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虹色の共鳴 part 4


 1


 こちらも同日同時刻。

 場所は長崎市内。陰洲鱒町。

 海淵酒造うみふちしゅぞう

 醸造所じょうぞうしょ酒蔵さかぐらと営業販売店がひとつにまとまっている、日本国内でも大きなお酒のメーカーである。よって、建物が当然大きいのでそれを確保する土地も広大であるため、場所的にはなるべく平地が良いか“そのように”整地するしかないわけであり、なので、尾叩き山をほぼ中央に位置する螺鈿島の南側にある螺鈿岩を背にする格好で海淵酒造は建っていた。手前に営業販売店があり、その後ろに続くように酒蔵と醸造所とがあって、海淵家は酒蔵の後ろにあった。三階建ての大きな木造建築で、一階ではよく来客の相手をしているために広いリビングをメインにしてキッチンとお手洗いと風呂場と両親の部屋とその寝室、二階は海馬みまとその夫の海蔵うみぞうの各々の部屋と一緒の寝室、そして最後の三階は息子の龍海たつみと娘の真海まみのそれぞれの部屋とあり、屋根裏部屋まであった。そして、今日の朝と昼前に受けた二度に渡る虹色の共鳴により倒れた海馬みまは、海蔵に介抱されて仕事を中断して自宅の二階の自身の部屋で寝かされていたのだ。それから昼近くを迎えた時間に目を覚まして、今は、全身に吹き出した汗を一階の風呂場で洗い流していた。それを終えて、新しい赤いワイシャツとダークブルーの膝丈スカートに着替えてリビングに姿を見せた。その途中に、キッチンで家族のみんなにコーヒーを淹れていた海蔵と目が合って、思わず頬を赤らめて微笑んだ。代表取締役でもある妻のこのような表情を見た夫も、作業の手を止めて微笑み返した。そうしてリビングに足を踏み入れたそのとき、海馬みまはただならぬ雰囲気を感じて、たちまち緊張していった。フローリングの真ん中にある、木目のニス塗り仕上げのテーブルを囲うように海淵家の面々がいたからだ。

 母親、海淵鳴海うみふち なるみ

 父親、海淵龍蔵うみふち りゅうぞう

 妹、海淵流海うみふち るみ

 入婿、海淵海蔵。

 以上、この順で囲うように座っていた。

 海馬みまは当然、海蔵の隣に腰を下ろした。

 妻と夫は見合せて笑みを浮かべていく。

 お互いに好きどうしだから当たり前である。

 そして、自身の母親と向き合う席でもあった。

 海淵鳴海は美しい母親である。

 白髪交じりのウェーブのある黒髪の癖毛と、赤い瞳。

 鳴海なるみは今年で百六五歳を迎えるが、とてもそれを感じさせないくらいに美しく、まるで、海馬まみ流海るみの姉にしか見えない印象であった。その鳴海は、赤黒い七分袖の上着に下はダークシーブルーの膝丈スカート。そして妹の流海は、ウェーブのある癖毛の艶やかな黒髪を縦ロールにセットしていて、切れ長でも穏やかな眼差しの中に赤い瞳、赤紫色の胸元の大きく切れたデザインのカッターシャツとネイビーブルーのスラックスであった。海馬より一歳下の、百四四歳。強面気味な美女の姉とは対称的に、妹は穏やかな顔つきの美女であった。

 隣で座る着流し姿の入婿である夫の龍蔵にアイコンタクトして、鳴海は娘二人に話しを切り出していった。

海馬みま、そして流海るみ。教団から私たちの町を取り戻します」

 直球である。

「私たち旧世代、あなたたち前世代、そして今の娘たちの新世代。これは、この島の昔から代々受け継がれてきたものです。大昔、荒神が螺鈿島を住み処に選んでからは、神様の気まぐれで虹色の光と力を得た螺鈿の巫女が出てきています」

