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最終話 これからは二人で


 神谷先輩が屋上に突き出ている棟屋とうやに背中を預けて座った。

 刀を納めた鞘を握って片方を肩口に乗せるようにしている。


 僕も並ぶように腰を下ろした。


「色々と聞きたいことがあるわよね?」


「……はい。正直、何が何やら」


「どこから説明したものかしらね」


 少し考え込んでから神谷先輩が語り始めた。


 まず怪異とは悪霊や妖怪とも呼ばれている人知を超えた存在らしい。

 そして怪異の一部は人に害をなす。

 だが常人じょうじんに抗うことはほとんど不可能なのだという。

 なぜなら怪異は肉眼では見えないからだ。

 怪異を見るには霊感を駆使する必要があるのだという。


「だから怪異は一定以上の霊感がある人間にしか見えないの。私にはそれなりに強い霊感が備わっているわ。そして大石君にもね。だから怪異を見ることができた」


 怪異を目の当たりにした以上、それは事実なのだろう。

 ただし疑問は残る。


「見えたのが片目を閉じたときにだけなのはどうしてなんでしょう?」


つむったりして見えない状態の目は、自然と霊感でものを見ようとする。だからよ」


 まったく未知の領域の話だ。

 言われた通り受け入れるしかない。


「両目を閉じれば片目よりもはっきりと怪異を見ることができるわ。ただし周りも見えなければ怪異に対処するのは難しい。だから片方の目だけを瞑るか塞ぐのよ」


 神谷先輩が左目の眼帯を指さした。


「でも片目だけを瞑った状態を維持して激しく動くのはなかなか大変。だから私は怪異と戦うとき、眼帯で片目を塞ぐようにしているわ」


「なるほど。戦いやすくするために」


「ええ。もういいかしら」


 神谷先輩が眼帯を外してポケットにしまった。


「もっとも未熟な私と違って、父のように熟練すれば、目を閉じたり覆ったりしないでも怪異を見ることは可能なのだけどね」


「父のように? 神谷先輩のお父さんって──」


「怪異退治のプロ。神谷家は代々怪異退治の家系なの」


 神谷家の人たちは、強力な霊力を身体能力に変換して驚異的なスピードや跳躍力を発揮することもできるそうだ。

 神谷先輩の常人離れしたジャンプ力にも説明がついた。


「とはいえ、さっきのような強力な怪異とは素手では渡り合えないわ。この退魔たいま神刀しんとうのような特殊な武器が必要なの」


 神谷先輩がちょっと刀を持ち上げるように動かした。

 名前から察するに怪異退治用の強力な刀なのだろう。


「でもさっき屋上に来た途端、あの怪異にいきなり襲われて、この刀を入れたあったギターケースごと屋上の外にまで跳ね飛ばされてしまったの。油断したわ」


 あの死神のような怪異の鎌の一撃はコンクリートの床も削っていた。

 屋上のフェンスは結構な高さがあるけれど、それより高くギターケースを跳ね飛ばせたとしても不思議はない。


 これでギターケースが校舎裏に落っこちてきた経緯も分かった。


「下まで刀を取りに行きたかったけど、怪異は屋上から逃がさないように執拗に襲ってきたわ。だから必死で攻撃をかわし続けるしかなかった」


「僕には最初は怪異が見えなかったから戸惑いましたけど、神谷先輩が激しく動いていたのは怪異の攻撃を避け続けていたからだったんですね?」


「ええ。大石君がこの刀を持ってきてくれて、本当に助かったわ。ありがとう」


「そっ、そんな。僕はたまたま刀の入ったギターが落ちてきた場所の近くにいただけで」


 面と向かってお礼を言われると、なんだか照れてしまう。


「……とにかく、神谷先輩が無事で良かったです」


「大石君も。危なかったもの」


 二人でコンクリートの抉れているところを見つめた。


「この前会ったときに言ったように、この屋上は本当に危険なの。怪異の出現スポットだから」


 神谷先輩が視線を上げて屋上の奥側を指さした。


「あのあたり、大石君なら両目を閉じれば見えると思うわ」


 僕は言われた通りに両目を閉じた。

 素人しろうとなりに霊感で見ることを意識してみる。


 すると離れた位置に縦に入った亀裂のようなものが見えた。

 まるで時空の裂け目だ。


「おかしな裂け目みたいなものが見えました」


 僕は目を開けて言った。


「そう。そこから怪異が出現してくるのよ」


「だとしたら屋上だけじゃなくて学校全体、それに近所も危険なのでは?」


 僕の危惧きぐに対して神谷先輩は首を横に振った。


「屋上全体を包むように強力な結界が張ってあるの。父の手でね。だから怪異はこの屋上から簡単に出ることはできないわ。とはいっても、出現した怪異を放置しておいたら内側から結界を破られないとは言い切れない。だから倒さなければならない」


「もしかして、そのために神谷先輩は屋上に来ているんですか?」


「そうよ。父は怪異退治の仕事で各地を飛び回っているから、この屋上のことは去年入学したときから私に任されているの。数日に一度はチェックに来ているわ。今日も、それにこの前もそう」


