摩魚姫、外出する
ここで一度、陰洲鱒の新世代三人娘をそろえておきました。
ひとりは精神体ですが。
1
「来ちゃった」
海原摩魚、飲み会に参加。
相変わらずの突出した美しさを引っ提げて現れた女。
しかし、いつもの上は七分袖のゆったりシャツと下はデニム生地のパンツと違って、デニム生地のカッターシャツとゆったりしたジーパン姿だった。真ん中分けの艶やかな長い黒髪を、襟足でくくっており、マット系の赤いリップを引いていた。印象的には、けっこうラフなコーディネートだが、それでも様になるのが摩魚だった。そして、周りから飛んでくる、可愛い可愛いの声。ただひとり、榊雷蔵だけは誘拐されていたはずの女子大生を一目見て確認したのみで、あとは相棒の瀬川響子ばっかりを見ていた。摩魚が雷蔵の隣の虎縞福子に向けて、大きく手を振る。
「福ちゃーん! 久しぶり!」
「お久しぶりです」
と、一升瓶を片手に空いた手で小さめに振って返す福子。
今の状況の福子は、まるで高級クラブのナンバーワン美人ホステスみたいであった。マキも紅子もヒメもニーナも驚いていたが、飲み会のメンバーで誰よりも一番驚いていたのは雷蔵。まさか、誘拐された摩魚が外出することができたとは思ってもみなかったからだ。男は驚きながら、飲み会に加わった“姫様”に声をかけていく。
「いらっしゃい。あの……、虹……じゃない、海原摩魚さん。よく外に出られたなあと思って」
「お邪魔します!ーーー龍海くんのおかげで、外出許可がおりました。そして、見たことのある後ろ姿だなーって思ったんで、着いていったら、ミドリちゃんと響子さんに会っちゃったんです」
「それは良かった。もしかして、ひとりで来たんですか?」
「いいえ。保護者同伴ですよ」
笑顔で答えていく摩魚と、両脇に立つミドリと響子の後ろから、急ぎ足でコンクリート階段を上ってくる音を聞いた。そしてその音は、所内のメンバーの耳にも入ってきた。それはかなりの早さで到着して、颯爽と玄関に姿を現したのだ。高身長で赤い瞳をした、強面の美女。保護者代理、到着。
「み、み、見つけた。もう、摩魚ちゃん! 見失ったとき、オバサン心臓止まるかと思っちゃった!」
「あ。海馬おばさん」
海淵海馬、登場。
焦って汗ばんだ顔に、広くV字に切れた襟元の赤いシャツから見える鎖骨と大きめな胸元にも汗を浮かべて、息を切らしていた。腰まである大きな巻き毛を襟足でくくっており、七三分けから垂れた前髪が片目を隠し気味だったのが、色気を出していた。あと、下は膝丈のダークブルーのスカート。
「本当に思案橋ってこの時間は迷路よね。町の人たちに聞いて回って、やっとここに着いたの」
「どんなです?」
「背が高くて、長い黒髪で、ちょっとツンとした綺麗で可愛い女の子見かけませんでしたか?ーーーって聞いて回ってたら、みんなが摩魚ちゃんのこと言っていたから、ここまでこれたのよ」
「目立ってたんですか。あらー」
「あらー、って。可愛い」
こう会話を終えて、ようやく状況が目に入ってきた海馬。
事務所内部を見渡していく。
「あれ? 雷蔵くん? あれ? 響子ちゃん? ここは、なに?ーーー福子、なんで雷蔵くんにお酌してんの? え、なに、ここ高級キャバクラ?」
「なんでや」
思わず突っ込み入れる福子。
「ここは雷蔵くんと響子さんの事務所ですよ。私たち、お二人を労って飲み会を開いているんです」
福子は微笑んで、こう手短に説明した。
他に、ヒメと紅子とマキと謎のツインテールと。
そして、ミドリの姿が目に入ったとたんに海馬は赤い瞳を見開いて、思わず大口を開けた。声をあげそうになったところを抑えたのは、適度な判断だったと言える。
「み、ミドリちゃん? お化け?」
「海馬おばさん。お久しぶりです」
可愛く微笑みかけるミドリ。
海馬も微笑み返して、考え出した。
目を見張る美女だらけの飲み会。
お化けっぽいミドリちゃん。
みんな、楽しそう。
「ええと。海淵海馬、百四五歳でーっす。地元の陰洲鱒町で海淵酒造という老舗の酒蔵を経営しています。よろしくね」
そして。
「来ちゃった」
赤い龍。飲み会参加。
2
「海馬さん、ずるい。可愛い」
「可愛い。ずるい」
などなど。飛んでくる言葉に、海馬は恥ずかしげに頭を掻いていった。とても人生二週目の年齢とは思えぬ海馬の美しさに、尾澤菜・ヤーデ・ニーナは見とれていた。
「こんなに、お綺麗なマダムが赤い龍って呼ばれているなんて想像がつかない。とってもセクシーですね」
「あ、あら……。そこのツインテちゃん、ありがとう」
「はじめまして。あたしは、尾澤菜・ヤーデ・ニーナと言います。よろしくお願いします」
「よろしく。“翡翠”ちゃん」
「エヘヘ。そう呼ばれたのは、久しぶりです」
