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丸山町決戦!対決!教団幹部、野木切鱶太郎!

 摩魚と幹部の対決のクダリは、映画『獣兵衛忍風帖』の獣兵衛と鉄斉との対決シーンのパロディというか、リスペクトしました。


 1


 可愛い女子二人を引き連れて、海原摩魚が三階に到着。

 そして、立ちはだかる美しい雄人魚が二体。

 どちらの深者ディープ・ワンも美貌の長身だが、違いはあった。

 その前に、二体の共通点。

 両者ともに黒いタンクトップにGパン。艶々な黒い革靴。

 持ち手の武器が両刃のノコギリサーベル。

 そして、両者の違い。

 一方は、女と思うほど線の細い、水も滴る美男子。

 もう一方は、野性味ある筋肉質な美青年。

 二体の切れ長な黒い眼差しは摩魚まなを睨み付け。

 額と下腕から拳にかけて青筋を浮かべていた。

 まず、野性味ある美青年が腕を突き出して摩魚を指さした。

 肩から拳にかけての筋肉の盛り上がりが逞しかった。

「普段着で日本刀で暴れまわっている女って、お前だな!」

 銀色の尖った歯を剥いて、声を投げてくる。

 この問いに対して、摩魚は微笑を浮かべて。

「そうだけど。なにか問題でも?」

「“鱗の娘”とやっていたところで呼び出し食らってよ。報告を聞いたら、一階二階の兵隊は皆殺しされたんだってな。お前が全部斬っちまったのかよ?」

「ええ、まあ。肩慣らしに。人を斬るのは初めてだったし」

「肩慣らしに、だあ……?」

 指さした腕を、ゆっくりと下ろしながら肩眉を上げた。

 水も滴る美男子が隣のワイルドな美青年に銀色の瞳を流したあと、摩魚に端正な顔を向けた。

「あの日本刀の女、人を斬ったのは初めてだとさ。ーーーお前、どう思う?」

 ずいぶんと耽美な声で隣へと質問していく。

 野性味ある美青年は、これを受けて銀色の尖った歯を喰しばる。

糞女クソおんなが。舐めた口を聞きやがってよ。ーーー百人近い兵士をテメェひとりで殺れるわけねえだろ! どうせ、お前らの後ろでコソコソと野郎ひとり彷徨うろついてんじゃねえのか? 男がいなきゃなにも出来ねぇクセによ。俺たちの前に野郎を出しやがれ。切り刻んでやる」

 そう言いながら、摩魚に向けて腕をブンッ!と内側に振って催促をしていく。この野性味ある筋肉質の美しい雄人魚がそういうことを言っているが、摩魚を含めた響子と虹子の当の三人娘にとっては「いない者は呼べない」と言わんばかりの表情でお互いに見合せていき、再び二体の美しい雄人魚を向いた。

 ノーメイクのままだった摩魚だが、化粧している顔とは大差無いほどに美しく、その唇はまるでクリアーのリップを引いたかのように艶やかであった。で、その艶やかな唇に、摩魚は微笑を表していき。

「生憎だけど、その希望は叶えられない」

「なんだと?」水も滴る美男子の額に青筋が浮く。

「私たちと彼は別行動しているのよね。だから私が相手になるわ。それとも、嫌なら逃げてもいいけど」

「誰が逃げるかクソボケ」

 と、銀色の尖った歯を剥くワイルド系美青年。

 しかし、このていどで怯む摩魚ではない。

「あらら、残念。斬るしかないね」

「お前、イキるのもいい加減にしろよ」

 ワイルド系美青年の返しに。

「そっちこそ、いい加減にしたら? こんなところで私たちはいつまでも“くっちゃべっている”暇なんて無いんだけど。るならさっさと始めてくれないかな? ウっっっザいんだよね」

