永田町にて
長編になると政治的な場は避けられないと思い、書きました。よろしくお願いします。
1
『まずはじめに。
私は、ひとりではないが、ひとりでもあります。
しかし、蛇轟秘密教団にも院里学会にも属していない。
そして、今から表示する名簿は私の所有していた個人的な物です。これから、内閣総理大臣が教団への解散解体命令を出して螺鈿島と陰洲鱒町の制圧をすると思われますが、こちらから先手を打ちます。島の町の住民は教団とは関係ありません。それをあなたは、総理大臣という日本国の代表という立場でありながら、個人的な汚点を消すために私の思い深い歴史のある町を書き換えようとしている。なので私は、私たちの町を守るために、あなたたちの首根っこを掴んだ書面を日本だけではなく世界中に公開します。組織は定期的に浄化していかないと、やがてどす黒く闇と化して腐敗していきます。その結果、世界は両手両足の指で数えられる程度の富豪の一族達の欲望と遊戯のためだけに真っ暗闇にへと染まりました。だから私は、先が見えなくなってしまったこの腐敗した暗闇に一石を投じて“ひび”を入れて壁を壊し、一筋の光を刺そうと思います。
尚、国内のみならず世界各地の報道機関で隠蔽や切り取りまたは偏向報道などで、陰洲鱒町に更に悪意が向くような事が見られた場合は、第二陣のウィルスにより各社報道がブラックアウトします。このようになりたくなければ、流れてきた事実をそのまま報道してください。
以上、光りによって腐敗が破壊されて、その他の人々に幸あらんことを願って。
以下、“鱗の娘たち”という“餌”に喰らい続けてきた欲にまみれた“魚たち”の名を記す。』
という内容のファイルが、映像を沿えて全世界に拡散された。
それは当然のように、ほぼ同時多発に発信されて。
“あらゆる場所”のSNSや報道機関に侵入して表示した。
2
長崎市の出来事と同日。昼間。
東京都永田町。
国会議事堂内部。
内閣会議室。
毒島麗壱法務大臣が溜め息混じりに。
「どうするんです。あなたたちの名前がリストにありましたよ。あと、送付されていた映像にもモザイクもボカシも無しで“しっかり”とお三方の顔も身体も流出拡散されてしまった」
毒島麗壱。毒島財閥の御曹司。
妻は大城家から嫁いだ、毒島華子。
その娘が、毒島麗華。護衛人の現・元締め。
おまけに美丈夫だった麗壱。
百九〇センチに迫る長身で、健康的な浅黒い肌と鍛えた身体。
白髪交じりの五五歳の割には、ギラギラした若さがあった。
野生の大型ネコ科を思わせる彼の眼差しは、三人を強く刺した。
「石橋茂明内閣総理大臣。
村上山義樹総務相。
そして、岩壁毅永外務大臣。
ーーー本当に、どうするんです? 一時の過ちどころではない。定期的に参加していた“お勤め”といった行いを“あやふや”にするためだけに、あなたたち……。いや、国の最高責任者または指導者や代表者という立場にありながら、“あなた”はその権限を悪用して、結果的に“ひとつ”の島と町を消すことを実行したんです」
ファイルの開示により、先ほど与野党の議員たちの六割が取材に応じて、この場の麗壱法務大臣と幸猫防衛大臣も緊急インタビューに答えてきたばかりであった。石橋総理大臣と村上山総務相と岩壁外務大臣のお三方に視線を定めたまま、毒島麗壱法務大臣はさらに言葉を続けた。
「これは、故意に国家権力を用いて起こした、戦後最大の隠蔽工作になるんですよ」
「だから、その、私たち…………。国会が全員一致で納得した上で、“あの”危険なカルト教団へ解散解体命令を発令したんです。教団が数えきれない被害者女性を出してきたのは、紛れもない、事実です」
練っとりとした特徴的な喋り方で意見した石橋総理大臣。
一時的に「イケているオジサマ」と浮かされた国のトップ。
今年に入って、御年七五歳。
毎年開催される日中交流の記念行事で、中華人民共和国へと足を運んだこの“お三方”は、ともに仲良く、現地の現政権である劉斤並国家主席の直属の配下から“配膳された”裸の美女たちのもてなしを受けてきた。
