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ミドリ姫、飲み会に参加する


 1


「来ちゃった……」

 可愛さを全開にして、笑顔でアピールする潮干ミドリ。

 飲み会に参加。

 周りはたちまち蒼白になって大口を開けた。

「うわあーーー!!!」

 一斉にソファーから飛ぶように立ち上がり、驚愕する。

 皆の反応を見て戸惑う、ミドリ。

「え? え? なになに? なにかいる?」

「なにかいるって、あなたしか考えられないでしょ!」

 お化けを見るような驚き顔で、ヒメが尖った歯を剥いた。

 これにミドリは自身を指さして。

「わ、私のこと?」

「そうそう! どう考えてもどう見てもあなたでしょ!」

 幽霊に遭遇してしまったかのような驚きで、マキが指さした。

 黄金色の髪の毛の後ろ頭を掻いて、ニコッと笑ったミドリ。

「楽しそうだったから、つい……」

「ミドリさん……。死んでいたのでは……?」

 ニーナは恐る恐る話しかけていった。

 酒の入った紙コップをテーブルに置いた雷蔵が腕を組んで、アシンメトリーなツインテールの魔女にひと言。

「この人は、警察の扱いでは行方不明だったよ」

「ふふ。雷蔵の言っていた仮説が、当たりそうじゃない?」

 一緒に驚いていた響子は、一変して冷静さを取り戻していた。

「まあまあ。皆さん、座って座って」

 と、微笑んで、響子が五人の女たちへと促した。

 皆が座り直したのを確かめたあとに、自身も雷蔵の隣に座り直した。そして、その隣に腰を下ろしている、突然の美しい来客に笑顔を見せる。対するミドリも、隣の護衛人の娘に笑顔で返した。


 招いていない女。二人目。


 気を取り直して。

 潮干ミドリを改めて見ると。

 海原摩魚うなばら まなと並ぶほどに、突出した美しさがあった。短く言うと、母親のリエをそのまま若くした造形。美人であることは保証済みである。腰まである黄金色こがねいろの髪の毛は、電灯の光りをキラキラと反射して輝いていた。七三分けも、リエの遺伝らしい。キラキラと輝く緑色の瞳と、陰洲鱒町生まれの特徴のひとつの縦長の瞳孔。高くて緩やかなカーブを描く鼻梁。キメの細かい白い肌。白く細い身体に、長い四肢。瑞々しく適度に張りのある唇。二つ目の陰洲鱒町生まれの特徴である、喋るたびに口からチラチラと見える鈍色の尖った歯には可愛げがあった。あと、ダークグリーンのヘアバンドは、リエのしていた形見のではなく、新品同様な物を頭に着けていた。上着は薄抹茶色のシルクブラウスに、下は前に二つ後ろにひとつのギャザーが入ったオリーブドラブの膝丈より少し上のスカート。肩に掛けて首もとで結んでいた、白いスカーフ。そして最後は、朱色の口紅を引いていた。これらは、潮干ミドリのお気に入りの外出着であった。

 どこから見ても見飽きないミドリの美しさに、響子を含めた女一同は見とれていく。あと、そこはかとなく放たれていく色香も、とりこにされそうな印象であった。しかしというか、やっぱりというか、雷蔵だけは別で、今この場に突然現れてきたミドリの“正体”について、頭の中でいままでの仕事柄の経験から探っていた。すると、響子を挟んで座っていたミドリから緑色の瞳を流されて、雷蔵は思わず目を合わせてしまう。このとき、黄金色の頭髪の美人の口角が微妙に上がっていた気がした。そして、朱色のリップを引いた唇を開いて、楽しそうに話しかけていく。

「そこのあなた、私のことを知りたそうね」

「ああ。“お前”が何者かが分かりたくて考えていた」

「素直ね。素敵よ」

 このあと一拍置いて、皆を見渡していき、響子に目線を向けて答えていった。

「今の私は半分くらい身体があるかな。生きていると言えば生きているの。たましいは抜けていないから、幽霊でもないし。ーーー意識が形になっている感じ。精神体、かな。精神が私の身体を保ってくれて形になっている者。ーーーと言えば分かりやすいかな」

「へえー。じゃあ、肝心な肉体は?」

 響子の目付きが変わった。

 それは置いておいて。疑問を投げていく。

 これを受けたミドリは、素直に答えていった。

「肉体はね、半分だけど。全身が触手だらけのキモい怪獣に横取りされてしまったのよ。おまけに、十七歳の私の姿になって人たちを殺しまわったあげく、雲隠れしてしまったじゃない? アイツ、とんでもないロリコン“女”だわ」