「それは、安兵衛さんも詳しいことを知っているのね」

「ええ。ざっくりとなら」

「ざ、ざっくりと」

 期待していた答えから外れて、海馬みまは拍子抜けした。母親から見れば、二人はいまだに可愛い娘である。

「私は、そのていどで良いと思うけど」

「それもそうね」納得。

「ねえ、母さん。取り戻すって、具体的にはどうやるの?」

 両腕を天井高く上げて“伸び”をしながら流海るみが質問してきた。腕を下ろして、指で目もとを拭いながら。

「計画は立てているんでしょ」

「もちろん」と、自信あり気に返事。

 次女の愛らしい動作を見届けたあと、鳴海は言葉を続けた。

「でも今回は、金鉱脈のときの護衛の陣以上になるわね」

「あーー。あれは、戦後直後のときより治安が悪化していたからねー。あのときは堪忍袋の緒が切れたものね」

「町のみんなのね」

 海馬みまの話しを、鳴海が繋げた。



 2


 護衛の陣。

 それは、昭和も高度成長期。

 端島こと軍艦島と池島の炭鉱と重なるように、螺鈿島も砂金の掘削が始まった時期であった。それは今から三百年前に、町長の摩周安兵衛が黄金の蛇轟ダゴン像を浜で拾って、螺鈿岩にある螺鈿神社に今でも祀られている荒神の螺鈿様と一緒にしたことが、尾殴り山から流れる河川から砂金を発見したことがきっかけとなった。しかし、町長である以前に漁師であった安兵衛。すでに町は漁業と農作物と酒で潤っていたので、安兵衛は砂金に対して「放っておけばよかろう」と流してそのまま放置していた。戦後、これを放っておかなかったのが萬屋の経営者である磯野波太郎と弟の海太郎。彼ら兄弟は、当時の町議会議長であった鯛原銭市郎たいはら せんいちろうにこれを持ちかけた結果、快諾してもらい、市内または市外県外から出稼ぎ労働者を募っていった。その結果は、十年と経たずに島の治安は悪化して、婦女暴行による町の若い娘たちが被害者となり、議長や商工会議所の連中と話し合いしても埒があかないとみた摩周安兵衛が、陰洲鱒町で“力”を使える者たちと集まって出稼ぎ労働者の男たちに抵抗したのが、護衛の陣。まず、螺鈿神社のある螺鈿岩周辺一帯にある住宅地と公民館などに常人レベルの町民を男女関係なく避難させて、それらの建物の前に“力”を使える者たちと深き者の子孫らが立って、自身の頭髪を使った殻を形成して避難している町民たちの守りを固めた。陰洲鱒町のあることないことを鵜呑みにしていた出稼ぎ労働者が大半だったので、当然のように町民たちへの偏見は物凄く、鯛原議長の目論んだ通りにきんの採掘量と稼ぎは“それなりに”得たがーーただし、町長の安兵衛を含めた町民たちには採掘による利益は一銭もなく、稼ぎは町議会と商工会議所と萬屋の磯野兄弟が持っていった。ーー代わりに多くの町の若い娘たちが被害に見舞われた。そしてこのころから、戦後直後に立ち上げたキリスト教をベースにした新興宗教団体の院里いんり学会が、陰洲鱒町町民の特徴を全く持たない“人”である鯛原議長をはじめ商工会議所と出稼ぎ労働者の男たちに協力をしていったせいで、先のように町民たちと対立激化して争い、その結果惨敗して“外”からの荒くれ者たちは作業を投げて郷に帰っていった。このこと大きく新聞にも取り上げられて、話題にもなった。これがきっかけで鯛原議長は町議会を辞任。この出来事の数年後の七十年代に、蛇轟ダゴン秘密教団が誕生した。