毒島法務大臣は、総理大臣から総務相と外務大臣へとその焦げ茶色の瞳を流したのちに、再び口を開く。
「総理の仰る通り、教団が多くの被害者女性を出してきたことは事実です」
「納得して、いただけま」
「しかし。行使した隠蔽工作と“それ”とは別です」
そう強く釘を刺したのちに、毒島法務大臣は語っていく。
「あと、教団の出した被害者女性たちのことですが。それは私の指揮の下に、地元長崎県警と応援の福岡県警の合同捜査により、違法売春斡旋の現行犯として多数の身柄を拘束したのと同時に、千人に及ぶ陰洲鱒町の被害者女性たちの身柄を救出保護しました。被害者女性たちは全員、無事です。ご安心ください」
「それは良かったです」
「ありがとうございます。ーーーで。それら現行犯は日本人ばかりとは限りませんでした」
「と、言いますと?」練っとり、と返す総理大臣。
「噂の十二大財閥の人間が“ちらほら”と確認できました」
「な…………」
「それに加えて、三大一神教の最高指導者が三人。国内外の芸能人や作家や有識者、活動家など。“なんらかしらの技術”によって自我を奪われた若い娘たちの身体という“餌”に、これらの“大きな魚たち”が群がって貪り続けていたのです。総理、あなたたちを含めて」
と、改めて総理含めた仲良し三人組に強い眼差しと顔を向けた。
そんな美丈夫の法務大臣のひとり挟んだ席から。
「法務だいじーーん。あとひとりいるでしょう?」
ゆるふわ大巻癖毛の黒髪美女が、口を尖らかせ気味に。
「そこで知らん顔しているぅ、山井戸国交大臣。彼の名前も映像も出ていたんだから。しかも、バリバリの院里学会員」
目の前に座っている、現政権与党で院里夢明党所属議員の山井戸健哉国土交通大臣を不満そうに指差したこの美女は。
虎縞幸猫。防衛大臣。三八歳。
大型ネコ科のような美貌の百七〇センチ以上の長身。
大阪府大阪市出身。
虎縞家が経営する虎縞薬局を生家に持つ。
膝下五センチの桜色の三つ揃いスーツが、その細身のモデル体型に似合っていた。そして、三つ並んだ桜の花のヘアピンが特徴であった。
幸猫防衛大臣は、山井戸国交大臣へと差していた指と腕を下ろして、ソファーの背もたれに預けたのちに。目線と首をグルーッと半円に動かして、毒島法務大臣に猫のような目を流したすぐに石橋総理大臣に視線と顔を固定した。
「法務大臣とぉ、私を除けばぁ、あとはぜぇーーんぶ院里学会じゃないですかぁ。これって国として中立性保てていないんじゃない? これで政教分離できているって言えないのでは? 危なーーい、ですよぉ」
「そうですな」
と、内閣一番の美丈夫が便乗してきて。
「あと。“良い世来い世連合”以外の政党は、我々の民主自由党も含めて院里学会会員または日本基督教会信者なんですよ。ほとんど同じ宗派で固めているというのは、多様性以前に信仰の自由と民主主義を否定しているようなものです。ーーーそれを踏まえた上での、総理である“あなた”が下した決断がひとつの島の町を証拠隠滅することを行使してしまったんです。総理は“いったい”常にどこを見ているのです? クリスチャンの博愛主義者と言われる“あなた”は、この日本国の国民の誰ひとりにもその目を向けていない。ーーーこの際ハッキリ言います。総理が見ているのは、隣の中国とロシアと北朝鮮だ。そのおかげで、今や埼玉県の川口市は自称難民のクルド人によって治安が悪化した上に、彼らに付いた地元県警と県民市民の内戦状態だ」
「彼らは、難民、なのです。県知事と市長を暗殺した、日本人のテロリストが、愚かなのです。彼らクルドの方々に、初めから博愛の精神を持って、友愛的に接していれば、住民の人たちは“こういうこと”にはならなかったのです。無償の愛を持って、注げば、彼らは必ず歩み寄ってくれます。しかし、その銃口を彼らクルドの方々に向けてしまった川口市の住民たちが、間違っていたのですよ。ーーー人間、ヒトというものは、決して排外的になっては、いけません。差別は許されることでは、ない。対立的な態度を取れば取るほど、彼ら難民との関係が、悪化の一途を辿ってしまいます。なので、これは、私、いち政治家、たくさんいる内のクリスチャンのひとりとして聞いて欲しいのです。ーーー決して諦めることなどせずに、可哀想な彼ら難民に無限の愛情を注いであげる、のです。そうすれば、絶対分かり合えます。これは確かなこと、なのです。ヒトとは、人類とは、こうあるべき、なのです。ーーーだから、川口市の皆さんは、決して差別的な行為などをせずに、限りのない愛を持って、彼らクルドの難民の方々と打ち解け合うときまで頑張っていてほしいのです。これは私の願いです」