「え? まさかそれって、あなたのお母さんが言っていた、女神ハイドラのことじゃない?」

「アイツが何者かなんて、私には“どうでもいい”から。ただ、肉体を盗られたことは失敗だった。この先、できることが限られてくるし。二人を助け出せるかどうか難しくなってくるし。なんとかして、私の身体を取り戻したいの」

「そう。今のあなたの状況は分かったわ。ーーーね。雷蔵」

 そう切って、隣の彼氏に笑顔で同意を求めた。

「まあ、そうだな。とりあえずは希望がもてた。俺たちじゃなくて、母親のリエさんと妹のタヱさんにだよ」

「良い方向になりそうなのは良いことだよね。ーーーじゃあそういうことで。ミドリさんも、一杯いかが?」

 と、響子から紙コップを渡された。

 ありがとうと受け取ったとき、ミドリの指先は響子の手に意識的に触れた。見逃さなかった雷蔵。

「お言葉に甘えて、お酒をいただこうかしら」

「どれでもいいよ。お好きなのどうぞ」

「じゃあ……。あなたのとこにある生ビールをお願い」

「どれ?」

「ハイネケン、いい?」

 ミドリはそう言って緑色の缶に赤い星が特徴的な、生ビールを手に取って、紙コップに注いだ。ふちにすれすれの泡まで紙コップいっぱいにしたあと、飲み会の面々は新たな来客を加えて乾杯をした。皆それぞれがひと口入れていく。しかし、不思議なものはやっぱり不思議で。

「ミドリちゃん。あなた、お酒の味が分かるの?」

「分かりますよ。ただし、身体が半分くらいなので“うっすら”としたていどの味がします。ーーーまあ、じゅうぶんいいと思いますけど」

 そんなヒメの疑問に笑顔で答えていったミドリ。

 こちらの二人。雷蔵と響子に手をさしてのことである。

 みんなの様子を見渡したあとで、中の酒を飲み干して紙コップを空にしてテーブルに置いた響子が突然立ち上がり、隣の部屋に行って奥の棚にしゃがみこんで何かを取り出したのちに、再び戻ってきた。「今まで気づかないでごめんなさいね」と、言いながら、ステンレス製の皿を三枚ほど配っていく。

 マキの手前。

 ヒメとニーナの間の手前。

 そして、ミドリの手前。

 女たちは驚く顔を見せた。

 そう。それは、灰皿だったからだ。

「遠慮なく、どうぞ。みなさん、お好きな銘柄があるでしょ」

「え……?」

 腰に拳を当てていた響子が、パイプ椅子に手をかける。

「紙コップ持っているとき、人差し指と中指を浮かせていたでしょ? あれ、利き手で飲む人たちの癖なんじゃないの? だから、そう判断したのよ」

「え? いいの? 響子ちゃん」

「我慢しなくて良いんですよ、ニーナさん」

「ありがとう!」

 ニコニコして、ニーナはタバコを一本箱から弾き出していった。

「じ、じゃあ、私もいただこうかな」

「どうぞ、ヒメさん」

 タバコの箱をジーパンのポケットから取り出したヒメに、響子は笑顔で促した。

「わ、わたくしも。悪いわね、響子さん。気遣わせてもらって」

「悪いことはないですよ、マキさん」

 マキと響子の二人のやり取りに、福子は。

「マキさん、意外」

「よく言われます」

 と、福子に笑顔で返した。

 再び雷蔵の隣に座り直した響子。

 ミドリに黒い瞳を流して。

「あなたから、ヤニの臭いがしていたよ」

「うへぇー……。マジか……」

 そう返事したあと、ミドリは周りの女たちとくに同じ陰洲鱒町の親しい仲間のヒメと紅子とマキと福子から向けられていく視線に気づいて、ハッとした。次に響子を照れくさそうに見て、話していく。

「家族のみんな以外には、タバコ吹かすところ見せたことなかったんだ」

「ふふ。じゃあ、今日からホタル族やめても良いんじゃない? みんなで仲良くタバコとお酒を飲むのも悪くないんじゃないかな」

「まあ、それも良いかな」

「それで良いのよ。あたしはそう思う」

 そう言って隣の彼氏を立ち上がらせて、利き手の手首を掴んだ。これにミドリが頬を赤らめた表情になった。上着のスカーフとボタンに手をかけて脱ごうとし始めたミドリの肩に優しく手を乗せ、響子は落ち着きのある声で突っ込みを入れる。