 摩魚姫、額に青筋を浮かばせた。

 そして、束に手をやって足を進めていく。

「おたくら、名前くらい言ったら? あるんでしょ?」

 いつまでも抜刀ができる構えで、“姫様”は二体の雄人魚へと質問を投げた。そうして、その足を止めることなく、彼女が間合いに入った。

「もう一度だけ聞くよ。お名前は?」

「ざけんなよ。お前、誰に向かって口聞いてんだ? あそこの二人も、お前も、叩きのめしたあと俺たちの“穴”にーーーーー!!」

 皆まで言うことを許されずに、ワイルド系筋肉質美青年の下腹部に束の先端部が勢いよく突き刺さった。身を沈めて踏み入れた摩魚が、逆手で鞘から抜いた本身の束をその下腹部に突き当てた。頭に血が上っていて、不意打ちすらも予測できなかったワイルド系美青年の雄人魚は、腹から放射状に拡がる稲妻のような激痛に口を尖らせて腰を引き身体を折っていく。痛がる雄人魚の首の後ろから背中を狙って、摩魚は抜いた刀の背で叩きつけた。全体重を乗せた、無慈悲な刀背打ち。ドンッ!とクラブ中に響き渡り、ワイルド系美青年の雄人魚の顔と上体が床にめり込んだ。群青色に光っていた瞳を黒色に戻した摩魚が、上体を上げて背筋を伸ばして、水も滴る美男子の雄人魚の顔を見ていく。目の前の出来事に、切れ長な黒眼を剥いて口を“あんぐり”と開けていた美男子の雄人魚。床にめり込んだ我が兄弟の後ろ頭と無言で睨み付けてくる摩魚とを二往復ほど見たのちに、彼はノコギリサーベルを両手に持って正中に構えた。

「の! 野木切! 野木切鱏之介のこぎり えいのすけだ!ーーーこいつは兄の鱶蔵ふかぞうだ! 俺は双子の弟!」

「そう? ありがとう。私は海原摩魚」

「海原……、摩魚……。だと……?」

 鱏之介えいのすけ、名前を聞いた途端に不可解な顔を浮かべていった。

「お前、確か、生贄の娘では? てか、連日ニュースで誘拐の報道されていたはずでは……?」

 新たに生まれてゆく疑問と恐怖。

 鞘に収刀しながら、摩魚は答えていく。

「“私は”誘拐なんかされていないけれど?」

「嘘つけ。あれは、どう見てもお前の顔だろうが!ーーーまさか、龍海たつみ亜沙里あさりが裏切ったのか?」

「亜沙里も龍海君も“そんなこと”しない」

 再び、抜刀の体勢を取っていく摩魚。

「さあ、お次は“あなた”。鱏之介くんの番。ーーーちなみにね。床に寝てる鱶蔵くんは“まだ”生きているから安心して」

「この……、糞女!」

 そう吐き捨てた鱏之介が、顔の横に構え直したノコギリサーベルを振り下ろしてきた。間合いの距離的には二人の空間が大幅に重なり、腕を伸ばそうものならば易々と届いて触れ合えるくらいの短さであった。大きく踏み込んで、女の袈裟から切り裂かんとばかりの勢いに殺気をもって、鱏之介はノコギリサーベルを振っていくが、スカしてしまった。勢いよく刃音を鳴らしたのと一緒に、なんとか踏み止まった片足で「おっとっと」をして、脳天から床へのダイビングを防いだ。それは、目の前にいた摩魚が、ほんの僅かに後ろへ身を引いたからである。ノコギリサーベルを横に振り上げるが、“姫様”には当たらずに虚しく空を斬っただけ。その後も、鱏之介はノコギリサーベルで斬りつけんとの勢いで踏み込んでみたり一歩出して腕を伸ばしてリーチを稼いだりして、なんとしてでも斬り殺そうとして自身の武器を振り回していったが、当の摩魚には傷ひとつさえも付けることができずにいた。摩魚の回避の様子は、実に軽々しく重さを感じさせない離脱と跳躍と着地であった。それはまるで、古代中国武術の気功を思わせる感じもあり、まず第一のその印象は、アゲハ蝶が風に逆らうことなく宙を舞うごとく美しかった。彼女のその技は、迫りくる切っ先でも衣服にすら触れることができないもの。