 神谷先輩が立ち上がり、少し離れた位置から塔屋を見上げたので僕もそれにならった。


「この前は、棟屋に登ってからさらに跳んで浮遊している怪異を退治したの。でも下に大石君がいたのには驚いたわね」


「僕の方が驚きましたよ。この高校の女子生徒が刀を持って降ってきたんですから」


「下敷きにしてしまってごめんなさい。でも幸か不幸か、大石君は気絶してしまったから誤魔化すことにしたの。刀はギターケースに入れてこの上に隠してね」


 あのとき刀は塔屋の上に置いてあったようだ。


「それでも私が高く跳び上がったところや、もしかしたら怪異を倒したところを見られていないか心配だった。変に噂を広められたりすると困るから」


 神谷先輩が視線を落として僕を見た。


「だから見ていないか確かめておきたくて、大石君を問い質したの」


 僕は思わずうつむいた。

 縞模様のパンツを見てしまったと言ってしまったことを思い出したからだ。


「……変な期待をしても無駄よ。今日はスパッツを履いているもの」


「べ、別に、そんな期待なんてしていません!」


 気まずい沈黙が訪れてしまった。

 ちらりと神谷先輩を見ると──。


 頬を赤らめていた。

 やっぱり照れ顔は可愛いかも。

 そう思うと、ちょっと心にゆとりが生まれてきて気になっていたことを聞きたくなった。


「あの──」


「何かしら?」


「僕のお弁当を食べちゃったり、死体遺棄の方法を検索していたのは、どうして──」


「私のことをヤバい人だと思わせることができれば、危険な屋上にも近づかなくなる。そう考えたからよ」


 神谷先輩が視線を逸らしながら言った。


 そういうことだったのか。

 最適な方法だったのかは疑問だけど、一応は僕を気遣ってくれてのことだったと思うと嬉しくなった。


「それじゃあ、屋上の鍵の無断借用を他の眼帯をしている生徒のせいにするためって言っていたのも、ヤバイ人だと思わせるため嘘ですよね?」


「大石君の言う通りよ。眼帯を着けている本当の理由はさっき話した通りだし、そもそも屋上の鍵は職員室には置いてないから。どう説得したのか父が校長から預かって、今では私が持っているわ」


 危険な屋上には入らない対処はされているようで安心した。

 そしてそのことよりも、神谷先輩を最低だと思ってしまった『なすりつけ』が嘘だと分かって胸を撫で下ろした。


「こんなところかしら」


 一通りの説明は終わったというふうに、神谷先輩が軽く息を吐いた。


「話したことは内緒にして頂戴。さっき言ったように騒ぎにはしたくないの。好奇心で屋上に来たりする人が増えたりしたら本当に危険だから」


「もちろんです」


 僕は力強くうなずいた。

 すると神谷先輩の表情がふっと緩んだ。


 そして──。


「もう行きなさい。何度も言っているけれど、この屋上は危険だから」


 そう言ってあの寂しそうな微笑みを浮かべた。

 僕はまた釘付けになってしまった。


「それに、私に関わっていると大石君のためにならないわ」


「……そんな。どうしてそんなことを言うんです?」


「私は屋上に人を近づかせないために、大石君以外の人に対してもヤバイ人だと思われるような行動を何度も取って来たの。だからヤバくて不気味な奴だと思われている。一緒にいると大石君の評判まで悪くなっちゃうわよ」


 女子二人が話しているのを聞いたので知っている。

 それにずっと一人でいるということも。


 涼しい顔をしている神谷先輩でも、やっぱり嫌だったんだな。寂しかったんだな。

 僕は胸が痛くなった。


「さあ。帰って」


「……嫌です。まだ帰りません」


「どうして? 他に何か言いたいことでもあるのかしら?」


「あります」


「なあに?」


 神谷先輩が首を傾げている。

 僕は姿勢を正した。


「屋上の怪異退治、僕にもお手伝いさせてください!」


「大石君? 一体、何を言って──」


「怪異を見ることができる僕なら、少しは役に立てるはずです」


「確かにその通りだけど。でも危険だから──」


「構いません!」


「……あのねぇ。怪異が危険という以外にも、私と一緒にいると大石君の評判が──」


「僕は評判なんて気にしません! もともとぼっちですから」


 普通なら隠したいことだけど、神谷先輩を説得する材料になるなら言ってしまえ!


 神谷先輩がきょとんとしている。

 そして──。


「変な子。ふふ」


 神谷先輩の表情に笑みがこぼれた。


「怪異に関わるのだから、結構厳しい修行をしてもらうわよ」


「──それじゃあ」


「お手伝い、お願いできるかしら?」


「はい!」


 僕が勢いよく返事をすると神谷先輩がうなずいた。


 その瞬間、春風が強く吹いた。

 神谷先輩が風になびく髪を押さえている。

 絵になるような光景だ。


 素敵だな。

 日本刀を持っている点はちょっとシュールだけど……。


 神谷先輩は本当に日本刀で怪異を倒している少女だった。

 邪気眼とはちょっと違うけれど、眼帯をした目で特殊なものを見ることができる霊能力者。


 以前はそんな不思議な少女との出会いを求めていた。

 でも今の僕は、神谷先輩が霊能力者みたいな不思議な存在ではなくたって構わないと思っている。


 一緒にいられるなら、それだけで幸せな気分になれるから。


 でも──。


 神谷先輩が空から降ってきたこと。

 それは運命の出会いだったのだと僕は思いたい。

 いつか伝えたいから。

 この胸に秘めた想いを。



 ―― 完 ――




最後まで読んで下さってありがとうございます!

出会いの季節の春にボーイ・ミーツ・ガールの物語を書いてみたのですが、いかがでしたでしょうか?

少しでも面白かったら、下の☆☆☆☆☆をポチっとして評価して頂けましたら幸いです。

では、今年度もよしなに。


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