「できることなら、”それ”と同じようにとりたいわね」

 鳴海なるみの言葉に、海馬みま流海るみが顔を見合せて微笑んだ。

「でも母さん。私たちはもう、じゅうぶんな年寄りよ。若い頃と違って“力”は衰えているわ」

「あんたたちが年寄りなら、じゃあ私は妖怪ババアじゃない」

 長女の返しに、こう返した母親。

「神と神の力を持つ者はね、年を取れば取るほどに力を増すのよ。ーーーあと、龍神の子が龍子たつこさんとその双子の姉妹だけだと思っていたのかしら?」

「いいえ」

 この海馬の返答に、僅かに沈黙した鳴海は再び口を開いた。

「でしょ? 私たち海淵家の女たちが代々から『赤い龍』と呼ばれてきたのを知らないわけじゃないよね」

「よーく知っています」実感のこもった返事。

「なら話しは早いわね。今回も遠慮なく、ありがたく龍神様の力を使いましょう。幸いにも時代と世代が変わって、外からの協力者も多いみたいだからね」

「あのときは全共闘の甘ちゃんたちに機動隊を取られて大変だったけど、今度は大丈夫そうじゃない? 警察機関は協力してくれそうだし」

 と、割って入ってきた次女の流海。

「そうね。それは期待できるかもしれないわ」

 海馬みまが笑みを浮かべて妹を見た。

「そういえばね、共鳴の光を感じ取ったズキちゃんがもう動き出したわよ」

 仲良し姉妹を笑顔で見ながら、鳴海はひとつ伝えた。

 ズキちゃん。

 摩周ホオズキのこと。

 海淵鳴海とホオズキは、若い頃から親しい友人である。

 島一番町一番に特殊な四肢を持っていた摩周ホオズキは、当時は色白で線の細い身体と美しい容姿であったのにもかかわらず、身の丈が二メートルと肩からと足の付け根からそれぞれ五本の烏賊のような触手を生やしていたせいで、表立った職業は難しかった。かといってーー今はなきーー娼館で接客するわけにもいかないので、この館での雑用をして働くことを主にしながら町民たちを加勢して回って稼いでいた。やや細めの触手を器用にまとめて普通の手足に見えるようにしていたが、吸盤はどうしようもなかった。よって、あまりにも特異過ぎた彼女は、当時は親しい友人などはいなかったがこれと言って村八分にされていたわけではなく、君は神の子だよと言われて可愛がられていたわけで。だが、そのようなホオズキにも至近距離な関係を持つ親しい友人たちができていた。

 ひとりは、海淵酒造の海淵鳴海。

 もうひとりは、娼館『ななゐろ』の潟野崇亜がたの そうあ

 崇亜そうあは、稲穂色の長い髪の細くて美しい女であった。垂れぎみな三角白眼の中に黄緑色の瞳をしており、片方の前髪を垂らして常に左目を隠しているのが印象的。そしてこの美女は、陰洲鱒町で一番に性に“奔放すぎた”性格と行動だったせいで、なにかと噂が立っていた。その噂のひとつとして、今は㈱長崎大黒揚羽電電工業で働いている黄肌潮きはだ うしおの母親ではないかとされていたのだ。で、結果はどうだったかというと。

 実際“そうだった”。

 潟野崇亜と黄肌潮は実の親子。

 しかしこれも、戦後を過ぎてから町民たちにようやく明かされたこと。黄肌潮に至っては、かなり早い時期から崇亜を自身の母親だと理解していた上に、思いきって直に彼女に聞いたことがあって、はいそうです私はあなたの母ですと意図もあっさり答えてくれた。

 以上、そのような友人達を持つホオズキが、末娘のマルを除いた長女のヒメと次女のホタルが虹色の共鳴を起こして光を放ったと聞いたときは、マルを通して感じて見えていたことは本当であったと確信したとたんに颯爽とマットホワイトのキャデラックに飛び乗って、まずは部活動に出ていたホタルのところ、長崎大学を目指して走らせていったのである。

「へえー、ホオズキさんがね。ーーーやっぱり、ただごとじゃないのね」

「でしょ」

 こう母から答えを受けたあと、海馬みまは思い出したように聞いた。

「ねえ、母さん」

「どうしたの?」

崇亜そうあちゃんからなにかあった?」

「ないわねえ」

「ないんだ」

「あの人、いまだに人かなにか分からないけれども、決して悪い人じゃないのよね。だから、まあ、そのうち帰ってくるんじゃないの?」

「そうだといいけど。うしおのためにもさ」




 3


海馬みま流海るみ。これから出すことは、海淵酒造会長の海淵鳴海からの業務命令です」

「はい」

 姉妹そろって、背筋がシャキッと伸びた。

「海淵酒造代表取締役の海淵海馬、海淵酒造販売営業部長の海淵流海。今からあなたたちは不定期の休暇を取って、各々のやるべきことをしなさい。海淵酒造ここに戻ってくるのは、それが終わってからで良いです」

「へ?」

 姉妹一緒に間抜けな返事と表情になる。

「その間は、私と父さんが会社を守ります。心配ありません」

「分かったわ」

「私も」

 母へと、海馬みま流海るみが決意を込めた表情で答えていった。




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