第23話 「嵐の前の静けさ」
意外な展開になってきた。
千馬が負けたのは分かる。
アイツは他人を見下すうえ、実力も大した事はない。
楼木が負けたのも、まあ分かる。
同じく他人を見下すが、学習能力はある。
とは言っても、敗因は容易に予想できる。
情緒不安定な部分が仇となったんだろう。
望川が負けたのには、少し驚かされた。
他人を見下す傾向は誰より強いにも関わらず……いや、だからこそ、敵対者を潰す事への拘りには目を見張るものがある。
更に、えげつない事も平気でやる。
まさに、勝つためには手段を選ばない様な奴で、かなりの危険人物。
そんな望川が、放心状態になるまで追い込まれ、敗北した。
まあこれは3人全員に言える事だろうが、全ては相手を見下し、舐めてかかった結果だろう。
で、その望川は今、おれのいる部屋のソファで横になったきり目を覚まさない。
命には別状ないが。
「まさか、巴さんまで負けるとは……」
その向かいのソファに腰掛ける楼木が、ぽつりとそう零した。
「確かに予想外ではあったが、想定の範囲内だ」
「ドライですね、狩真さん♪ もう少し気遣ってもいいんじゃないですか?」
「おれがそんな奴に見えるか?」
「いえ、全く♪」
「そういう事だ」
神社からこの部屋まで運んでやった分、まだ親切な方だ。
別に1人で運んだわけじゃなければ、ここはおれの家の部屋でもないが。
「と言うか、座ったらどうです? なんで壁にもたれかかって立ったまんまなんですか?」
「おれの勝手だろ」
「……それもそうですね♪」
コイツの扱いには、本当に神経をすり減らす。
何が起爆剤になるか分かったもんじゃない。
今のも少し危なかった位だ。
何がそんなに気にくわないんだか。
「因みに、あとの2人はどこですか? 僕が来た時にはいませんでしたが」
「夜乃は多分どっかで寝てるだろ。で、アイツは出て行った」
「……まさか」
楼木の表情に緊張が走る。
そろそろ何をやってもおかしくないから、当然の反応だ。
「釘は刺しといた。何もするなって」
「……かなり切羽詰まってますね♪ 僕も今は、戦える様な状態じゃないですし」
外見上、大した怪我を負ってるようには見えないが、何ヶ所か骨にヒビが入ってるらしい。
千馬ほど入院が必要なわけじゃないが。
「狩真さん、あなたはどうするんですか?」
楼木は真剣な声色でおれに問いかけた。
なんと答えてほしいかは、考えるまでもないが、簡単には答えられない。
「……少し思う所がある」
「と、言うと?」
「千馬の敗因はなんだと思う?」
「?……相手を甘く見た結果でしょう。恥ずかしい話、僕もそうですし、多分巴さんもです」
「確かにそうだ」
コイツ等の相手を見下す価値観は、殆ど天性のものだ。
それ程までに、考えの根本に根付いている。
「だが、おれが思うにそれだけじゃない。お前らが奴等と戦う時、何か想定外な事があった筈だ」
「……!」
どうやら感づいたらしい。
「千馬の時は、前にも戦った奴の他に、もう1人知らない奴がいたと言っていた。お前の時も、狙った相手の他に、なんの情報も無い奴が介入してきたらしいじゃないか」
「確かにそうですが……まさか、またですか⁉︎」
「アイツが目を覚まさない限りは分からんが……あの男の事だ。巻き込めそうな奴がいれば、嬉々として巻き込むだろう」
おれは、雲村の目的が何かは知らない。
だが、今までおれが見てきた中で、あそこまで信用出来ない奴はいない。
善意や悪意で行動する奴は、雰囲気で大体分かるものだ。
その雰囲気が、奴からは微塵も感じられない。
まるで、よく自身で口ずさむ『全ては運命の赴くままに』という言葉を体現しているかのようだ。
……最たるものはそこじゃないが。