 毒島ぶすじま戦場格闘術。蝶舞ようぶ

 その宙を舞うその姿は、毒島家の家紋でもある揚羽蝶のごとく。

 敵の攻撃から回避することに特化した戦術。


「ねえ、響子」

「ん? どしたの?」

 “姫様”の闘いを傍観していた二人。

 有馬虹子から瀬川響子に問いかけてきた。

「姉さん。アレ、舐めプしているの?」

「違うよ」

「違う?」

「うん。違う。ーーー摩魚さんの手元は常に束に乗せているし、あとなんと言ってもあの目つき」

「なに? 姉さんの目つきがヤバいの?」

「まあ、ヤバいというか。彼女、次の一手で斬るかも」

「次の一手って、いつ?」

「まあ見ててよ」

「うん」

 響子の答えに虹子が納得したとき、摩魚の雰囲気に変化が起きていた。振りかぶってきたノコギリサーベルから蝶のように身をかわして着地したその瞬間、摩魚は下から上へと抜刀した。次は相手に隙を与えることなく、袈裟から振り下ろして真横に刀を走らせた。そして、虎口を閉じる音を鳴らしたそのあと、鱏之介の身体は真っ二つに割けていきながら袈裟からも斜めに裂けて、最後は腹から真横に分裂して床に肉片を落としていった。

「ひえ……! 相変わらず、ためらいが無いなあ……」

 我が実姉の無慈悲さに、呆れて驚く虹子。

「二階のと今の、姉さんが使っているあの技なんだろうね?」

「あれ、雷蔵の技だよ」響子も驚き気味で答えていく。

「雷蔵ちゃんも使うの?」

「うん。…………というか、摩魚さん、雷蔵と同じ流派だったってこと?」

「なにそれ? 兄妹弟子じゃん」

 と、なんだか嬉しそうに納得した虹子。

 隣の友達の反応を微笑ましく見た響子は、再び前を向いた。

「アイツ。私以外にも弟子がいたなんて。ーーー妬けるなあ……」

 響子は“女”としての独占欲に侵入されたショックを受けつつも、己の中に湧き出てきた嫉妬を必死に抑えながら出したその言葉の割には、心なしか嬉しそうでもあった。護衛人という職業を始めた始祖である武家のさかきは、生まれながらにして闘気を使う特異体質にして代々に遺伝し続けている。特異体質として闘気を扱える者は多数ではないがいるけれど、それは家系の突然変異体としてポッと出る傾向であり、榊家のように一族代々遺伝していくという形は本当に極少数であった。そして、なによりも目立っての弟子募集中などの宣伝はとくにしてこなかった理由もあり、榊家の武術を稽古する人たちは日本全土でも極めて少なかった。そういうこともあって、当家の直系の子孫でもあり雷蔵でさえも摩魚が榊家の流派ということを未だに知らないのである。なにせ、自分がどこどこの流派であるとの事は、自己申告で分かることであるからだ。

 響子の反応を見ていた虹子は、彼女に姉妹にも等しい感じも覚えて愛らしくも楽しくもなってきたので、思わず笑みを見せた。



 2


 時間は少し前後して。

 同クラブの三階。

 四階へと移動しようとしていた福子と桃香であったが、突如揺れた店内と大きな音を聞いて、階段へ掛けていた足を反射的に止めてしまった。それは、同じ階にいためぐみと背中に蛇の入れ墨をした美女も動きを止めて驚愕していた。部屋を繋ぐ扉をそーっと開けて、隙間から三階の様子をうかがっていく福子と桃香。

