第一話 「おばあちゃん、赤ちゃんを拾う」
の繋がらないおばあちゃんと、拾われた女の子・ぼたん。
小さな平屋で始まった、静かで優しい家族の物語です。
ご飯の作り方、人に優しくすること、寂しくても生きること。
限られた時間の中で、おばあちゃんがぼたんに残した“愛”を、どうか最後まで見届けてください。
山と海に挟まれた、小さな田舎町。
古びた平屋で一人暮らしをしている
七十二歳のおばあちゃん、ハルは、
毎朝同じ時間に起きて、同じ道を歩く。
縁側でお茶を飲み、
小さな畑に水をやり、
夕方には猫のミケに煮干しを分けてやる。
静かで、ゆっくりした毎日だった。
――あの日までは。
その日は珍しく、大雨だった。
バケツをひっくり返したような雨の中、
ハルは商店街の帰り道を急いでいた。
「やれやれ、長靴履いてくりゃよかったねぇ……」
すると。
「……おぎゃあ……」
雨音に混じって、
かすかな泣き声が聞こえた。
ハルは足を止めた。
「……ん?」
もう一度。
「おぎゃあ……っ」
電柱の横。
濡れた段ボール箱。
その中に、
小さな赤ちゃんがいた。
白いタオルに包まれて、
顔を真っ赤にして泣いている。
ハルの心臓が、ぎゅっと縮んだ。
「なんてことを……」
震える手で赤ちゃんを抱き上げる。
小さい。
軽い。
あったかい。
赤ちゃんは泣きながら、
ぎゅっとハルの服を握った。
その瞬間。
長いこと止まっていたハルの時間が、
また少しだけ動き出した。
「……大丈夫だよ」
ハルは優しく頭を撫でる。
「もう一人じゃないからねぇ」
雨はまだ降っていた。
だけどハルは、
その小さな命を濡らさないように抱きしめながら、
ゆっくり家へ帰った。
古い平屋の玄関。
「ただいま」
返事はない。
いつも通りのはずだった。
でも今日は違う。
腕の中で赤ちゃんが、小さく笑った気がした。
ハルは目を細める。
「……お前さん、名前はどうしようかねぇ」
雨の音。
やかんの沸く音。
畳の匂い。
そして、小さな命の寝息。
静かだった平屋に、
初めて“家族の音”が響いていた。