「そういうわけで、迂闊に動くのは危険だ」
「なるほど……狩真さんらしいです♪」
この状況で動ける奴といえば、それこそ今いない2人のどちらかだ。
「出来る事なら、夜乃に視察してきて欲しいんだがな」
「その彼がここにいないわけですがね♪」
「……いや、噂をすればなんとやら」
今、玄関のドアが開く音がした。
この足音の感じからして、アイツで間違いない。
「……あれ、お前等だけ? この家の主抜きでなにやってんだ?」
眠た気にそう言いながら、夜乃幽永は部屋に入ってきた。
「お前が寝てる間に何処かへ行った」
「フ〜ン、まあ別にいいけど。それよりさあ!」
脱力したオーラを纏っていた夜乃が、いきなりテンションを上げて話しだした。
「巴がやられたってマジ? その事聞いて、俺いつもより3時間早く起きてきたんだぜ?」
「本当だ。今もそこで寝てるぞ」
望川が寝ているソファを指さすと、夜乃はニヤつきながらそこへ駆け寄った。
「オ〜イ、巴ちゃ〜ん? 朝だぜ〜」
「ん……」
なんで夜乃が話しかけたら起きるんだ。
「くっ……わたくしは一体……」
「お、起きた起きた」
「ハッ……⁉︎ 幽永……様?」
目を覚まし、視界に夜乃を捉えた望川は、あからさまに動揺し、そそくさと立ち上がる。
よく見ると、真っ白な頬が、少し火照っている様にも見える。
「め、珍しいですわね。幽永様からわたくしに会いに来てくれるなんて……」
やはり聞き慣れない。
あの望川が、相手を様づけで呼んで、年頃の乙女の如く話す様は。
「そりゃ、あんなビッグニュース聞きゃあなあ。まさかお前が負けるなんてな」
そう言われ、望川の表情が曇る。
「……………屈辱ですわ………。わたくしが………あんな………」
望川は次第に俯いていき、今にも泣き出しそうに顔を歪ませていった。
こんなに弱々しい望川も初めて見る。
今まで保たれ続けた高すぎるプライドが、昨日の一瞬で、物の見事に崩れ去ったのだから、無理もないのかもしれないが。
「カハハ! 予想通り、必要以上に凹んでんなあ」
そんな望川とは対照的に、夜乃は愉快そうに笑って言った。
「ダメだぜ、打ちのめされる度にそうなるようじゃよ。お前の場合、しょうがねえって言やあそうかも知んねえけどさあ」
望川の頭をポンポンと撫でながら、夜乃は子を慰める親の様に語りかける。
「偉そうな事言うわけじゃねえがよ、アレだ。『失敗を次に活かせ』的な? マイナスに捉えるより、プラスに捉えた方がいいに決まってんだろ?」
「何故幽永様は、そんな事を言えるのですか?」
「ん〜……経験談?」
夜乃が過去にどんな経験をしたかは知らないが、おれには粗方想像がつく。
一目見た瞬間、それなりに過酷な人生を歩んできたんだと分かった。
これも所謂経験談なのか、はたまたおれも同類だからか。
そこんとこは分からない。
「その通りかもしれませんけど……」
「すぐにとは言わねえよ。そのうち適当に立ち直っとけ」
こんな真っ当な説教が聞けるのは、おれ達の間じゃかなりレアだ。
「さ〜てと! それで、お前を倒した奴ってどんなだった⁉︎」
「どんな……と言いますと?」
「具体的に言うと、強かったか? どれ位強かったよ? 俺に勝てそうな奴だったか⁉︎」
夜乃はますますテンションを上げ、望川を質問攻めにしだす。
早く聞きたくてウズウズしているって感じだ。
「それが……ちょっと思惑が外れまして」
「思惑?」
「無関係だった筈の人物が、ブレードを手に入れ、立ち向かってきました」
「あ?」
「狩間さん……!」
「ああ、ビンゴだ」
また、か。
さっさとどうにかした方がいいな。
「おい望川、ソイツの能力は見たか?」
「ええ。二刀流の遠隔操作能力と、もう1つは……糸の様なものを」
