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胎動―青霄を駆ける―  作者: 七川
海を越えて
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船出①

 享禄三年の八月——。

 三好元長は薄い雲に遮られてほのかに光る月を眺めながら、酒をあおる。

 つい先日、主君である阿波守護・細川氏之のもとに一通の文が届いていた。氏之の兄・六郎から兵を出すよう要請が来たとのことだった。

 六郎は鳴門の海を越えた先で戦局を悪くしているようだ。

 まったくどうする御積りなのか——。

 元長はこれから先の天下を憂いてため息を吐く。自らが畿内で六郎を助ければ、それをよく思わない輩が邪魔をしてくるからだった。

 月華を眺める元長の頬を夜風がなぶっている。月を覆っていた雲がゆっくりと流れ、鋭い光が照りつけた。


「如何いたしますか?」


 家臣である篠原長政が勝瑞からの文を見て、顔を覗かせた。

 どうするか。六郎は自分の政敵であった柳本賢治に頼りきりだった。だが、その賢治が殺され、六郎の仇敵である細川高国が勢威を回復させつつある。万が一、高国が復権しようものなら今後三好一族が畿内で飛躍することが難しくなることは明白であった。

 三好家の繁栄を考えるなら……。

 長政はなおも、元長の顔を覗いている。

 元長はようやく口を開いた。


「ここは、六郎様を助けるべく堺に馳せ参じようではないか」

「しかし、都合のいいもの扱いではないですか」


 長政が目を大きく見開いて抗議している。月明りはなおも鋭く照りつけていた。


「上屋形様(六郎)は左馬頭様(足利義維)を公方とすることを承知なされたようだ。これ以上とやかく言うつもりはない」

 そう言うと、元長は立ち上がって歩き出した。元長の影が廊下の上に、くっきりと浮かんでいる。


「まずは阿波屋形様(氏之)に会わねばならん。支度をせい。明日の朝すぐ出る」

「お供いたします」


 二人は足早にその場を後にした。




 まだ太陽が昇りきらず頭を少し出していることであるが、元長は勝瑞館に着いていた。

壮大な館へと足を踏み入れ、氏之に謁を願う。しばらくすると上座に氏之が姿を現した。


「面を上げよ」


 氏之にそう促され、下げていた頭を上げて元長は主君・氏之を見た。


「兄上からの文じゃ。この頃多くなってきおった。」


 そう言って氏之は元長の前にその文を放り投げ、愚痴をこぼした。

 いかにも気が進まない。そういう口調である。


「上屋形様はなんと?」


 元長は目の前に落ちてきた文を広げ、目を通しながら氏之に問いかけた。


「高国の輩が摂津まで兵を進めてきておるらしい。摂津勢まことに頼りなし、頼れるのはやはり阿波勢だと」


 顔を上げるとやはり目の前の氏之は、気が進まぬような表情であった。


「上屋形様もだいぶ焦っておられるようですな」


 六郎からの文には摂津勢が大変頼りないこと、阿波勢の援軍を期待することが長々とつづられていた。


「そうらしい。どうする?儂は正直、兄上のやり方は好かん。都合よく阿波を使い潰すようなやり方は……筑前(元長)が望まぬなら兵は出さずとも好い。そのように返書を出す」


 まだ若い、まだ若いが、氏之が六郎であったら、と元長は思う。兄弟の順が逆であったなら今この時、京兆(細川本家)家の家督は氏之のものだったかもしれない、と。

将軍家と京兆家が二つに分かれてから阿波、そして三好は否応なくそれに巻き込まれてきた。この若き屋形はそれを気遣ってくれているのだ。

 六郎・氏之の父である澄元の頃から三好一族は京兆家の家督を得るために動いてきた。元長の祖父である之長もだ。


「阿波屋形様が兵を出さねば上屋形様も不審に思いましょう。それに、高国が復権するのは某も面白くござらん」


 それは当代の元長も同じであった。阿波に戻ってくる前の元長は六郎を懸命に支えてきたのである。高国が勢力を盛り返すということは三好家にとってみれば今までの貢献が無に帰すということだった。六郎を家督とするまであと一歩のところまで来ている。


「しかし、今すぐというわけには行きませぬ。我らにもそれ相応の準備というものがあります。上屋形様にはそれまで耐えていただかなくては」


 氏之はうなずいてため息を漏らした。


「気が進まぬなあ」


 氏之は言葉少なくそう答える。元長は、英邁な若き青年に期待を持つと同時に、阿波屋形であるというだけでこの争いに巻き込まれていくことに、もやもやとしたものが鬱積していた。

これが高国を打倒することで解消されるというのだ。また一つ新たに決意をした。氏之は未だ腹に据えかねるものがあるようであった。

しばらくして、元長は館の玄関を出た。館の門をくぐると、後ろからドタドタと足音が近づいてきた。


「お疲れ様でございました」


 長政はまず元長にそう、声をかけた。そしてこう続けた。


「どのような仕儀に相成りましたか?」


 長政の問いかけに元長は何だか落ち着かない顔付をしている。


「兵は出す。だが、千熊を堺に預けねばならぬやもしれん」


 足を進める元長の顔はどんどんと歪んでいく。あのコロコロと気分が変わる六郎のもとに育ち盛りの息子を置いて良いものか、そのような思いがあるのだ。

 長政も元長にかける言葉が見つからないようだった。困惑したような目つきで元長を覗いている。


「ま、仕方あるまい。千熊も元服をせがむようになった。これも一門の将になるには欠かせぬことだ。これで元服をせがむことも減るといいがな」


 元長のその力のない笑いには、諦めと悔しさが混ざったようなものが含まれていた。長政は元長のその言葉に大きく頷いている。

 夏の昼の光が広がり、地面には二人の影が映っていた。

 厩に向かいながら、元長はこれから自身が何を目指すのか思案する。そして、その度に詮無きことだと思いなおす。

 いくら武功をたてようと元長は細川の臣でしかないのだ。くだらない政争にも巻き込まれなければならない。考えるだけ無駄というものだ。

日が昇りきる頃、元長と長政は芝生城への帰途につく。高く上った太陽は燦燦と二人を照らしていた。

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