第一話:レンズの向こう、ぼやけた秘密
みなさんもいろんなものをなくしてしまうことがあると思いますがその裏にはこんな可愛い妖怪の仕業だったと思えるとすこし楽しく思えるかな?と思いこの話を書いてみました。
「ハルキ、早くしなさい! 入学式に遅れるわよ!」
廊下から響くお母さんの声は、すでに少し尖っている。
でも、ハルキはそれどころじゃなかった。畳に這いつくばって、水の中を泳ぐような視界の中で、必死に右手を動かす。
「……ない。どこにも、ないんだ」
ハルキにとって、メガネのない世界は「色の溶け出したパレット」だ。
三十センチ先にあるはずの学習机は茶色い霧に包まれ、ランドセルの赤色も、ただのぼんやりとした塊にしか見えない。
(おかしいな。昨日はちゃんと、机の上に置いたのに)
その時だった。視界の右端、ぼやけた世界の境界線を、**「ピンク色の何か」**がふわふわと横切った。
それは、ちぎれた綿菓子のような、不思議な形をしていた。そいつが机の脚の影にスッと消えたかと思うと、コツン、と乾いた小さな音がした。
ハルキが恐る恐るその場所に手を伸ばすと、指先に冷たい金属の感触が触れた。
「……あった」
さっきまで、そこには何もなかったはずなのに。
ハルキはそれを手に取り、鼻の上に載せる。世界がガチリと音を立ててピントを合わせた。
けれど、もうそこにはピンク色の影なんて、どこにもいなかった。
「また失くしたのか? ハルキ」
呆れたような、でもどこか楽しそうな声がして、お父さんが部屋に入ってきた。
お父さんはハルキを連れて、寝室の大きなクローゼットを開ける。そこには、ハルキ専用の「予備メガネ」が、お店のようにずらりと整列していた。
「いいか、ハルキ。失くしたら次を出せばいい。それが我が家のルールだ」
そう言って笑うお父さん自身も、実は靴箱の中に「大量の予備の鍵」を隠し持っていることを、ハルキは知っている。お父さんもまた、鍵をよく失くす人だった。
「ちょっと! 二人とも何やってるの! 早くして!」
お母さんが仁王立ちで怒鳴る。その顔は確かに怒っているはずなのに、次の瞬間には「……まあいいわ、早く行きなさい」と、なぜかすぐに毒気が抜けたような顔になる。
お母さんの怒りは、まるで魔法みたいにどこかへ消えてしまうのだ。
新しい小学校への道。ハルキはクラスの列に並びながら、何度もメガネの位置を直した。
「ねえ、あんた。ハルキっていうの? 私はユキ。よろしく!」
隣の席のユキちゃんは、ツインテールを元気に揺らして笑う女の子だった。
けれど、話している最中にパサッ、と音がして、彼女の左側の髪が生き物のように解けた。
「やだ、ゴムがない! どこいったのよー!」
ハルキはふと、メガネを少しだけずらしてみた。
レンズを通さない、ぼやけた視界。
そこには、ユキちゃんの椅子の背もたれにしがみつき、髪ゴムを大事そうに抱える**「灰色の影」**がいた。
(……やっぱり、いるんだ。ぼやけてる時だけ見えるやつら)
教室には他にも、大事な名前を思い出せないサトシくんや、筆箱を忘れてハルキの鉛筆を奪っていくダンゾウくんがいた。彼らの背後にも、何か「おかしな影」が潜んでいるような気がしてならなかった。
帰り道。夕暮れが街をオレンジ色に塗りつぶし、建物の影が長く伸びていく。
お父さんの大きな手。いつもの帰り道。
けれど、路地裏の隙間を見たとき、ハルキのメガネのフレームの端が、鋭い火花を散らすように光った。
(あそこ、光ってる……?)
メガネ越しに正面から見ると、そこには古びた石の鳥居があるだけだ。
けれど、ハルキはもう確信していた。
**「メガネを外したほうが、本当のことが見えるんだ」**
「お父さん、ちょっと待ってて」
ハルキは手を離すと、吸い寄せられるように路地の奥へ踏み込んだ。
そして、鼻の上のメガネをゆっくりと外す。
「……わぁ」
視界が滲んだ瞬間、石の鳥居は、宝石を溶かしたような鮮やかな光を放ち始めた。
門の向こう側から、湿った土と古い本の匂いが混じった風が吹いてくる。
ハルキは光の渦の中へと、小さな一歩を踏み出した。
お父さんの「ハルキ?」という声が、遠い海の底から聞こえる音のように消えていく。
光のトンネルを抜けた先。
そこには、あらゆる「無くしもの」が山のように積み重なる、不思議な世界――**「カクシ里」**が広がっていた。
ガラクタの山の頂上で、一人の老人がハルキを見下ろして言った。
「よく来たな、見える子よ。……お前の家の『怒り』も、もうすぐここで爆発しそうじゃぞ?」
老人の背後には、赤黒く膨れ上がった巨大な風船のようなものが、不気味に脈打っていた。
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