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第25話 扇動―負傷

 金床の上で武器が磨かれる。

金属がこすれる音をたてて、斧は元の切れ味を取り戻していった。

 鍛冶屋の老人は斧を取り刀身をまじまじと見ると、用済みとばかりに投げ渡してきた。


「なんじゃいこの斧は、もう長くはもたんぞ。どれだけ乱暴に使ってきたんじゃ」


「そんなにくたびれてるんですか?」


「何年も使ってこないとここまではならんぞ。それか、武器破壊の土魔法でも受けたか?」


「心当たりはあります」


「ふん、ろくに手入れもしないからこうなるんじゃ。死にたくなかったら新調せい」


 鍛冶屋はぶっきらぼうに言うと、工房の奥に行ってしまった。


「すみませんヤグルマ様……彼は腕は確かなのですが気難しくて」


「いや、彼は優しい人ですよ。俺のこと心配して忠告してくれましたもん」


 ヴィークスに連れられてきた鍛冶屋に斧を磨いてもらったが、どうやら金属疲労がひどいそうだ。


 思い当たることと言えば、先日の溶岩の魔物との戦いだ。

あのとき俺の斧は珠玉と合体して、青色で金の飾りがついた斧に形を変えた。それが青い水の魔力を纏い、水属性の斬撃で魔物を倒すことができたんだ。


 戦いが終わるとすぐに斧は元に戻り、刀身にくっついてた珠玉も俺の指に戻っていた。


 おそらく水の珠玉の魔力が大量に流れ込んだことで斧は変化したのだろう。急激に形を変えたのだから金属にかかる負担も大きかったはずだ。


―あんまり多用していい技じゃなさそうだ。いざという時の切り札にしとくか。


 先日の魔物との闘いから一晩明けた。トーガ村は溶岩の魔物の急襲に大打撃を受けたが、俺たちが早くに撃退したため村の中心部はさして被害を受けずに済んだらしい。


 だが、魔物が死んだとは限らない、生きていたならば傷を癒し再び村に襲ってくるだろう。

 ならばこちらから攻める。確実にとどめをさすために森の奥に入り、溶岩の魔物を倒す。


 というわけで今は準備の時間だ。物資を集めるため村の道具屋や鍛冶屋などを訪れた。案内役は村長の娘のヴィークスが請け負ってくれた。


「そろそろ行こうか。森の奥の温泉が怪しいんだってな」


「そうです、古い蔵書を読み解いてみましたが溶岩を纏う魔物の記述がありました。ですがそれは村の温泉の力の源……いわゆる守り神だったのです」


「守り神?」


「それってあの怪物がですか?」


「はい、火山の化身とされるもので、村に恵みをもたらすべき神霊のような存在だったのです。それほどの魔物が一体なぜ村を……」


「あり得ないことが起こってるってことか」


「不穏な影を感じます、どうかお気をつけを」


「注意しとくよ、ありがとう」


「あの、私、ヤグルマ様やカゲトラ様のような強いお方が来てくれて本当に良かったです、もしも私だけだったらこの村は今頃どうなっていたか」


「……俺、そういうのはなんか違うと思うんだ」


「えっ!私何か失礼なことを?」


「ううん、そういうことじゃない。君に戦う力がないのはわかってる。

でも、自分が守りたいものなら自分の力で戦わなくちゃいけないんだと思う。

そうしないとどっかで行き詰まっちゃうんだ、きっと。誰かの強さを借りるんじゃなく自分だけの強さじゃないと」


「自分だけの強さで……」


「説教くさくなっちゃってごめん、行ってくる」


「それにしても景虎はどこに行った?」


「あいつなら森の奥にもう行っちまったぜ」


「門番さん」


眠そうな男が声をかけてきた。村のまわりの見張りをしていたのだろう。

ある程度の武装はしてあるが、覇気がない気だるげな男だ。


「怪我してるっぽかったから止めようとしたんだがよ、あいつの目がまさに鬼気迫るって感じの目つきでよ、ビビっちまって到底声かけられなかったぜ」


景虎はすでに森の中に入っていったらしい。

俺たちも後を追わないと。


「どうかカゲトラ様をお願いします……きっと昨日の戦いで活躍できなかった責任を感じてるんです」


「ああ、任せといて」


見送るヴィークスの視線を背中に受けながら山に入った。



 警戒しながらしばらく山道を道なりに進むと、その先は源泉地帯だった。硫黄の煙が鼻につく。


「温泉のあたりにいるって話だったが」


「リュートさん見てください、温泉の中に何か浮かんでませんか?」


 エピックの視線の先に湯気の隙間から目を凝らしてみると、立方体のなにかが源泉に浮かんでいた。

 湯の熱さに耐えながら手を伸ばしてそれを取り出す。

そのキューブには面ごとに黒い点が彫られていた。


「サイコロじゃないか」


 すると、逃げるようにサイコロが手の中から弾かれ地面に転がった。

 5つの黒点を空に向けるサイコロに不審に思いながら手を伸ばすと、大地が揺れた!


