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世界の端へと散歩

水の宇宙人マナブと破壊の概念インテリタスが紡ぐ連作短編です。


二人で空の端まで行くお話。


■いる人

インテリタス…破壊の概念。少女の姿を得た。人間勉強中。歩くのが遅い。

マナブ…水の宇宙人。美青年。世話焼き。バンドのベーシスト。歩幅を合わせる。

 特区の端っこには空の端がある。そう、自治会の特区記録に書いてあるとインテリタスが話す。


 特区記録とは自治会長とその仲間たちが特区内を隈なく歩き回り調べたうえで、報告書として記録された特区の公式文書である。自治会図書館に所蔵されており、特区の住人なら誰にでも簡単に見ることができるようになっている本だ。


 その特区記録を読んだらしいインテリタスが空の端を見たい──というような旨の主張をしたらしい──、とせがんだため、なかなか付き添う事の出来ない保護者たちに変わってマナブが呼び出されたわけであった。


 ここのところ、少女は一人で行くことができるようになった図書館に毎日のように通っており、その中にある本を漁るように読み耽っている。日増しに脳内に蓄積されていく知識をきっかけに、インテリタスは自分の外にある環境に目を向け始めたようだった。


「これもお友達ができたからだなあ」


 保護者である陣の目が笑顔でマナブに語った。それまで、文章を読んで二文語を話し、ごく周囲の人間としか関わらなかった、人であらざる者が人間の真似事しているのが面白いらしい。


 特に尤もらしい理由も目的も見当たらなかった一連の行動原理を、陣ノ目は『友達』のおかげと判断した。


 ――怪物に友達も糞もあるものか。


 インテリタスは破壊の概念という人外である。ものを壊し、それを何とも思わない。壊す対象が人間であれ、なにか無機物であれ、壊したことに何も感慨を抱かない人で非ざる者である。少女の身体で、少女のように喋るからと言って、人ではない。心なんて、あると許してはいけない存在だ。


 おまけに、特区のミニチュアと思わしき光る球体を化け物は持っていた。それをいつ壊してもおかしくない危うさがその人外にはあり、特区の住人であるマナブからすれば注意すべき存在であること以外の何者でもないのだ。


 そんなことを思いながら、マナブはインテリタスを伴って、西地区の端に向かって歩みを進めていた。インテリタスはちょこちょこと早足で先行する。マナブはその様子を眺めながら、後をゆっくりと追いかけていた。のろのろとした歩みが少し苦痛である。


 ――いや、相手は化け物だし、僕が歩幅を合わせる必要はないだろ。


 化け物は化け物らしく移動するはずだ。インテリタスを少女のように扱うことが、この人で非ざる者に対する思考と矛盾するように思え、マナブはインテリタスを追い越して普段通りの速さで歩き始めた。


 インテリタスが視界から見えなくなり、やがて足音も聞こえなくなった。マナブが振り返ると、はるか向こう側で、先ほどと同じようにちょこちょこと早歩きをしている少女の姿が見える。人外は人外なりの移動方法を使わないらしい。マナブは自分の大人げない行動に、今度は恥ずかしさを感じた。


 立ち止まって待っているマナブに追いついたインテリタスは何も言わない。その沈黙が居心地悪く、マナブは少女に質問を投げた。


「なんだって、空の端っこがみたいって思ったんだ?」

「まあるいか、みたい」


 インテリタスが気になっているのは、自分の宝物だと主張する、きらきらと輝く球体の正体が特区なのかという事だろうか。


「あの球体が特区かもしれないからか?」


 マナブの再びの質問に、インテリタスが首を傾げた。逡巡してから、首を横に振る。


「ほんに、かいてある」


 化け物とは微妙に話がかみ合わない。


 インテリタスの答えとは反対に、自分の問いにマナブ自身が気になってしまったマナブであった。特区の端は果たしてどのような形をしているのだろう。もしや、球体の端のようになだらかな壁になっているのだろうか。


「……特区の端まで行くんだから、もっと早く歩かないと日が暮れるぞ」

「はやく、あるく」


 マナブはインテリタスを急かして、再び、この世界の境へと歩みを進めた。


 ***


 青空の内には特区の端にはたどり着かなかった。二人が湾曲した壁に至った時には、壁は昼と夜が混ざる赤と紫のグラデーションを作っていた。それもだんだんと明度が下がり、足元からは暗闇が上方に空を侵食している。一帯の壁は上方に行くにつれ、湾曲が強くなっているようだった。


 今まで歩いてきた道の空を見ると、その一番高い部分からは反対に赤い空が円形に滲んでおり、全体が夜に向かって時間が流れているようだった。


 水面のように揺れる空に、インテリタスが触れようと手を伸ばす。


「あ、ちょっとまて」


 マナブの制止は間に合わなかった。少女の細い指は空に簡単に飲み込まれ、やがて見えなくなってしまった。空に飲み込まれたのか、あるいは空を突き抜けてしまったのかわからない。やはり、化け物は人が恐れるような事態を考えもせずに行動する。すなわち、この外側にはみ出して何か自分の身に予期せぬできごとが降りかからないかという恐れがないのである。突拍子もない行動に振り回され、憤慨し、心配するのはいつも人だけだ。


 インテリタスの指が入り込んだ空は一瞬だけ崩れたようにちいさな粒子が飛び、その後、素早くもとの空の色を取り戻していた。


 少女はというと、驚きもせず、今度はすっと指を引き抜く。差し込んだ時と同じように粒子が飛んだ。


「指、なくなってないか?」

「ない」


 肯定にも否定にもとれる返事に呆れて、マナブがインテリタスの手に触れた。指はある。これで指が消えているか、なにか別の変化が起こっていたならば、保護者から監督責任を問われていたに違いない。


 果たして、この空の向こう側には何があったのか。インテリタスにはそれを表現できるとは思わない。マナブには一生、何がそこにあったのかはわからないだろう。少女のような無頓着さを持っていないマナブは、空の向こう側を自分でも確かめられないのは少しだけ惜しいな、と思った。


 ホッとしてため息をついたマナブが、インテリタスの手に何か乗っているのを認める。小さな丸い粒である。表面はごつごつとしており、図鑑で見た月を彷彿とさせる見た目であった。


「どうした、それ」

「だれか、くれた」


 つぶつぶとした突起のある丸い石はそれ自体が光り、インテリタスの手の中で転がるたびに偏光して混ざり合った輝きを見せる。その美しさに魅せられて、インテリタスが口にした不可解な事象にマナブは気が付くことはなかった。


 輝くものに興味を示すインテリタスは、マナブと同様に塊をじっと見つめていた。手のひらの上で、大事そうに小さな球体を転がしている姿は人間の子供のようである。


 怪物が見た目相応の反応を見せると、マナブはいつも相手が化け物だという事を忘れてしまう。


「綺麗だな」


 その言葉を聞きインテリタスがマナブを見て、首を縦に振った。


 空はすでに夕焼けから夜の闇へと移行し始め、黒い空にはいくつもの星が瞬いていた。徐に、光る塊が空へと浮き上がる。小さな球体は少女の手からふわりと離れ、ゆっくりと空へと昇り、あっという間に星にまざって見えなくなってしまった。


 インテリタスが空をボーっと見上げながら短く言葉を紡ぐ。


「ほし」

「星だったな」


 惜しそうに眉をひそめている少女に、帰りに何か代わりの星でも買ってやろうかと思うマナブであった。

読んでいただきありがとうございます☺

読者の皆様に少し不思議な出来事が降り注ぎますように……!


もしよければ評価を頂けるととても嬉しいです。


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