「摩魚ちゃん?」

 と、喉から声が突いて出てきた福子。

「あ。誘拐されてた美人」

 桃香も、小さく声を上げてしまった。

「なにかあった?」

「どうしたの?」

 このように、二人の後ろから蛇の入れ墨の美女と恵が同じような体勢で扉の隙間からダンスホールを覗く行為に加わった。おわあ!と小さく驚いた福子であったが、後ろの美女二人が不意打ちもなにもしてこないと分かり、再び前に顔を向けた。四人の美女の瞳に映っていくその光景は、全力でノコギリサーベルを振るう鱏之介に対して、揚羽蝶の如く舞って攻撃をかわしていく摩魚の姿であった。

「綺麗……」

 うっとりした声で、桃香は感想を洩らしていく。

 床にめり込む鱶蔵の姿を見た恵が。

「ま、まさか、さっきの地震の原因、摩魚ちゃん……?」

「え? 嘘?」

 驚愕した蛇の入れ墨の美女は、恵を見た。

 恵も隣に顔を向けて、蛇の入れ墨の美女を見る。

「そうとしか思えないじゃん」

「まあ……、確かに……」

 一時的にしろ、敵味方の壁を無しにした状態で、女四人は人様の戦闘風景に見入っていた。そんな中で、桃香と福子が「あ!」と声をあげたので、後ろの女二人もその視線の先にへと合わせた。

 すると。

「嘘やん」

「マジか」

「うっっっわ」

「なんでや」

 福子、桃香、蛇の入れ墨の美女、恵。と順に驚きと感嘆していったそのダンスホールでは、着地した瞬間に抜刀した摩魚が空を三回斬りつけて鞘に収めたと思ったすぐに、鱏之介の身体がサイコロ状にスライスされて床に落ちた場面であった。大変オカルティックな状況を目の当たりにした女四人は、声を発するのも忘れて黙って背筋を伸ばしていった。


 こちらも同じく、時間は少し前後する。

 丸山町に到着した、蛭池刑事と川端刑事の班。

 一階の軽食店で避難していた来客たちと、バイトの翻車眞人とDJ SUJICO MACO こと鮭筋子真子斗も一緒に保護されて、警察の誘導のもとに護送車両へと乗り込んで現場から離れていった。車両の後ろ姿を見送った蛭池愛美刑事と川端康成刑事と残りの機動隊員たちとが今から突入するクラブを見上げた、そのとき、ドンッ!と大きな音とともに地面にも小さな縦揺れを感じて、班の全員は警戒態勢をとった。

「なんですか? 今の……?」

 長崎県警一番の美男子こと、川端康成かわばた やすなる刑事が口を開いていく。これを受けた、赤毛の長身美女こと蛭池愛美ひるいけ まなみ刑事は。

「さあ? 誰かが先に来て暴れてんじゃない?」

 ちょっと嬉しそうな顔で振り向き、川端刑事に答えた。

「一般人の避難は終わったから、次は陰洲鱒の女の子たちを助けに行くよ」

 そう促して、蛭池刑事は足を進めた。


 再び、三階のダンスホールに戻って。

 闘気の刀を鞘に収めて姿勢をただした摩魚が、響子と虹子の様子を見ようと目線を向けたときだった。両手の太い指で、女二人の顎を捕まえて持ち上げていた巨大な雄人魚の姿があった。その姿はまさしく人ではなく、鮫の顔をした二メートル超えの筋肉質で、身に付けた衣服は褌一枚のみ。顎と頚との境目が無いくらいに太く逞しい筋肉は肩まで繋がり、下顎のラインから首筋には五つの鰓。肋のあたりには、三つの鰓。鍛え上げられた身体中の筋肉に張り付くそのシルバーグレーの皮膚は、ザラッとしていて、俗に言う鮫肌。そしてなによりも特徴的だったのが、本来は三角の鼻先で完結していたはずの鮫顔の中央から、幅広い両刃の鋸が長く伸びていた。横からだと、まさしくノコギリザメの顔であったが、正面から見た印象はまるでテングザルのごとく平べったい鼻が下に垂れているようで、人面じみて不気味でもある。そのようなノコギリザメの雄人魚が、人質二人を我が手中に収めているゆえに勝負に勝ったと自身を誇っていたのか、両側の口角をグイイッと上げて、銀色の尖った歯を見せてきた。