「うふふ。あなた、ドイツの人なのね」
「え? よく分かりましたね。あたし、父が日本で母はドイツなんです。海馬さん凄い」
焼酎で満たされた紙コップを片手に、驚きと喜びの表情を浮かべたニーナが参加メンバーを全員視界に入れたとき、みんなの人差し指がツインテールの魔女に向けられていたではないか。それそれ!それだよ!と言わんばかりの顔をさせて、ニーナへと集中していた。
「あ!」
自身の上着に気づいて声をあげたニーナ。
ジャーマングレーのTシャツに『 I AM GERMANY 』と黒色ゴシック体で書かれた文字が、自己主張をしていた。袖口を、赤と黄と黒の三色の縞が巻いている。ゆったりしたジーパンの左右太もも周りには、それぞれティガー初期型とカール自走砲のプリントデザインがしてあった。これでもかと言わんばかりのドイツづくしである。ヘビーな仮面ライダーオタクの、とくに平成シリーズを溺愛するニーナだが、このような服装からは微塵も感じられなかった。“これ”を誤魔化すかのように、ツインテールのドイツ娘が紙コップの焼酎を一気に飲み干して空にすると、恥ずかしさを隠した笑顔をいっぱいにさせて、いまだに玄関に突っ立っている女四人に手招きした。
「まあまあ、まあまあ。あたしのことはいいから。座って座って」
「ちょっと待ってね、ニーナさん」
響子の呼びかけに、魔女はどうしたの?といった顔をする。
精神体の潮干ミドリが少女のような笑顔で摩魚に話しかけた。
「摩魚ちゃん。さっきコンビニでお酒買っていたでしょ?」
「うん。良いの見つけちゃった」
「見せてあげて」
「じゃーん! 陰洲鱒町の老舗、海淵酒造のー」
一升瓶の首を握って、底に手を添えて、皆に紹介した。
「マスカキ酒!!」
その瞬間、グレートムタの毒霧ばりに美しい噴霧を見せた、席で酒を飲んでいたメンバー。同時に、玄関に立っているミドリと響子と海馬も、ぶーーーっ!っと吹き出した。各種のアルコールで、白いアクリル板のテーブルが汚れてしまう。摩魚をのぞいた全ての面々が咳き込んだ。これらを見ていた“姫様”は、どうしたの?という不思議そうな顔をした。
「鱒鰭、酒!」
生ビールを噴霧した雷蔵が、顔を真っ赤にして訂正する。
「摩魚ちゃん。マスカキはアカン」
「摩魚さん、マスをカクのはいけませんわよ」
「摩魚ちゃん、お酒でマスカキはまずいって」
「摩魚ちゃん、ダメだって。マスカキはダメだって」
「マス! カキ! ぶはは! お腹痛い!」
「摩魚ちゃん。マスかいていいのは、男の人だけだよ!」
「摩魚さん。それ、マスカキ違うよ」
「ああ、もう、摩魚ちゃん。マスカキじゃなくてマスヒレだってば」
摩魚をのぞく女全員が、ここぞとばかりに連発していく。
「こいつら……!」
歯を食いしばって言葉をもらした雷蔵。
老舗の酒蔵の美人社長の海馬まで便乗している始末。
ラベルを確かめて、真っ赤にした顔で訂正していく摩魚。
「ま、ま、鱒鰭酒!」
そして、笑顔を見せて。
「飲みましょう。三時間くらい外出許可もらってきたから、今日はみんなと好きなだけ飲めますよ! 私、久しぶりのお酒です!」
「一緒に飲もう」
「うん。飲もう」
そう名を呼び合って、摩魚とミドリは手を繋いでパイプ椅子をもうひとつ用意して福子の隣に座る。挟むように響子も座った。海馬は紅子の隣に腰を下ろした。黙ってテーブルを拭いていった雷蔵は、流し台にいってお膳拭きを洗う。
飲み会が再開。
流し台から戻ってきた雷蔵は、マキの隣に腰を下ろした。
あるていど皆が酒を飲んだところで。
だいたい一時間近く経った。
閉めていた玄関の鉄扉の向こうから、階段をのぼってくるのと一緒に若い女の声も聞こえてきたではないか。
「ぽっぽー。ぽっぽー。ハトハトハトハトー。ハトさん待て待て待て待てー。ぽっぽー。ぽっぽー。ぽっぽー。ハトハトハトー」
誰かこっちに来る!
女性陣の皆が聞いたことのある声だった。
「雷蔵、開けて!」
響子からの指示を受けて、雷蔵は玄関を開けてあげた。
それはやがて、足音と声を近づけてくる。
ぽっぽー、ぽっぽー、とともに現れてきた女。
「ハトハトハトハトー。ぽっぽー、ぽっぽー、ぽっぽー。待て待てー。ハトさん待て待て待てー」
と、いない鳩を追いかけながら事務所内に入ってきた。
雷蔵以外の女たちが皆ソファーと椅子から飛ぶように立ち上がって、声をそろえた。
「亜沙里ちゃん!」
名を叫ばれて気付き、その方向に顔を向けた女。
「ん?」
上体を起こして背筋を伸ばし、見渡していく。
切れ長で猫のような目の稲穂色の瞳を周囲に流した。
見たことのある顔を発見して笑顔になってひと言。
「来ちゃった」
浜辺亜沙里。飲み会参加。