「服の上からでも問題ないですよ」

「あ、あら……」

 持ってきた雷蔵の手のひらをミドリの二の腕に被せる。

 すると、響子と雷蔵の手のひらが青白い光りを出して、あっという間にミドリ全体を包み込み、馴染んでいくと消失した。彼氏の手首を解放したあとに、ミドリの肩から手を放す。耳に黒い髪をかけてからのミドリへのひと言。

「これで、タバコも酒も従来どおり美味しく飲めるんじゃないかな。今日だけの限定サービスだけどね」

「ね、ねえ。あなたと友達になってもいい?」

 涙を浮かばせた緑色の瞳で見つめてきた。

 響子もミドリに笑顔を向けて、返事をする。

「良いですよ。じゃあ、あたしもあなたと友達になるね」

「ええ?ーーーありがとう。嬉しい」

「えへへー。こちらこそ、ありがとう」

 こう礼を返したあとに、ミドリの手首を取って立ち上がり。

「というわけで。今からミドリさんが好きな銘柄買いに行こっか」

「え……!ーーーあ、うん」

 玄関へと手を引かれながら、ミドリは響子の背中を指さして雷蔵に話しかけていく。

「ねえ、そこの彼氏。あなたの彼女、イイ女だね。本気で惚れちゃった!」

 そして、フェードアウトするかのように階段を下りていった。


 これを傍観していた女衆。

 以下。福子、マキ、紅子、ヒメ、ニーナの順。

「響子ちゃんミドリちゃん、相変わらず可愛いよね」

「うふふ。あのお二人、可愛くて素敵」

「やだあ。あのたちえる」

「二人とも、めっっちゃ可愛いんだけど」

「ライトな百合って感じで、好き」



 2


 榊探偵事務所は、思案橋繁華街の丸山町にある雑居ビルに事務所を構えているので、建物を出ると広い公園と派出所と大きなキャバクラのビルがそれぞれ四方にある十字路に繋がる。その大きなキャバクラのビルの一階に、コンビニエンスストアがある。響子とミドリの二人はそこに入ることにした。目的のコンビニに行く間でも店内に入ってからでも、ミドリと響子の美しさは視線を集めていった。二人ともに身長は高い。ミドリは百七〇センチ、響子は百六五センチになり、細身なだけではなく適度な薄さのある身体をしていた。おまけに、今夜の響子はポニーテールではなく黒髪を下ろしているという、いつもの可愛さから年相応の美しさと色気を出していたのだ。隣に並んで歩いているミドリの胸が高鳴らないわけがなかった。親しくなったその先に行きたい。この子とあたしとの身長差は、五センチ。その細く鍛え上げて締まった腰に腕を巻いて抱き寄せて、顎を指で持ち上げて、クリアーのリップを引いた瑞々しく可愛いあなたの唇を吸いたい。こういった思いを巡らせたとき、ミドリは朱色の口紅を引いた唇を強めに結んだ。

「どの銘柄?」

 響子のこの言葉を聞いた瞬間、ミドリは引き戻された。

 そうか。ここは、コンビニのレジだ。

 私は響子と一緒にタバコと酒を買いにきたんだ。

「ラークをお願いしまーす」

「だそうです。お願いします」

 そして、ワインと一緒に緑色の箱のタバコを買ってもらった。銘柄は、ラークと書いてある。用件は済んだから、帰りましょうとしていた、そのとき。レジに立つミドリと響子の背後で、先ほど受けた女二人へのざわついた反応を聞いたものだから、どれほどの美女が現れたのかと、野次馬根性で振り向いてみたら。あ!と声を上げてしまった。そして、注目を浴びまくりを無視しているのか、無関心なのか、はたまた他人事だと思っているのか、その現れた者は純米酒の一升瓶を片手にレジへ心から楽しそうに持ってきた。

「これください!」


 時間を前後させて。

 事務所を出て雑居ビルの階段を下りていきながら、ミドリは響子に話しかけていった。

「私ね、今日はずーっと事務所にいたんだ」

「いつから?」

「なんか、三つある白くて強い光のうちひとつが出ていったときに、やっと入れた。それから、二つの白い強い光が、響子さんとその彼氏になってさ。でもね、あなたたちじたい、光が強いの。私には、ちょうど良い強さだったんだ。そのちょうど良さのおかげで、事務所に入れたし、飲み会が始まったときにこうして形になれたんだよ」

