いい友達の日 運勢予報器
水の宇宙人マナブと破壊の概念インテリタスが紡ぐ連作短編です。
■いる人
マナブ…水の宇宙人。美青年。世話焼き。バンドのベーシスト。
モーリス…マナブの親友。カフェの店主。
雨が降っている。ガラス戸を大きな雨粒が叩き、窓の外の景色をにじませていた。様子はわからず、音だけが聞こえている。ぼつぼつという低いリズム。その律動に、室内の談笑のコーラスが合わさる。
カフェの中は雨宿りの客で盛況だ。今も、中に入ってきた客を満席で返したばかり。がやがやとした客の吐息で湿った室内は外に比べるとじっとりと暖かい。
その中で一人厄介な客がいた。カフェのバーカウンターの端に座っている男は注文をせずに、水のグラスだけを何度も頼む。正直、その席に客を座らせることができれば売り上げになるのだが、男はその場から移動する様子はなかった。その頬にカフェの客の熱っぽい視線を受けながら、アンニュイに座っている。
男の周りだけ、天界のようなきらめきがある。その優美な輝きは男自身から発せられているようだ。艶めく巻き毛の黒髪にマッチ棒でも乗りそうなくらい長い睫毛。白雪姫と言っても過言ではない、透き通るような肌と赤い唇。水を飲む際に動く喉ぼとけでさえエロティックである。
天使のように美しい男がそこに座っていた。
ただし、心底不機嫌そうに。
「雨が降っているな」
「だから何」
「普段なら、恵みの雨だと言ってはしゃぎまわっていると思ってね。──外に出る予定はないのか?」
モーリスが問いかけると、天使のような男はむっとした表情を浮かべた。ポケットから小銭入れを取り出し、男が言い返してくる。
「別に何しようと僕の勝手だろ。水代が欲しいなら言えよな、モーリス。払うから」
チャリンチャリンとテーブルにぶちまけられた小銭は少額だった。天界では小遣いが少ないらしい。その金属の薄い円盤たちを見て、男はバツが悪そうな顔をする。金額の大きいものを数え始めるものの、額面は水代にもならなさそうだ。
「いや、いい。その水は君が思っているよりも高いんだ」
「そーかよ」
天使はむすっとした表情のまま、肘をついた。それから、今度は携帯端末を見始める。通知がチラついているチャット機能の確認かと思ったが、モーリスがちらりと盗み見た画面には、予想に反して天気予報が表示されていた。
「今日はもう晴れないのかな?」
男が尋ねてくる。画面の表示は夜まで雨になっていた。モーリスが立っている、カウンター側の端末も見てみるが、やはり夜まで雨の予報である。
「何か用事でもあるのか?」
「ない」
「じゃあ、どうして天気を気にする?」
雨ならば、君の独壇場だろう、とモーリスは言った。
「別に気にしてないよ」
男が反論する。しかし、天気が悪くてへそを曲げているのは明らかだった。その様子を見るからに、今日は晴れて欲しいのだろう。なぜかは知らないが。
天使のような男──マナブは水の宇宙人である。今は人間の姿をとっているが、彼を構成する要素のほとんどは水だ。天気が悪い日に活動することに支障はなく、むしろ体内が水で満たされる雨の日は好きな方だろう。モーリスが知る限り、夏なんて嬉々として雨に打たれていた。水は彼の生命の源。
そのマナブが今日の悪天候に不満を持っている。モーリスにとって、それはとても興味深いことだった。
思い返せば、マナブは最近、暇つぶしに時間にカフェに立ち寄らなくなった。四弦の練習がてら、ステージで演奏している日もあったが、それも少ない。夜間不眠症にもかかわらず早めに起きてどこかへ歩いて行き、夕方になれば帰ってきて、カフェの前の通りを歩いている。彼の中で何か起きているらしい。
この十年、モーリス達のバンドが解散してからというもの、自堕落に生活し、たまにハウスキーパーのバイトに行っては小金を稼ぎ、雨に当たって生活しているマナブにとって、その生活を改めるほどの大きな事件が起こっているのだ。
「運勢予報器でもどうかね?」
モーリスは古い占いマシンを取り出して、マナブに手渡した。少し前に流行った球体の占い機械である。百円玉を入れてハンドルを回すと筒状のお告げが排出される。ただの占いマシンと違うのは、その結果がすぐに反映されることだ。
運が良く晴れの予報を勝ち取れば太陽が顔を出すに違いない。
「僕こういうやつ、弱いんだけど」
マシンを眺めながらマナブがしかめ面をする。──確かに、マナブはバンドの集まりの中でも貧乏くじを引きがちである。
「友人に免じて、私の幸運を三枚ほどあげよう」
モーリスはカウンターの裏に無造作に置かれていた幸運チケットを取り出しマナブに渡した。以前、客から貰ったものだが、使うあてもなく放っておいたものだ。期限が近い。自分で使わないならば、今、マナブにあげた方が徳を積めるだろう。
差し出したチケットを受け取るマナブ。それをじっと見つめて、三枚いっぺんに破った。それから、マシンに百円玉を入れてハンドルを回す。
ガチャガチャと音を鳴らしながら、出てきた紙は黄色だった。
「これ、色関係あるの?」
「私も一回しか引いたことがないからわからん」
マナブが眉を寄せて巻紙を開く。まるで、最後の審判でも受けるような神妙な面持ちで。
『──、』
結果を読み上げるマナブに向かって、窓から暖かい光が差し込み始めた。
「晴れてきたぞ」
モーリスの言葉に弾かれたように、マナブが顔を上げる。長い睫毛が彩る目をぱちくりさせて、それからマジか、と言いながら頬を緩める。雨粒でにじんだ窓の向こう側、さっきまでの暗雲が嘘のように水色の空が広がっていた。
「サンキュー、モーリス!」
グラスをカウンターの内側に押しやって、マナブが立ち上がる。
「どこか行くのか?」
「まあ、ちょっとね」
さっきまでの不機嫌はどこに行ったのか、マナブの表情は明るい。
「ライブの時でもそれくらいの笑みを浮かべてもらいたいものだな」
「表情変えない奴にいわれたくねえ。……じゃ、ありがとう!」
スキップでもしそうなほど軽やかに、マナブがカフェの外にかけていく。
「今度は水以外の注文をしてくれ」
「はーい!」
そのうち、機嫌が良くなった訳を教えてくれるだろうか。
読んでいただきありがとうございます☺
読者の皆様に少し不思議な出来事が降り注ぎますように……!
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