「海原摩魚とか言っていたな。俺は野木切鱶太郎のこぎり ふかたろう。そこに“散らかっている”のは、俺の“せがれ”だ」

「あーら、そう? じゃあ、今度そこの息子さんたちと話すときは、ちゃんとしつけておいてよね」

 摩魚まなは響子と虹子を人質に捕られて動揺しているかと思えば、大してそうでもない感じで鱶太郎ふかたろうに言葉を返していった。目線を鱶太郎に合わせながら後退していき、床に“寝ている”鱶蔵を跨いでさらに摩魚は間合いを確保した。その距離は、だいたい四メートルほど。束に手を乗せて、抜刀の体勢に入る。その摩魚の足下で、目を覚ました鱶蔵が多少ふらつきつつも起き上がってきて、目の前の“姫様”を睨み付けたあとに後ろの気配に気づいて振り向き、銀色の尖った歯を見せていった。

「親父、来ていたのか。ありがてぇ」

「鱏之介はその娘に殺られちまったが、お前は無事だったか」

「ああ。この生意気な糞女にぶっ叩かれちまったがな」

「よし。なら今から仕返ししてやれ。お前の弟を切り刻まれた仇だ」

「おうよ。勝ったら、お前ら三人とも俺たちと十字軍の慰み物にしてやる」

 人質状態の響子と虹子を確かめた鱶蔵は、切れ長な黒眼を弓なりにさせて、銀色の瞳をギラつかせつつノコギリサーベルを両手で正中に構えた。次の瞬間。

「先手必勝!」

 と、言った摩魚が瞳を群青色に光らせて、さらに首筋から脹ら脛にかけて身体の両側に群青色の輝く鱗を出現させて抜刀をしたとき。横に走った青白い閃光が鱶蔵の顔を通過して、鱶太郎の胸板に火花を散らせた。抜刀を食らった衝撃に、鱶太郎は身体を、とくに上体が後ろに飛ばされそうになったところを踏ん張って堪えた。静かに虎口の閉じる音を聞いた次に、鱶蔵の顔を赤い線が真横に走ったと思ったら、その上半分は後ろに落ちたあとに残りの顔の下半分からは膝から崩れ落ちて床に伏せた。摩魚の抜刀を味わっていたのかどうか分からないが、上体を引いていた鱶太郎が背筋を伸ばして口角を上げた。

「変わった技を使う。だが、この俺には通じんぞ」

「…………。でしょうね……」

 抜刀を繰り出す前から、鱶蔵のことは眼中になかった摩魚。

 狙うは、あの鮫肌をどうやって斬るかだ。

 それも含めて、響子と虹子を人質から解放することも第一であった。

 突然、鱶太郎の胸元に二発と額に一発の銃弾が撃ち込まれた。

 銃声に驚いて、摩魚は踵を返して振り返った。

「福ちゃん!」

「はーい、摩魚ちゃん」

 そう返した福子は、ハンドガンを前に構えていた。

 胸元から二つ、額からひとつと煙の線を立ち上らせている鱶太郎から、潰れた銃弾が三つ落ちてきた。頭に青筋を立てた鱶太郎が、福子に銀色の尖った歯を剥いていく。

「効かねえよ。馬鹿が」

「なら、お目目はどないでっしゃろ?」

 鱶太郎へとこう返したときには、福子はすでに弾倉を換えて、引き金を引いていた。そのひと言を終えたときに、鱶太郎の片眼に銃弾が撃ち込まれた。空の薬莢が床に落ちて、銃口から細長い煙を立ち上らせる。