「そうなんだ。じゃあ、三つあるうちのひとつはタヱちゃんですよ」

「え? タヱちゃんが居候いそうろうしてんの?」

「違うよ。あなたの母さんのリエさんからお願いされて、一緒に生活をしているんだよ。あたしと雷蔵に新しい家族ができたみたいで、楽しい。ーーーまあこれも、陰洲鱒町に関係した依頼が終わったら、彼女ともお別れしなきゃと思っているんだけどね。今日の写真撮ったから、事務所に戻ったら見てみます? タヱちゃん、大人っぽくなっていますよ」

「そうしようかな」

「で。いったいあたしと雷蔵のなにを見ていたんです?」

 ミドリを睨み上げた。

 響子の凄みに、思わず目線を外して答えていく。

「その……、響子さんと“あれ”がヤリ始めたところから……」

「“あれ”? “あれ”ってなに? あんた、なんのこと言ってんの。ーーーミドリさん。“あれ”ってなんのこと? 人の営みを覗いていた自慢する前に、“あれ”ってなにか答えてもらおうじゃないか」

「“あれ”は“あれ”だよ!」

「“あれ”は“あれ”じゃない! 榊雷蔵という立派な名前を持つ、あたしの男だ! 雷蔵はあたしと将来を決めた大切な人だ! あたしの雷蔵を二度と“あれ”だの“それ”だのと呼ぶな!」

 事務所の三階を力強く指さして、涙目を吊り上げた響子はミドリに激昂していた。これに対し、ミドリは黙っている。この沈黙に、響子は背中を向けて公園へと歩きだした。そしてミドリはその背中を追いかけてゆく。公園の公衆トイレに響子が入っていったあと、ミドリはその壁に背中をあずけて腕を組んだ。用を足し終わる時間はほんの数分だったが、ミドリにとっては一時間以上にも思えた。公衆トイレから出てきてミドリに顔を向けた響子が、ようやく口を開いていく。ただし、それは泣き腫らした目もとだった。

「守ってくれてたんだ? ありがとう」

「こちら、こそ……」

 軽い会釈はしたが、響子に目線は合わせない。

 ミドリは壁に背をあずけて待っていた間、響子の泣き声を聞いていた。それは大きく声をあげてのものであった。好きになってしまった女を泣かせてしまった。暗い方のあたしも受け入れてくれた女を泣かせてしまった。そんなふうに巡らせていったミドリは、胸の詰まる思いになり、シルクブラウスの胸元を強く握りしめていった。

「あ、あの、あのね……、響子さん……」

「ほら。タバコ買いに行きましょ」

 なにかを言いかけた途中で、響子から今度は手を取られて引かれていったミドリ。



 3


 戻って、ビルの三階。

 榊探偵事務所内部。

 所内の窓を開けてあったため、響子の激昂が中まで聞こえてきていた。そのせいで、飲み会の空気はシーンと静まり返ったのだ。福子が軽い溜め息のあとに、紙コップの焼酎を空にして白いテーブルに置くなりに会話を切り出していく。

「あんな響子ちゃん、私、初めてよ。でもね、あそこまで大切に思われている君が羨ましい。ーーーで。そういう雷蔵くんは、彼女のことをどう思っているの? 君さ、あれを聞いてもピクリとも表情を変えないって何者? 凄くない?」

「俺も響子と同じ気持ちですよ。俺は響子を誰よりも大切に思っている」

 いまだ三分の一ほど残っている生ビールの入った紙コップをテーブルに置いて、両膝に両手を乗せて背筋をただした。そして、雷蔵は言葉を続けていく。右の手のひらで「どうぞ」のかたちにして、福子からニーナまで流してからのひと言。

「だ れ よ り も」

 言いきったあとの勝ち誇ったかのような口の端を上げた笑顔。

 この態度に、たちまち青筋を浮かべていく女たち五人。

「くおら、雷蔵! お前ええ加減にせえよ! ウチらから労いにきとってもろて、その態度はなんや! お前態度改めんなら、ケツの穴から手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタいわすぞ!」

「おい君さ! それ酷い扱いしてるって分かっとっとや! いくら響子さん以外無関心っつーても、あまりにも酷くなかか! お前、サイコロステーキになりたかとや! ああ!」

