第七話:開かない扉と、届かない声
「日常」が一番脆くなるのは、自分の家の中かもしれません。
第7話では、ハルキが家の中で新たな「カクシ」に遭遇します。これまでの成功体験が通用しない「イカリカクシ」という巨大な壁を前に、ハルキは自分の無力さを痛感し、物語は再び始まりの場所へと動き出します。
「ただいま……」
玄関を開けると、重苦しい空気がハルキを包み込んだ。台所からは、お母さんが忙しそうに夕飯の準備をする音が響いている。しかし、その肩の上には、あの赤黒く膨らんだ**イカリカクシ**が、以前よりも禍々しく居座っていた。
「ハルキ、おかえり。手洗いうがいしたら、先に宿題をやってきなさい」
お母さんの声は低く、どこか余裕がない。ハルキは自分の部屋へ向かったが、机に向かってもノートの文字が全く頭に入ってこなかった。どうしても、お母さんの肩に乗るあの存在が気になって仕方がないのだ。
ハルキは宿題を途中で放り出し、抜き足差し足で台所へ戻った。お母さんが冷蔵庫の中を覗き込んでいる隙に、ハルキはその肩のあたりを見つめ、小声で語りかける。
「ねえ、イカリカクシ……ぼく、君と友達になりたいんだ。お母さんを苦しめるのを、もうやめてくれないかな?」
しかし、イカリカクシはハルキを嘲笑うように、その体をさらに赤く光らせただけだった。
「ちょっとハルキ! 何してるの、宿題は?」
突然振り返ったお母さんの鋭い声に、ハルキは飛び上がった。勝手に台所に来て、変な独り言を言っている姿を見られ、こっぴどく怒られてしまう。
「ごめんなさい……」と肩を落すハルキを見て、お母さんはふう、と息を吐き、「いいわよ、もう。すぐにご飯にするから」とすぐに許してくれた。
その優しさにありがたさを感じつつも、ハルキの脳裏には、かつてカクシ里で見た光景がフラッシュバックしていた。
お母さんの本来あるべき「怒り」は、すべてあのイカリカクシによって里へと隠され、蓄積され続けている。今にも弾けそうなほどパンパンに膨れ上がったあの赤黒い塊が、もしも限界を超えて爆発してしまったら……。
(……今のぼくじゃ、どうにもできない)
そんな時、玄関から「ただいまー」と呑気な声が聞こえてきた。お父さんの帰宅だ。
「あれ……? おかしいな。自転車の鍵、さっき閉めてここに置いたはずなのに……ないなぁ」
お父さんが頭を掻きながら玄関で困っている。ハルキは咄嗟に予備のメガネを跳ね上げた。
ぼやけた視界の中、下駄箱の隅に**黄色のモフモフした体毛に黒い斑点**がある小さな影が見えた。縦25cm、横20cmほどのその妖怪は、真ん中にある大きな単眼を細めて、銀色の鍵を大切そうに両手で抱えながらクスクス笑っている。
「……**カギカクシ**!」
ハルキは自分のポケットをさぐり、以前ガチャガチャで当てた、古い宝箱のようなデザインの「おもちゃの鍵」を取り出した。
「カギカクシくん。その本物の鍵をお父さんに返してくれたら、代わりにこのかっこいい鍵をあげるよ。君によく似合うと思うんだ」
ハルキが手のひらにおもちゃの鍵を載せて差し出すと、カギカクシの大きな単眼がキラキラと輝いた。どうやら、本物の鍵そのものよりも「自分だけの鍵」を持てることに魅力を感じたようだ。
カギカクシはすんなりと本物の鍵を床に置き、代わりにハルキからおもちゃの鍵をひったくるように受け取った。そして満足げに単眼をパチパチさせると、そのまま姿を消した。
「おっ、あったあった! 隙間に落ちてたのか」
喜ぶお父さんの横で、ハルキは図鑑を手に取り、カギカクシの姿を刻み込んだ。
> **【カクシ図鑑 No.05:カギカクシ】**
> **特徴**:黄色い体毛に黒い斑点を持つモフモフの妖怪。真ん中に大きな単眼がある。
> **習性**:大切な「扉」を開けるための鍵を隠し、人の慌てる様子を観察する。
> **仲良くなるコツ**:隠している鍵の代わりに、もっとワクワクするような「代わりの鍵」をプレゼントすること。
>
図鑑に新たなページが加わったが、ハルキの心は晴れなかった。一番最初のページ、イカリカクシの項目は依然として真っ白なままだ。
(やっぱり、ヒントが必要だ……。もう一度、カクシ里へ行こう)
ハルキは、クラカクシなら何か知っているはずだと確信し、再びあの境界線の向こう側へ行くことを決意した。
第7話をお読みいただきありがとうございます。
家の中に潜む「カギカクシ」との出会い、そしてイカリカクシという巨大な壁。ハルキは自分の無力さを痛感し、再び冒険の原点である「カクシ里」を目指すことになりました。
お母さんの怒りは「隠されている」からこそ、本人が自覚できないうちに限界まで膨らんでしまいます。ハルキはその爆発を食い止めることができるのでしょうか。
### 【失くしものエピソード大募集!】
皆様の**「家の中での失くしもの」**エピソード、まだまだ募集中です!
「さっきまで手に持っていた鍵が、神隠しのように消えた」
「絶対に動かしていないはずの印鑑が、翌朝全然違う場所から出てきた」
など、皆様のレビューが物語の新しい妖怪を生むかもしれません。ぜひ教えてくださいね!
次回の更新もお楽しみに!