「ぐあっ!」

 痛みを感じて、上体を丸める。

 再び背筋を伸ばして福子を睨み付けた鱶太郎は、響子と虹子を解放して二人の肩を突き飛ばした。左目に突き刺さった銃弾の割れた先端部から、液体が放出されていく。その液体の感覚すら気づかないのか、鱶太郎は太い人差し指と親指を器用に使い、左目に刺さった銃弾を引き抜いて床に投げ捨てた。人質を盾にしていてもこの女たちの前では意味の無いものと考えたのか、はたまた、闘争の血に火が点いたのか。

「お前なぁ、俺たちは片眼やられたくらいじゃ戦闘不能にならんて知っとるだろうが」

「ええ。回復力は尋常じゃない早さだったわね」

「分かってて無意味な攻撃をしたのか?」

「無意味じゃなかったりして?」

「阿呆か、お前」

 福子と言葉を交わしたのちに、両手の甲の付け根から両刃のノコギリを出現させた鱶太郎は、白濁の束まで出したところでこれらを両手に持つと、束の先端部どうしを合わせて癒着させた。これはまるで、巨大な独鈷とっこ。鱶太郎が「お前ら、まとめて叩っ斬ってやる」と吐き捨てているうちに、響子と虹子は恵と桃香と福子と蛇の入れ墨の美女から手招きされたので小走りして女四人のところに避難した。

「どこに行こうが皆殺し。同じだ」

 そう言った鱶太郎は、銀色の尖った歯を見せて「ふふふ」と鼻で笑っていく。余裕を見せていた鱶太郎だったが、ん?と不意に己の身体に生じた違和感に気づいた。次に、自慢の鮫肌の鱗がポロポロと抜け落ち始めた。

「ぬぬぬ……。ああ……。な、なんだ……、こりゃ……?」

 下瞼からも鼻先からも唇からも、抜けて零れ落ちていく柔軟で強靭な鮫肌を見て、鱶太郎はだんだんと得体の知れない恐怖感も覚えていった。そして、ここまでの流れを静観していた摩魚がようやく口を開いた。

「どうしたの? お肌の曲がり角かな?」

 この言葉を吐いた口もとには、微かな笑みを浮かべていた。

 “姫様”の煽りが催促したのか知らないが、鱶太郎は顔中に青筋を立てて銀色の尖った歯を食いしばりながら、両刃ノコギリ巨大独鈷を全力で振り投げた。

「伏せて!」

 福子の呼びかけに、摩魚以外の皆が床に伏せた。

 摩魚の瞳が虹色に光り、身体の両側に虹色の鱗を出現させて輝かせたとき、回転して迫り来る巨大独鈷を垂直に飛んで回避したのと同時に、下から上へと抜刀した。虹色と青白い光の合わさった斬撃が床と天井にオレンジの火花を散らしていき、鱶太郎の身体を突き抜けた。投げられた巨大独鈷は、扉と階段を斬りつけながら抜けていった。片膝を突いて着地した摩魚が静かに虎口を閉じたあとに、巨大な独鈷がUターンして戻ってきたのを受け取ろうと鱶太郎は腕を前に出したところで、その巨体は縦に二つに裂けていき、膝から力が抜けて下がったとき、自慢の武器を顔面に食らって二つに別れた身体は左右にスピンして床に落ちた。そして我が“主人”を殴り付けた巨大な独鈷は、勢いを失って壁と床を破壊して突き刺さった。

 榊家格闘術。一刀両断。

 闘気を使い、その一撃に込めて放つ技。

 文字通りの一撃必殺である。


 膝を伸ばして立ち上がった摩魚は、後ろを振り返って笑みを見せた。



 3


 摩魚が若干早足で、避難していた皆のもとに駆け寄ってきた。

 床に伏せていた状態から身を起こしながらも、そんな“姫様”の様子に女たち六人は「どうしたの?」と顔に表した。すると、たちまち渋い顔に変わった摩魚が床に四つん這いになると、大きく嗚咽をはじめてきた。