「おい、雷蔵! お前そこまで露骨に突きつけんなよ! お前この糞餓鬼! 刺身にすっぞ!」

「お前さ、お前さ、ふざけんのもいい加減にしろさ! 私らの、なんが気に入らんとや! その態度ムカつくっさ! 私らを指して“だ れ よ り も”って酷かぞ! フルパワーでタマ潰してやっぞ!」

「おい、雷蔵! お前少しは誠意見せろさ! こんがん綺麗か人たちば前にして、その言い方はなかやろ! お前次もそん言い方してみろ! 魔法でぶっ殺すぞ!」

 それぞれ五人の女たちが、立ち上がって雷蔵に向けて力強く指をさして怒りちらしていく。再び、両膝に両手を乗せて背筋をただした姿勢になった雷蔵は、しばらく様子を見ていたあとに口を開いていった。先ほどまでの若干固さの表情から、柔らかい印象に変わっていた。

「みんな、綺麗だと俺は思う。ーーーこんなに楽しい時間は久しぶりだし、酒と“つまみ”を持ち寄ってきてくれるって、ありがたいと思ったよ」

 この好青年のひと言に、福子とマキと紅子とヒメとニーナはたちまち頬を赤らめて嬉しそうに声を出していく。

「あ、あら……。もう、雷蔵くんったら。さっきと違って、扱いがお上手じゃない……。おばさん、お酌しちゃおうかな」

「やだ、雷蔵くん……。急にそんなに褒められたら、わたくし、どうにかなってしまいそう……。お姉さん、ちょっとだけサービスしちゃおうかしら」

「ああ、もう、雷蔵くん。やっぱり、輝一郎くんと長い友達人なだけはある人ね。素敵。お姉さん、いじゃおうっかなー」

「なになに? 急にどうしたのよ、もう。お姉さんたちといるのが楽しいだなんて言い出したりして。ひとばんだけ、私を貸してもいいよ」

「え……? ら、雷蔵。その中にあたしも入るの? 今彼がいるのに、後輩からそんなこと言われたら、揺れてしまいそう」

 榊雷蔵、一転攻勢らしい。

 紙コップをテーブルから取り上げて、残りの生ビールを飲んで空にして、女たち五人に声をかける。

「俺だって、綺麗な女の人は綺麗だと思うし。美人は美人だなと思える。感覚は麻痺していない。けれど、やっぱり、響子以外は刺さらないわけで」

 と、言いながら、雷蔵は空にした紙コップに新たに生ビールを注いでいった。空いた生ビール缶と満たされた紙コップをテーブルに置いて、いない隣の席に優しく手をやって。

「だから早く帰ってきて、隣に座ってほしいなあ、なんて……」

 うっすらと頬を赤らめて、雷蔵が願望を洩らした。

 人前でである。

 酒に酔っているせいなのか、どうか。

 この好青年が酒に特別強いというわけではない。

 しかし、これが年上の“お姉さま”がたに刺さったようだ。

 とくに珍しいことに、同性愛者、いわゆるレズビアンの虎縞福子もキュンキュンとさせてしまった。



 4


「雷蔵ー、ただいまー!」

「みんな、ただいまー!」

 ニコニコしながら響子とミドリが事務所に帰ってきた。

「すごい人と会っちゃった!」

「涙出そう!」

 玄関で仲良く感動している女二人。

 そして、声をそろえて。

「本日の、特別ゲスト! うな…………?」

 席の状況に気づいた響子とミドリ。

 響子はたちまち顔を赤くして、声を投げる。

「雷蔵、あんた、なにしてんの?」

「あ、お帰り」

「ただいま!ーーーじゃなくて。あんたの隣、羨ましいんだけど。あとで変わってよ?」

「え? いいよ。あとでな」

「やったあ!」

 彼女の頼みを聞いた雷蔵の隣には、福子がお酒の相手をしていたからだ。福子の可愛がりかたはというと、まるで従兄弟か甥っ子を相手にしている感じだったから。まあ、雷蔵に生ビールをお酌していた、という場面だったわけでもある。

「響子ちゃん。特別ゲストって?」

「ああ。そうだった」

 そして再び、気を取り直して声をそろえて。

「本日の、特別ゲスト!」

 さあ、入ってきての仕草を響子とミドリから受けて、登場。

「有馬虹子……じゃない! ええと。海原摩魚うなばら まな、二三歳でーっす。長崎大学四年生、歴史の研究をしていまーす。よろしくね」

 からの、ひと言。

「来ちゃった」




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