石橋総理大臣が、思いの丈を全て語ったとき刹那的な沈黙に入った。
分からず屋は放って置いたが吉。
といった他大臣たちの空気を「はぁーーい」と語尾にハートを付けてぶち壊した者がいた。桜色の美女、虎縞幸猫防衛大臣である。
「総理大臣。それってぇ、いわゆる『右の頬を打たれたら左の頬を出せ』『汝、隣人を愛せよ』…………っていうモノですよねぇ?」
「そう、です。愛、です」練っとりと主張した、一国のトップ。
「これはですよ。一方的にヤる側の視点からしか語っていないモノだと思うんですけどぉー。これを受ける側、つまり被害者側の視点なんて、どぉーーこにも無いんじゃないですかあ?」
「それは、どういう意味、ですか?」練っとりと聞き返した。
「隣人ばかりに目を向けて尽くして、その上で自身の妻や娘たちを貢物として差し出せ。と、言っているのと同じなんですよねぇーー。片方の都合の良い言い分しかないんですよ。これはアレですかあ? 侵略や搾取に破壊をしてしまったから、もう片方の言い分は何も残っていなかったりして?」
「そ、それは、ですね」
「こちらを侮辱して踏みにじることしか頭にない隣人のご機嫌取りにばかりに目が行って、じぶんとこの家族が搾り取られた食べカスになってもなお、理不尽な暴力を受け続けていたとしても、それでも総理大臣は町ごと教団を消すんですかぁ?」
“チラ”っと石橋総理を一瞥した幸猫防衛大臣。
またすぐにの窓際の“どこかへ”と目線をやって再び語り出した。
「まあー、総理がヤると決めたなら別にイイですけどぉ。ーーーそういえば、総理はクリスチャンですよね?」
「はい、そうです」
「院里学会の母体は日本基督教会。さらにその母体が、キリスト教イスラム教ユダヤ教の三大一神教という三大派閥が一体化したのが、世界基督教会」
「はい、そうですね」
「さらにその世界基督教会が生んだ軍隊、新世界十字軍というのがですね。世界各地の『インスマウス町』を国ごと侵略制圧して、その町の金鉱脈をじぶんらの軍資金と財産にしちゃっているんですけどぉー。しかも、侵略した町の国のトップや王室と契約なんかしちゃったりして、まあ、世間で言う“密約”というヤツなんですけどお、その結果インスマウスの資源と女を山分けなんですってよぉ?ーーーいずれ、ここ日本の陰洲鱒町も“彼ら”の侵攻を許して資源を略奪されて、あなた方は十字軍と密約なんかして、山分けするんじゃないんですかぁ? 資源と現地民の女の人たちを」
「それは、絶対に、ありえません。というか、虎縞君は、その情報を」
「あとー。“彼ら”と密約した各国の首脳や王族代表たちが、どうなったと思いますぅ?」
「それは今でも、現役で頑張っていらっしゃると」
「自国と自国民を売った裏切り者として、秘 か に、新世界十字軍と世界基督教会から処刑されてー。今や、ソックリさんの別人らしいですよぉ。どうせ、前もって“彼ら”の中にいた“よく似た者”を用意していたんでしょうね。周到ですよね。感心しちゃう。ーーーまあ、これは都市伝説ですけれどね」
「え?」
「話しを戻しますけどー。ーーー総理、蛇轟秘密教団と陰洲鱒町に解体解散命令を出しちゃったじゃないですかあ? 同じことだと思いますよぉ。近いうちに、教団は信者と関係者もろとも全滅“させられる”ので。総理にとっては大変都合が良かったんじゃないですかあ」
