタフライナイフすら持ってない。
それでも、手加減して勝てる奴じゃないのはもう分かってるんだ。
ならやる事は1つ……!
「先手必勝ッ!」
有無を言わさず攻める!
奴に向かって真っ直ぐ、ブレードを構えて走る。
距離はみるみる短くなり、すぐに攻撃の射程に入った。
「そういう正直なの嫌いじゃねえけど」
でも、それは奴にとっても同じ。
1歩踏み込み、僕の顔面目掛けて右拳を繰り出してきた。
「些か単調じゃねえか⁉︎」
その拳は、確実に僕を捉えていた。
普通ならクリーンヒットだっただろう。
でも、今回は話が別だ。
僕はその場で、回転するように方向転換した。
結果、奴の拳は空を切り、僕は横に回り込む事に成功。
「単調? 誰に言ってるんだい?」
「……そう来なくちゃ」
奴が僕の方を向いた時には、僕のブレードは既に振り下ろされていた。
奴の左肩から右腰にかけての袈裟斬りは、今から躱したんじゃ、間に合う筈もない。
例え反応できても、無傷では済まない。
命君は加減した所為でダメージ与えられなかったらしいけど……今の僕にその2文字は無い!
「避けようとする……と思うじゃん?」
「⁉︎」
ところが、奴は躱すどころか、僕の懐まで詰め寄って来た。
「そらよッ!」
「ぐっ……!」
やや低い姿勢からの、鳩尾への突き。
その鈍痛に、僕は後ろによろけた。
ダメージを与えつつ、僕の攻撃を潰した……⁉︎
なんて方法をとるんだ。
下手すれば、余計にダメージが大きくなるのに!
「甘い甘い! そんな浅知恵に負けてやる程、俺はお人好しじゃねえぞ!」
「悪かったね……浅知恵で」
にしても、なんて身体能力なんだ。
今ので、確実に骨ヒビ入ったよ……。
生身だったら絶対粉々だったって、直感で分かるレベルだ。
先手必勝どころか、いきなり痛手だこれ。
「ホラ、もっと本気で来いよ偽造。もう1度俺を殴り飛ばしてみろ!」
「……言われなくても……1度と言わず、年の数だけ殴り飛ばしてあげようか?」
「マジか、18発⁉︎ カハハ! やってみろ!」
あ、1つ上だったんだ。
どうでもいいけどッ!
もう1度、奴に斬りかかる。
大振りじゃ簡単に躱されると考え、素早く、手数を多く……!
「うーん、なんかなあ……違うよなあ」
小言を零しながら、奴は僕の攻撃をホイホイと躱していく。
それも全て紙一重で、一切の無駄もなく。
その状態で、更に口を開く。
「あの時の気迫が感じられねえ。どうした? こんなもんじゃねえだろ」
「いちいちうるさいな……!」
感情任せになった一振りを、奴はバックステップで躱し、そのまま遠くまで距離をとった。
「どうすっかな……俺はあの時のお前と戦いたい。それを引き出すには」
奴はブツブツ言いながら、部屋の隅の柱まで歩いていき、
「そうだ、こうしよう!」
「⁉︎」
その柱を、グーで殴りつけた。
何事かと思ったその時、柱にノイズの様なものが走る。
「なんだ……?」
ノイズは徐々に収まったが、そこにあったのは柱では無かった。
上に乗った段ボールが天上まで届いている、古びたロッカーだ。
「ブレード能力……?」
「んな事今はどうだっていい」
奴はロッカーを開き、中を物色し始めた。
これは、なにかヤバいんじゃ……!
「さあて、覚悟はいいか?」
奴が笑いながら取り出したのは、身の丈程の大きさの鉄の棒……鉄パイプだ。
「まさか……」
奴は両手にそれを持ち、思い切り投げ飛ばした。
飛んでくる鉄パイプは、円盤の様に回転しながら僕との距離を詰めていく。
「うわっ!」
横に飛んでなんとか躱す。
鉄パイプは壁に命中し、鈍い音を部屋中に響かせた。
「いつまでもつ? その状態で」
奴は次々と鉄パイプを取り出し、2投目3投目と、僕を襲う様に投げ飛ばしてくる。
「ちょっ……!」
体勢を立て直すも、普通あり得ないその投擲武器は、既に躱せない距離まで迫ってきている。
なら、あれを無力化出来れば!