「ああ、もう、ヤダ! 臭いよおおお! おおうぇえええ!」

「駄目駄目駄目駄目駄目! これは駄目! うげぇえええ!」

「おおうえ! おおうえ! けっは! なにこれ? ションベン臭い!」

「あうえ! うええ! がはっ! げほっ! キっっっツ!」

「うげぇえええ! なんやこれ? おおうえ! アンモニアと、なんか悪いシャンプーの臭いが混じっとる! おおうぇえええ!」

「うっっぶ! あえええ! 汚ない! おおうぇえええ!」

「かはああ! げほっ! うええ! なんなの? ねえ? これなんなの? ヤダ! オシッコ臭い! うええ!」

 摩魚を発端に順に。

 福子、桃香、蛇の入れ墨の美女、恵、響子、虹子。

 以上、この場にいる大の女七人が年齢とプライドをかなぐり捨てて、三階に立ち込めていく異様なアンモニア臭に悶えていった。皆それぞれの嗚咽を繰り返していったのちに、顔を上げた恵が「響子ちゃん、お願い閉めて!」と涙目で懇願してきたので「任せてください!」と受けた響子は足で蹴って扉を閉めた。その直後のこと、扉の向こう側から、ダンスホール側へと複数の足音が階段を上がってきたかと思えば、複数の嗚咽とともに女性の「焼いて焼いて! うげぇえええ! 最っっっ悪!」と声が投げられたあと、放射していく音と燃える音も聞こえてきた。次に、同じ女性の声で「衛生班! オシッコの臭い消して!」との指示のあとに、部屋中を吹き付ける音も確認することができた。するとどうか。クーラーの風に乗って渡ってきた香りが、彼女たち七人の避難していた階段を消臭していった。これにより、たちまち呼吸と体調を戻していった女七人が、それぞれ身を起こしていって。

「あーー! 危なかった! 死ぬかと思ったあーー!」

 両手をいっぱい天井高く突き上げて伸びをしていく摩魚。

 “姫様”の、ある程度の膨らみと形の良い胸を見ていく桃香と虹子。

「はー、助かったー! “女”として死ぬところだった!」

 片腕で“うーーん”と胸を張って伸びをする福子。

 そんな彼女の胸の膨らみに、注目していく響子と虹子と桃香。

 肩を交互にグルグルと回して、身をほぐしていく恵と蛇の入れ墨の美女。

 それから。

 扉を開けて、刑事たちと合流した。

「あらー! 響子ちゃんに福子さん」

 赤茶けた髪の毛の美女、蛭池愛美刑事が二人を見て目を輝かせた。そのあとに「恵さんも!」と気づいた。さらに。

「あれ? あなた、誘拐されていたはずじゃ……」

「海原摩魚です。先ほどまで寝てました」

「どどどど、どういうこと?」

 戸惑う蛭池刑事へ向けて、虹子から元気よく挙手された。

「はーい。私、姉さんの影武者」

「ということです」

 “どうぞこちら”の仕草で実妹を指した摩魚。

 これを聞いて、蛭池刑事は女七人へと目配せをしたのちに。

「なんとなく、分かった。かな……」


 ダンスホールへと抜けてきた川端刑事たちが現れてきた。

「蛭池さん! 一階から三階まで全滅です」

「康成。お疲れ。んじゃ四階に行きますか」

「了解!」

 そう応答した川端刑事は、後ろの機動隊員たちに合図を出した。

「今から鱗の女の子たちを助けるために、馬鹿どもを一斉検挙してくるからね。ちょっとだけ待ってて」

 これを聞いた桃香が手を挙げてきた。

「はい。私がそのひとりです。素っ裸でプールに連れてかれたんで、福子さんと一緒に取り返しに戻ってきたところです」

「へ?」やや間抜けな返事の蛭池刑事。

「そして、今からが私と虹子の仕事です」

 自身と隣の彼女を交互に指差す響子。

 小さく手を振る虹子。

「あらーん。あなたたちが手伝ってくれるなら、オバサン張りきっちゃおうかな」

 目の前の娘二人に、蛭池刑事は目じりを下げていった。



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