「来たか!?」


 すわ、魔物の急襲か!?とっさに戦闘態勢をとる。

 地面に亀裂が走りマグマが染み出ると、マグマだまりは人のシルエットを形作った。

 いびつな見た目だがその大きさは1メートルと少しといった人型だ。

 感じる魔力は確かに昨日戦った魔物のそれだった。しかし魔力の色は同じものでも感じるその量ははるかに少ない。


「ずいぶんとちっちゃくなったな」


 少しだけ安堵しながら斧を構えると、様子がおかしい。

 地面の亀裂が大きくなったかと思うと、そこからもう1人、また1人と赤黒の溶岩が湧き出してくる。

 気づくとそこには5体の溶岩の人形が並び立っていた。


「今度は質より量ってわけか」


 ぴったりのタイミングで5体のマグマが襲いかかる!

 俺は紙一重で攻撃をかわし鉄の斧を近くの1体に叩き込んだ!

 ザグン!深々と突き刺さる鉄の斧!だが手応えに違和感を感じた。

 おかしい、衝撃が軽すぎる。


 マグマの体から斧を引き抜くと、ゾンビのような緩慢な動きで後ろに下がろうとする魔物。

 「食らえ!」トドメの<スウェット・ガン>を撃つ。水の弾丸は直撃!

 水魔法を食らった溶岩の人形は煙を上げながら白い石になって、固まってしまった。


 動かなくなった魔物へダメ押しとばかりに右ストレートをねじ込んだ。

 白く固まった体は発泡スチロールのように簡単にへし折れた。


ーやっぱりそうか!だがまだ敵の目的がつかめない。


残りの4体の攻撃を〈スプラッシュ〉で受け流しながら、俺は一つの結論に至った。


「私も加勢します!【光の天使よ「ダメだ!!」


「どうしてですか!?」


「この小さな魔物たちはデコイ、陽動だ!俺たちはここで時間を稼がれてるだけだ。無駄な魔力は使わないほうがいい」


 すでに固まって死んだ魔物をわざわざ殴って、水の珠玉を当ててみたがなんの反応も示さなかった。

 つまり、目の前にいるこいつらは『魔物』ではない、ということだ。

 倒しても珠玉の力の吸収にカウントされない、魔物の分裂体のようなものなのだろう。


「時間を稼ぐって何のために魔物がそんなことを?」


「それは……わからない、だが手下を差し向けるということは総大将が出られない理由があるはずなんだ。動けない本体がどこかにいるはず。こいつらを片付けたら俺も後を追う!行って!」


「わかりました!隠れてる本体を探してきます!」


さて、今のうちに敵の真意がなんとか見抜ければいいんだが。



 龍斗たちの戦況をハングドマンは安全な場所から覗き見していた。

 使役しているストレングスの力を分散させて、分裂体を作り出しそれを龍斗たちにけしかけたのだ。


ーー風の珠玉へのお膳立てはしてやったぜ。邪魔な水の珠玉を始末してくれよな。

 俺が直接出てやってもいいが、あくまで狙うのは珠玉持ちの同士討ち。

 誰か1人に珠玉を集中させることが俺の請け負った任務!


 そのためにちょいちょいと風の珠玉を煽ってやったが、上手くいくかね。

 なるべくなら厄介そうな水の珠玉はここで潰しておきたいんだが。


 だが扇動したとはいっても風の珠玉の持つ負の心は本物。

 あいつの殺意が濁ることはないだろうーー


「風の珠玉、俺はお前の邪心を愛そう。理性で己を押し潰すな。

嫉妬、虚飾、独占、憎悪!どれもが輝かしき感情だ!負の欲望を黙らせるな!!」



ー矢車龍斗、お前が邪魔だ。俺の異世界にお前は必要ない。


 武器を握る右手に憎しみの力が増す。

 運良く、矢車龍斗は溶岩の人形に引きつけられ周りに注意を払っていない。

 今なら殺れる。

 邪魔者の背中を憎しみの瞳孔に焼きつけると、身体全体を張った弓のように引き絞りブーメランを投げた。

 殺意を乗せたブーメランは風を切る。高速で標的へと向かうそれは、死角をとり切断まで気づかれることはなかった。


 矢車龍斗は背後から来る予測外の攻撃に対応しきれず、横腹を深々と切り裂かれた。

 視界の外からのいきなりの斬撃にバランスを失い膝を崩した龍斗。多数との戦いの中で一瞬の隙は致命的だった。

囲んでいた溶岩の人形はのしかかるように次々と連撃を加え、もう姿は見えなくなった。

 もはや生きてはいないだろう。


 仕事を終えたブーメランが弧を描いて戻ってきたが、右手が滑り掴めなかった。

 わずかに手を切って後方の森の奥へと飛んでいってしまった。

 矢車龍斗に背中を向けて後ろに歩き出す。



 走りはしないと思ったが、体が勝手に早足になる。

 自分の心臓の音がうるさい。意思を無視して心臓は早鐘を打ち鳴らす。

 わずかな震えを振り払おうとするも、背後へと後ろ髪を引かれ続ける。


ー異世界転生したばっかりのときは、魔物一匹殺すのにもビビってたんだったな

ーーそれが今や人を1人殺したのか


 後悔から目をそらすように心の中でうそぶいてみせる。

 だが今は自分の行動への懺悔よりも、この場から早く離れたいという思いが強い。

 醜い嫉妬で人を殺したところなんて決して見られたくない。

 まるで誰かが見ていなければ、自分の罪が全てなくなるように。


 すると、ぐるぐる回る頭の前にすっとブーメランが差し出された。


「落としましたよ?」


 目の前には俺のブーメランを抱えた蒼髪の少女が立っていた。

 彼女が誰だかすぐにわかった。矢車龍斗の仲間のエピックだ。


ーーー見られた。

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