第十話 「ごめんね」
小学校に入って、一か月。
ぼたんには、仲のいい友達ができていた。
同じクラスの女の子、結菜。
元気でおしゃべりで、
いつもぼたんの隣にいる子だった。
休み時間には一緒に鬼ごっこ。
帰り道も途中まで一緒。
ぼたんは毎日のように話していた。
「ゆいなちゃんね、あしはやいの!」
「今日ね、おはなかいてくれた!」
ハルは嬉しそうに聞いていた。
「よかったねぇ」
でも。
その日の夕方。
玄関が、静かに開いた。
「……ただいま」
ぼたんの声が小さい。
ハルはすぐ気づいた。
「どうしたんだい?」
ぼたんは俯いたまま、ランドセルを置く。
「……けんかした」
ぽつり。
聞けば、
折り紙を貸した貸してないで揉めたらしい。
最後には、
「もうしらない!」と言ってしまった。
ぼたんの目には涙が溜まっていた。
「ぼたん、わるいこ?」
ハルは静かに隣へ座る。
「喧嘩したからって、悪い子じゃないよぉ」
「でも、いやなこといった……」
「うん。言っちゃう時もあるねぇ」
ぼたんは唇を噛む。
ハルは、ゆっくり話し始めた。
「人はねぇ」
「大好きな人ほど、傷つけちゃうことがあるんだよ」
「近いから」
「甘えちゃうから」
「でもねぇ」
ハルはぼたんの頭を撫でる。
「大事なのは、そのあとなんだ」
「……あと?」
「ちゃんと“ごめんね”を言えるかどうか」
ぼたんは黙って聞いていた。
夕飯の味噌汁から、湯気が上がる。
外ではカエルの声。
静かな時間だった。
「ばあちゃんもねぇ」
ハルは少し笑う。
「若い頃、いっぱい失敗したよ」
「いっぱい後悔した」
「だから分かるんだ」
「謝るのって、勇気がいるんだよぉ」
「でも、その勇気を持てる人は優しい人だ」
ぼたんは目をこすった。
「……ぼたん、あしたいう」
「うん」
「ちゃんと言えたら、きっと大丈夫」
次の日。
ぼたんは朝から緊張していた。
ランドセルをぎゅっと握っている。
「ばあちゃん……」
「ん?」
「もし、ゆるしてくれなかったら?」
ハルは優しく笑った。
「それでも、“ごめんね”は大事なんだよ」
「ちゃんと気持ちを伝えることが、もっと大事だからねぇ」
ぼたんは小さく頷く。
そして学校へ向かった。
夕方。
玄関が勢いよく開いた。
「ばあちゃーーん!!」
ぼたんは満面の笑みだった。
「なかなおりした!!」
「おお〜!」
「ゆいなちゃんも、ごめんねっていった!」
ハルは安心したように笑った。
「よかったねぇ」
ぼたんは照れながら言う。
「“ごめんね”って、ちょっとこわかった」
「でもね」
「いったら、ここがあったかくなった!」
胸を押さえるぼたん。
ハルは目を細めた。
「……そうかい」
その顔は、とても優しかった。
まるで。
大切なことが、ちゃんと伝わったのを喜ぶみたいに。




