偽物の聖女様
二代目「聖女」の配信画面が、ノイズのように激しく揺れていた。
数万人が見守る中、チャット欄には僕たちが放流した証拠画像と、二代目の裏アカウントでの暴言が次々と貼り付けられていく。
『これ、マジ?』『新しい聖女様、裏でファンのこと「集金装置」って呼んでたの?』『今の声、動揺しすぎでしょ』。
「……あ、あの、これは何かの間違いでして、わたくしは……っ」
二代目の声が上擦り、優雅なアバターの指先が不自然に痙攣する。
その惨状を、凛は僕の部屋のメインモニターで、じっと見つめていた。彼女の手は、僕の膝の上で震えている。それは恐怖ではなく、ようやく自分の「過去」を奪い返しに行く者の、静かな武者震いだった。
「陽太、今……だよね」
「ああ。始めよう」
僕がスイッチを切り替えると、僕たちの弱小アカウントの画面が、二代目の配信を「ミラーリング」する形で配信を開始した。
「二代目様、ごきげんよう」
凛の声が、二代目の配信音声に重なるようにして響き渡った。
聖女のガワを被った偽物の声とは違う、低く、けれどどこまでも澄んだ「本物」の声。
「……わたくしが半年かけて積み上げたその声の出し方、少し力みすぎですわよ。お嬢様は、そんなに喉を絞って笑ったりいたしません」
二代目の配信が、一瞬、完全に静止した。
リスナーたちは気づいたはずだ。どちらの声に、本当の「結城凛」が宿っているのかを。
「何よ、あんた……! 引退したくせに、今さら何しに――」
二代目が、ついに「聖女」のキャラをなぐり捨てて叫んだ。
配信は修羅場と化し、事務所側が慌てて接続を切断したのか、画面は真っ暗な「準備中」へと切り替わった。
「陽太、もういいよ。あっちの画面は消して」
凛がマイクを引き寄せた。
彼女の視線は、もはや偽物には向いていない。その先にいる、自分を信じてくれていたリスナーたちを見据えていた。
「……皆様。私はもう、皆様が望む完璧なお嬢様には戻れません。学校では後ろ指を指され、事務所からも居場所を奪われました。……けれど、この汚い部屋で、隣にいる陽太と笑っている今の私こそが、本当の『私』なんです」
チャット欄の罵倒が、少しずつ、けれど確実に「おかえり」という言葉に変わっていく。
「……偽物の聖女様。そのお洋服と名前は、もういりません。……でも、私の思い出と、私を好きでいてくれた人たちの心まで、事務所の都合で塗り替えさせたりはしません」
「さよなら、偽物の聖女様。」
凛が僕の手を強く握った。
「……陽太、切って。もう、十分」
僕がエンターキーを叩き、配信を終了させた。
部屋には再び、PCの冷却ファンの音だけが残った。
嵐のような配信が終わり、凛はそのまま、僕の肩に深く顔を埋めた。
「……終わった。全部、自分で壊しちゃった」
「ああ。……すっきりしたか?」
「……ううん。すっごく、お腹空いた。緊張して、今日なにも食べてなかったもん」
凛が顔を上げ、少しだけ赤くなった目で僕を見た。
その顔は、どれだけ技術を尽くしても再現できない、ただの17歳の女の子の顔だった。
「陽太。ハンバーグ、まだ残ってる?」
「……温め直してくるよ。それと、停学期間中の買い出しリストも作らなきゃな」
「あはは、そうだね。……ねえ、陽太。明日も、明後日も、私と一緒にいてくれる?」
「当たり前だろ。……お前が、僕のハンバーグを焦がさずに食べられるようになるまではな」
キッチンから漂う温かい匂い。
外では、学校へ向かう生徒たちの足音が遠くに聞こえ始めていた。
僕たちの時間は、まだ始まったばかりだ。
事務所からの法的通知や、学校への復帰など、厄介な問題は山積みだったけれど。
隣で笑う凛の体温を感じている限り、僕はどこまでも彼女の共犯者でいられる気がした。
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