「もう1つ?」
「……相手は2人でしたの」
厄介な事になったな。
「遠隔操作というのは、ブレード自体をラジコンの様に動かす、という事か?」
「そうですわ。どの程度まで動かせるかは分かりませんが……」
もう片方は糸、か。
未だ不明瞭な点が多いな。
「夜乃、少し頼まれろ」
「お?」
「その2人の能力、もっと詳しく知りたい。調べてきてくれ」
「……いいぜ。俺も早く見てみたいしな」
夜乃は嬉しそうに笑い、おれの頼みを快諾した。
「でも明日からな……もう限界……Zzz……」
と思えば、突然ソファに倒れ込み、一瞬で眠りに落ちた。
「睡眠時間削ったとか言ってましたね、そう言えば……」
「幽永様……寝顔も素敵ですわ」
「……まあいい」
夜乃が動いてくれれば、あとはどうとでもなる。
様子見どころか、コイツ1人で全て片付いてしまうかもしれない。
むしろ、それ位やってのけても、コイツなら驚きもしないが。
それ程のバケモノなんだから。
*
昨日の戦いから1日経った。
響人と偽造の負傷は、諸事情で瀕死だった雄生が治してくれたが、その雄生は今日は欠席である。
まあその……お大事に。
それで、2日連続で襲ってきたもんだから、今日もヒヤヒヤしながら授業を受けていたんだが、なにも起きないまま時間は流れ、気づけば放課後になっていた。
このままなにも起きなければ、言うことないんだけどな……。
「そうはいかねーよなー、多分」
「え、なに? 独り言?」
「なんでもねーよ」
偽造はごくごく通常営業だ。
因みに、操られていた時の記憶はないらしい。
当然、俺がぐるぐる巻きにして引きずり回した事も憶えてない。
別に憶えてても良かったけどな、案外いつもの扱いだし。
「そんじゃ、帰りますか」
「今日はいつもの倍くらい疲れた気がするな〜」
偽造が伸びをしながら言う。
「あんな事の後だからな。……お前いいとこ無かったけど」
「いや、まあ……ハハハ……」
「あ、向井君に勾原君」
「迎えに来てやったぞ」
偽造の傷口を抉っていると、教室のドアの所に、天音と響人が顔を出した。
「や、やあ2人共! 待たせちゃったかな⁉︎ さ、行こうか命君!」
チッ、いい感じに逃げられた……。
まあ、あんまりほじくるのも可哀想だから、このくらいで勘弁してやるか。
なにしろ、今日は気分がいいからな。
なぜなら……。
「明日って創立記念日だな」
「え? そうだったっけ?」
「ああ、確かにそうだったか………」
「よく憶えてるね、命君」
「まーな」
自慢じゃないが、学校が休みになる日は全て記憶している。
祝日は勿論、代休に関しても抜かりはない。
面倒な事から解放される素晴らしい日……。
休日サイコー!
「じゃあさ、明日みんなでどっか行かない?」
「ん……?」
偽造の突然の提案。
俺の悦に浸る感情が鳴りを潜めた。
「どっかって、どこ?」
「それは決めてないけど、叶恵ちゃんと雄生君も呼んでさ! みんなで遊び行かない?」
「俺は別にいいぞ」
「うん、私も特に用事ないかな」
「命君は?」
ん〜……。
1日中何もせずにグータラするってのが、俺の中じゃベストなんだが……。
「……まあいいぜ。どうせ暇だし」
「よし! じゃあ叶恵ちゃんにも知らせて、雄生君は体調が良ければって事で!」
「アイツ大丈夫かな……」
あんなゲテモノ良く食ったよなアイツ。
え、叶恵?
アイツは普通とは体の構造が違うんだよ。
「じゃ、どこ行くかは相談しながら決めよっか」
「うーん、どこがいいかな?」
「ゲーセンに1票」
「却下で………」
「即答かよ……」
けど休日どっか遊びに行くって、結構久々だな。
ゲーセンは冗談として。
なんだかんだ楽しみだな。
……何も起きなきゃいいけど。