と、艶々な“ゆるふわ”大巻癖毛を指ブラシで“トゥルン”と毛先まで流しながら、幸猫防衛大臣は口を縦に尖らかせて意見を閉めた。そして、思ってもいなかった彼女のひと言に、石橋総理大臣をはじめ村上山総務相と岩壁外務大臣の“お三方”はもちろん、山井戸国交大臣に、毒島法務大臣を含めたその他の担当大臣たちが、声には出ていないが「え?」と驚愕した表情で“うら若き”防衛大臣にへと視線を集中させた。当然のように沸き上がった疑問を、皆を代表して石橋総理大臣が彼女へ質問をしていく。
「あの……。虎縞君。そのような情報は、いったいどこか」
「わっかりっませぇーーーん。私ぃー、バカ、なーのでー」
「分からない、はずではないのでしょうか? だいいち、君の言う“そういう情報”は、確かな物なのですか?」
「総理。私の担当は、防衛省なんですよぉ? 不確かなのは当たり前じゃないですかあ。あまりィ真に受けないようにお願いしまーす」
「それもそうです、ね」
と、練っとりと納得した石橋総理大臣の直後。
「はーい。時間です。会議終了しました。お疲れ様です」
総理大臣秘書官の合図とともに、大臣たちの会議は終了した。
各々のソファーから大臣たちが腰を上げて背筋を伸ばして「お疲れ様でした」とお互いに労いを交わしていった、その最中で、いまだにソファーに掛けていた藍色のスーツ姿の“ひとり”の若い女性が、細い腕をシュッと挙げた。
「尾野先秘書官。どうしました?」
このように総理大臣秘書官から指摘を受けて。
「あのー! ひとつ言わせてください。私、学会員じゃないです」
「あらー。そうなの」幸猫防衛大臣の納得ののち。
「はい。そうなんです」と、嬉しそうに返事した。
宗派による多勢に無勢を振り切ったような輝かしい笑みであった。
この外巻き黒髪ボブオカッパの女性秘書官は。
尾野先美奈代。二七歳。
環境省大臣秘書官。
百六五センチの長身で細身の色白な娘。
出身の地方の大学を卒業して、国会議員の秘書官に就職。
「よろしくね、美奈代ちゃん」
幸猫防衛大臣からニコニコと手を振られたので。
「ええ。こちらこそ」
そう、美奈代秘書官もニッコリとして手を振って返した。
3
日本国営公共放送。
『ここで、速報です。今朝、長崎市で現行犯逮捕をされた深沢文雄(二三歳。大学四年生)容疑者の家宅捜査をしたところ、容疑者が所持しているノートパソコンとUSBメモリーのデータから大量のファイルが発見されて、本庁へと緊急輸送されました。内容確認をした警察の見解によりますと、容疑者が十六歳のころから撮影された物であり、二三歳の現在に渡って容疑者の仲間と一緒に数多くの女性たちに不同意強制性交をしていたものと思われる。そう述べていました。以上です。次の続報をお待ちください』
CSアミバTV。
『緊急ニュースです。ーーー今朝、長崎市内で盗撮盗聴の容疑で現行犯逮捕をされた深沢文雄容疑者(二三歳。長崎大学四年生。放送部所属)の父親である深沢文忠氏(五五歳。深沢総合医院院長。㈱深沢機器代表取締役)が、氏の弟の深沢文晴(享年四一歳。㈱深沢機器設計事務所 東長崎支所代表取締役)を殺害した容疑で身柄を拘束されました。深沢文忠容疑者の任意同行によると、弟の殺害を専門家に依頼したということを認めました。依頼完了の報告を写真とともに連絡を受けたあとに、その実行犯の口座に報酬を振り込んだとのこと。なお、本庁の刑事たちは深沢文晴氏を殺害した犯人を複数犯と見ており、逃走中の犯人の行方を追っています』
イチフジテレビ。
『速報です。長崎市内で現場で盗撮盗聴の容疑で身柄を拘束された深沢文雄容疑者とその恋人である片倉裕美容疑者も同じく盗撮盗聴の他に、不同意強制性交の共犯でも逮捕をされました。文雄容疑者の自宅から押収されたUSBメモリーのファイルには、嫌がる構内の女子生徒や女性臨時顧問の他、陰洲鱒町の女性と思われる被害に遭っている姿を、片倉裕美容疑者はデジカメを片手に撮影記録をしていたもようです。ーーー映像からの判断だと、大学内の各種運動部の部長や部員たちに数名の教授。代表的な四名の老人男性の活動家、政治家に院里学会学会員と日本基督教会関係者、NPO人権団体法人の関係者、病院経営者や報道機関の関係者に司法関係者、あとは警察署本庁の人物。以上のことが今のところ判明しています』