そう考えた僕の対抗手段は。
「避けられないなら潰せばいい!」
「?」
迫り来る鉄パイプ2本の内、先ず近い方を、僕はブレードで真っ二つに斬り伏せた。
間髪入れず、もう一方もぶった斬る。
無残な姿となった鉄パイプだった物は、情けない音を立てて床に転げ落ちた。
「おぉ〜! 今のどうやったんだ?」
「そんな事今はどうでもいい」
「カハハ! 言うじゃん!」
奴は僕に向かい走り出した。
両手に鉄パイプを1本ずつ持ち、2刀流の様に構えている。
まあこいつなら、鉄パイプ2本振り回すのなんて簡単だろうね。
今更驚きもしない。
「教えてくんねえなら、自分で見破ってやんよ! お前のブレード能力を!」
奴は駒の如く回転し、鉄パイプ2本を僕に叩きつける様に攻撃を繰り出した。
もう1度真っ二つ、といきたいとこだけど、それが狙いでしょ?
そうしたら、手に持った鉄パイプを脆い素材に変化させたとバレてしまう。
鉄パイプの連撃は普通にブレードで防御する。
『ガキィィーン!』
「くっ……!」
凄まじい衝撃に、嫌な音と共に腕が痺れた。
ジンジンと痛み、感覚が薄くなっていく。
……まずい、これじゃ次のは防げな——
「これならどうだ⁉︎」
その言葉が聞こえた時には、突き出された鉄パイプが1本、僕の胸の前まで迫っていた。
「ッ……」
あ、駄目だ。
これ完全に避けられない。
この速度で、この体勢じゃ、能力で防ぐのも間に合わない……。
頭じゃそう思った。
なのに僕の腕は動いた。
自分の意思でなく、勝手に、反射的に、それも信じられない速さで。
だが、この腕は防御のために動いたのではない様だ。
あの体勢からじゃ間に合わないと、もし間に合っても力負けすると、僕の体が判断したのだろうか。
腕は、ブレードを床に突き立てていた。
「……ハハハ。なるほど、こうしろって事か」
「?」
ここで能力を使えって事だろう?
僕は床を、別の物質に変化させた。
摩擦が少なくて、立ってるのは難しい……回転なんてしてたら尚更ね。
「ッ⁉︎」
ご存知、氷へと。
案の定、奴の足元は狂い、突きの軌道はずれ、左脇の下の空を切った。
出来た。
素手でブレード使いと互角以上に渡り合う様な相手に。
殴り合いにおいて完全と呼ぶに相応しい相手に。
隙が出来た。
「お望み通り……殴り飛ばしてあげるよ‼︎」
左拳を強く握りしめ、奴の鳩尾へとぶち込んだ。
「ガフッ! ぐあぁ‼︎」
仰向けにのけぞりながら、奴は弧を描いて吹き飛んだ。
2〜3メートル飛んだ後、床に転がり落ちる奴を眺めつつ、僕は自分の変化に静かに驚いていた。
「…………」
何だろう、これ。
命君が、ブレードで斬っても、逆に弾かれたって言ってたけど……僕の拳は全然痛くない。
……おとといの事はあんまり覚えてないけど、あの時の僕もこんな感じだったのかな。
まあ、いいや。
頭は冴えてる。
体も軽い。
視界もはっきりしてる。
今なら勝てるかも。
「ゲホッ!……痛っつぁー」
跪いた状態で、奴は苦しげにそう漏らす。
よし、効いてる。
いくらあいつが化け物じみてても……あと17発も今のくらえば、大人しくなるでしょ。
でも、だ。
「なんだよ……やりゃあ出来んじゃねえか」
鳩尾を抑えながら、奴はフラフラと立ち上がる。
その表情は、尚のこと嬉しそうだ。
「まだ本気出してない癖に」
奴はまだブレードを使ってない。
勝てるかもと思ったけど……今やっと同じラインなんだ。