昼休みの前。
「れーいっち、くぅーーん!」
美丈夫の背中に、ハートを付けて呼びかけていく幸猫防衛大臣。
キラキラと周りの空気を輝かせながら、彼女は毒島法務大臣のもとへと駆け寄っていく。赤色の絨毯を敷いた廊下をスキップ気味に、幸猫防衛大臣は彼の左後ろに接近した。右側には、メイン秘書官の毒島華子とSPの中年男性がいたためである。文字通り彼の右腕でもあり彼の妻でもある華子から、人懐っこそうに微笑みかけられた幸猫。その麗しき防衛大臣も、美丈夫の美しい妻へと猫のように微笑み返した。幸猫防衛大臣は、毒島法務大臣に話しかけていく。
「お昼どこで食べるんですか?」
「彼女と一緒に議員食堂で定食でも取ろうかと思ってね」
愛しの旦那とチラッと目が合って、華子は頬を少し染めた。
これにニヤニヤした幸猫が、麗壱を肘で軽く小突いた。
「おー、おー。どーせ“そう”だと思いましたよぉ。でも、仕事とプライベートは“ちゃんと”分けてくださいねー」
「そ、それは勿論だ。忠告ありがとう……」
「んふふー」幸猫がニッコリとしたとき。
アイボリーの三つ揃いの膝丈スカートの長身美女から、彼女は呼び止められた。彼女は、黄色味がかった蜂蜜色の長い癖毛を三つ編みからアップにセットしていて、切れ長な眼に大きめな赤褐色の瞳が特徴的な色白で線の細い美女である。
「やっと追いついた……! もう、幸猫さん。ひとりで先に行かないでください!」
「ふーみーかー、ちゃーーん!」
“ふみか”と呼んだ美女の腕に絡まり、幸猫は寄りかかってゴロゴロしだした。我が愛しの大臣の態度に、彼女は驚く。
「あ、ちょっと……!」
「麗壱くんたちぃ、ご夫婦でラブラブランチするんだってー」
「そうですか」
「文香ちゃんも今からなんでしょ?」
「ええ、はい」
「私たちも一緒にぃ、海軍カレーをぉ食べに行きましょう。ね!」
「はい、それは構いませんが。今日の会議が終わり次第に、ボヤッキースタジオさんでの収録に招かれているんですけど。覚えていますよね?」
「大丈夫大丈夫。覚えてる覚えてるぅー。心配ないよ、文香ちゃん」
幸猫が懐いている、この長身美女は。
深沢文香。防衛大臣第一秘書官。
今年で五〇歳を迎える。以前は、彼女の三番目の兄である深沢文晴が経営していた『株式会社 深沢機器設計事務所 東長崎支所』で兄と従業員たちと一緒に設計図を書いて勤務をしていた。この当時、文晴の秘書としても採用した、設計図担当の橦木朱火をまるで我が妹のように可愛がっていた。人魚でありながらも、朱火の美しさと人懐っこさは事務所の他従業員たちも華やかにさせていた。この設計事務所の隣に構えた住居で文晴と一緒に暮らしていたのが、当時十六歳の深沢文雄であった。中学校卒業をしてから、叔父の文晴と叔母の文香と一緒に長崎市東長崎へと引っ越してきて、朱火との関わりを初めて持った。
朱火が文雄から追い詰められて鬱を発症して辞職したそのあとに少し経って、東長崎支所は解体のあとに文香は東京都に帰郷して防衛大臣の第一秘書官となり、文晴は東北東日本に左遷された先の地で殺害された。
CSアミバTV。
『続報です。ーーー警察署本庁の強行課による発表です。深沢文雄容疑者のファイルに収録されていた映像を解析したところ、不同意強制性交に加担したメンバーが判明しました。以下、敬称を省略します。ーーーまずは、容疑者の父親の深沢文忠(五五歳。深沢総合医院院長 ㈱深沢機器代表取締役)、叔父の深沢文彰(五三歳。深沢総合医院外科部長)と深沢文薪(五二歳。㈱深沢機器理事長)。院里学会からは、十田耕次郎(六七歳。院里学会会長(二代目))、十田耕三郎(六六歳。院里学会副会長。院里夢明党議員)。日昇新聞社からは、朝日昼杜(六五歳。日昇テレビ会長)。NPO法人人権団体 cocola bonbonから、田上芳金(四三歳。女性駆け込み寺 代表)と金森康人牧師(四九歳。女性救済教会 代表)。日本基督教会から、金平和夫(八六歳。平和反戦廃自衛隊日本武装撤廃連合会長)と金継善人(八五歳。NPO人権団体『反戦平和世界市民連合』会長)と神井戸元牧師(八七歳。平和反戦反基地反自衛隊活動船『不撓不屈』船長(船舶免許証所持不明))と 蔵金正義(七九歳。被爆0廃核反戦連盟代表。長崎大学社会学部准教授)。世界基督教会から、赤奴牛太郎(四八歳)と母犁宮智輝(四九歳)。そして、長崎大学からは。深沢文雄(二三歳。四年生。放送部部長)、片倉裕美(二三歳。四年生。写真部部員)、御藏隆史(二三歳。四年生。テニス部部長)、月輪大造(二四歳。四年生。柔道部部員)、木田恒明(二三歳。四年生)と佐渡晴之(二四歳。四年生。共に空手部部員)。ーーー以上が、映像から特定された容疑者たちです』
日本国営公共放送。
『続報をお伝えします。ーーー不同意強制性交の主犯の深沢文雄容疑者と一緒に犯行をおこなっていた、日本基督教会所属で『反戦平和四天王』と言われている、金平和夫(八六歳)容疑者と金継善人(八五歳)容疑者と神井戸元牧師(八七歳)容疑者と蔵金正義(七九歳)容疑者の以上の四名ですが。金平和夫容疑者を除いた、以下三名の行方と消息が現在をもっても不明のままです。身柄の拘束に向かった警察は、彼らの行方を捜査しています』
ニタカサンナステレビ。
『続報です。ーーー今回、主犯の自宅から押収された、不同意強制性交の映像が多数収録されたUSBメモリーのファイルに映っていた主な被害者女性たちが判明しました。ーーーまず、長崎大学から、放送部部員の古風三葉さん(二三歳。四年生)と薪風木葉さん(二〇歳。一年生)、写真部臨時顧問の大城菖蒲さん(三八歳)。古武道部部員の木原章子さん(二四歳。四年生)と開戸美子さん(二二歳。三年生)。ーーー次に、陰洲鱒町住民。橦木朱火さん(三六歳。長女。現在、地域奉仕清掃活動勤務)と母親の橦木朱美さん(二三〇歳。キクマル冷凍食品㈱ 長崎工場 社員)。浜辺銀さん(百三五歳。㈱鳳自動車産業 本社社員)と浜辺亜沙里さん(二三歳。長女。無職)。摩周ホタルさん(二一歳。長崎大学二年生。漫画研究部部員)。海淵真海さん(当時二二歳。長崎大学三年生。歴史研究部部員)。潮干ミドリさん(当時二三歳。㈲帆立プロダクション 元・社員。現在不定期休暇中)。皮剥銀華さん(百三〇歳。㈲皮剥衣服店 社長)。ーーー以上の女性たちが判明した主な被害者ですが。このうち、摩周ホタルさんと海淵真海さんの二名のみ、映像で確認できる限り、被害が酷くなる前に加害者たちを返り討ちにしており、被害は最小限で済み、これ以降の被害は受けていません。しかし、先の二名を除いての残った全ての女性たちは、主犯とグループから繰り返し被害を受けていました。ーーー以上、続報でした』
江戸前放送局。
『緊急速報です。ーーー大麻の所持と使用の容疑で逮捕されていた、十田公彦(二五歳。院里学会幹部。院里夢明党党員)容疑者の恋人の片倉日出美(二二歳。カタクラメディア所属。モデル)容疑者が、約三年以上前に姉の片倉昇子さん(二七歳。多部プロダクション所属。モデル)と女優の臼田幹江さん(二八歳。多部プロダクション社員)の二名を、知人男性の峰原仁容疑者(当時二五歳。職業住所不定)ら他三五名の男性を使って強姦させた容疑を認めて再逮捕しました。なお、日出美容疑者は、これら知人男性たち三六名を使ってさらに元・タレントの潮干ミドリさん(二三歳。帆立プロダクション 元・社員。不定期休暇中)を襲わせたとのことですが、彼らは彼女から返り討ちにあって全員再起不能になりました』
そして、防衛省から離れた食堂。
現在、防衛省を含めて自衛隊の各種基地は解体を望むデモ隊に包囲されていたので、六月から省庁建物への出入りは困難なものと化していた。よって現在は、空地を借りて三階建てのプレハブ仮設で大臣から職員に至るまで皆が公務をしていた。ちなみに、一階の半分が食堂になっていて、ここで議員や職員以外の一般人も来店して海軍カレーを楽しむことができていた。その一階食堂の角の窓際の席で、虎縞幸猫防衛大臣と深沢文香第一秘書官とが海軍カレーを美味しそうに食べていた。文香に背を向けさせて、幸猫は壁側を背にして食堂全体を見渡せる体勢を取って用心に備えていた。
誰の為にか?
文香を護るために、である。
んんー、美味しい。
と嗜みつつも、猫のような眼差しで不届き者が侵入してきていないかと彼女は見張っていた。そんなときに、桜色のジャケットの内ポケットから振動を感じた幸猫はスプーンを止めて口もとを拭いて、お茶をひと口でカレーを流し込んだのちに桜色のスマホを取り出して内容を確認していく。
「ごめーん、文香ちゃん。私、“用心”が入ったから“これ”食べたら出かけるね」
「え? あ? なんですか、用心って? “また”ですか?」
驚きに思わず口内のカレーを吹き出しそうになった文香だが、なんとか押さえ込んだ。対する幸猫はニコニコしながら答えていく。
「そうそう。また外せない“用心”なの。ごめんねー」
「いや、その。午後からボヤッキースタジオさんから招かれているんですよ? 間に合うんですか?」
「大丈夫大丈夫。間に合うように“お掃除”してくるから、心配しないで」
そう断言したあと、幸猫はパクパクと手際良くかつ素早く口の中にカレーを入れてなおかつ“ちゃんと”咀嚼までしてお茶で流し込んで、海軍カレーを平らげた。カレールーがあまり付着しておらず、拭ったように皿が綺麗になっている。相変わらず私の幸猫さんは美しく食べるわね、と感心しつつ、文香はやっぱり念を押していった。それは当然“もしも”のときのためである。秘書官の役目としては、当たり前であった。
「あの。もしも遅れるようだったら、どうするんです?」
この問いに、幸猫はテーブルの皿を端に避けて身を乗り出してきて。
「うふふー。ーーーそーいうー場合はぁー、文香ちゃんのその美貌とナイスバディーとエッチな唇でぇ、場を繋いでいてね。あなたに任せるわ」
エッチな唇でぇ。と言いながら、愛しい第一秘書官の魅惑的な“ぷっくり”とした下唇を人差し指の先で撫でていったとき、その文香が快感を押さえきれずに「あんっ!」と声をあげてしまった。とっさに両手で口もとを塞いだ文香は、背筋をシャキンと伸ばして上体を左右に振って食堂全体を見渡していった。悲しいかな、無情にもその部屋中から音も動作も止まって、皆の視線を集めていた。どうしようどうしよう、と文香が冷や汗をかきはじめたそのとき、幸猫は立ち上がりニコニコと皆に笑顔を向けて手を振っていった。
「ごめんなさいね。今のは、私のせいだったから。でももう終わったから、お食事を続けてくださいねー」
はーい。とバラバラに小さいながらも納得する声を発した来客や職員たちは、食事を再開していった。この様子に「うんうん」と満足気に納得した幸猫が、文香の手を取って両手で包み込んだ。
「というわけだからぁ。おねがぁーい、文香ちゃん」
「え? はい……。ーーーあのー。やっぱり行くんですか?」
「行かなきゃならないの。あなたのためにも。そして、朱火さんのためにも」
「……えっ……?」なんだか、ピーンと理解した。
「じゃあねぇーーん。文香ちゃーーん!」
文香が“ほわほわ”と惚けていた隙に、幸猫はすでにスキップ気味に軽やかな足取りで出入口に着いて、彼女に向けて手を振っていた。カチャリと静かに扉を閉め、幸猫は愛車の赤いガルウィングのスポーツカーへと向かっていった。




