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十八話


 ホテルの一室。

 ようやく一息ついた縁に、ベイ・サイダーが声をかけてきた。


「そういえば、おにーさん。次会ったら名前教えてくれるって言ってたじゃないっすか。オレまだ聞いてないんっすけど?」


 あれはベイ・サイダーが勝手に言っただけの一方的なものだったはず。

 しかし、助けてもらったうえ、野宿もまぬがれたのもベイ・サイダーのおかげだ。


(別に勿体つけるような名前じゃないしな……)


 逆に、その気もなかったのにここまで引っ張ることになったのが、いささか恥ずかしい。

 それを誤魔化すように咳払いして、縁は口を開く。


「有沢です」

「下の名前は?」

「縁ですけど……」

「どういう字書くの?」

「……合縁奇縁の縁」

「へぇ~! じゃ、年は? 年、いくつ?」

「二十一になります」


 質問攻めにしてくるベイ・サイダーのペースに引きずられ、縁はポンポン飛んでくる質問に答えていく。


「二十一歳!? えっ、同い年じゃないっすか!」

「え、そうなんですか」

「そう、そう! へぇ~、親近感~! ならさぁ、オレのことはトーヤって呼んでいいっすよ、敬語もいらないんで」


 元々フレンドリーな男だったが、同い年と分かった瞬間、さらにグイグイと距離を縮めてくる――言ってしまえば輪をかけて慣れ慣れしくなったベイ・サイダー。

 彼の早口で次々飛び出してくる言葉の中に、おやと思うところがあった。


「トーヤ? え? ベイ・サイダーは?」

「え? あっ……やばぁ、本名出しちゃった……」


 しまったという顔をするベイ・サイダーに、縁は首を横に振る。


「大丈夫です。聞かなかったことにするんで」

「そうなっちゃう感じっすか? えー、なんか、距離ある~……。聞かなかったふりは、いいからさぁ、敬語やめる方向で。オレも、やめるんで!」


 距離があるのは当然だ。今日知り合ったのだからあって然るべき距離感だろうに……。


(というか、あの微妙な口調は敬語のつもりだったのか……)


 よほど人懐っこい性分なのか――実は、ベイ・サイダーを年下だと思っていた縁は苦笑を浮かべてしまう。

 それを肯定と受け取ったのか、彼は笑顔で頷いた。


「よし、それじゃオレはなんて呼ぼうかなぁ~」

「有沢でいいですよ」


 しかし、ベイ・サイダー改めトーヤ青年は聞いていない。

 勝手にうーんと悩み、あぁそうだと明るい笑みを浮かべてこう言った。


「縁ちゃん!」

「――え」


 どくりと心臓が大きな音を立てた。

 なんでもない呼び方のはずなのに、どうして自分がこんなにも動揺したのか分からない縁は、二の句が継げず沈黙する。


「あれ? ダメ?」


 そんなトーヤの声がして、縁はぎこちないながらもなんとか笑みをつくり「ちゃん付けは、ちょっと」と当たり障りない答えを返した。


「えー、じゃあ普通に縁って呼ぶかぁ」


 そうしてほしい。ぜひ、そうしてくれ。

 そんな思いを込めて、縁はうんうんと何度も頷いた。

 トーヤも、特に面白い呼び方がうかばなかったのか、結局呼び捨てることにしたようで――「さて」と表情を改めた。


「縁、ここからは真面目な話なんだけど」

「なんですか」

「敬語」


 気にすることはそこだろうかと思いつつ、縁が「なんだ」と問い直すと、トーヤは満足そうに頷き「真面目な話」と仕切り直す。


「鉤路さんって、口封じで殺された……とかじゃね?」

「口封じって……まさか、俺を運んだことの?」

「そう」

「いや、ないだろ。たかが、気絶してる人間ひとり……なんで――」


 へらへらと笑っている男。

 それがベイ・サイダーの印象だったが――今、向き合って話しているトーヤは真剣な目をしていた。


「その時は、まだ気絶しているだけだったから」

「え……」

「鉤路さんが運んだときは、気絶しているだけだったけど――縁、携帯も財布もとられてたんでしょ? 身分を証明するもんがなんにもない状態だったわけじゃん。それってさ、将来的には死んでもらう人間だったから……とか、そういう理由なんじゃないの? で、事実を知っているヤツがいたら、都合悪いから」


 だから、口封じされたと。苗木とトーヤ、ふたりの話を合わせて考えれば、つまり鉤路はいいように使われ用が済んだからと殺されたということになる。


「でも、俺は生きてるし……用済みでってことなら、あんな酷いやり方で、人目につくような……」

 

 口封じだったら、あんな風に殺したりはしないだろうと小さく呟いた縁だったが……――思い出すのは、鉤路の死体を見に集まった人だかり。その中に混ざる赤い石を持った人々と……どこか様子がおかしい間の家の人間……。


「……まさか」

「縁?」

「逆、じゃないか」


 かすかに、体が震える。

 そんなことは、あってほしくないと思いながらも、縁は自分の考えを口にした。


「俺が、生きてるから、殺された?」

「――それは……」

「俺が、逃げたから……だから」


 自分のせいで、誰かが死んだ。殺されてしまった可能性がある。

 そう考えると、急に恐ろしくなって体が震えた。

 だが――。


「それは、違うと思う」


 はっきりと、トーヤが否定する。


「だって逃げたのが分かったから、鉤路さんを殺して、あそこまで運んで放置って……効率悪いだろ。そんなことするより、縁を探したほうがはやいじゃん」

「でも」

「現実的じゃないって。死体をメッセージにして、出てこいって? あんなん見せられて、ツラ見せるわけないじゃん。むしろ、音速で逃げるっしょ」


 ――逃げる。

 たしかに、そうだ。

 縁だって今、怖くて逃げ出したいと思った。

 逃げ隠れしないで出てこいという意味で、見せしめで殺したというのなら、それは悪手だ。

 余計、隠れ潜む切っ掛けを与えたことになる。


「まぁ、縁が危ないのは確かだと思うけど」

「……俺が廃屋からいなくなっていることに気付いているのか、いないのか……まだわからないが……気付かれたらまずいってことか」

「だから、朝一で船に乗って、この島から出て行くのが一番だって。金なら貸したげるから。本土についたら、そっちの警察署で被害届とか出したほうがいいって」


 写真もあるし、とトーヤは続ける。


「苗木さんが取ったっていう写真か?」

「そう。鉤路さんが、縁を担いで廃屋に入っていく写真」


 あの写真を見せれば、死んでしまった鉤路とその背後関係も調べられるのだろうか……。

 間家が関わっているのは、縁自身がよく分かっているが、果たして明らかになるのだろうか。

 沈みかけた思考だったが、トーヤの次の一言で縁は我に返る。

 

「そもそもさぁ――縁は、なんだってこんなとこ来たん?」

「え、なんでって……」

「わざわざ、危険にさらされに来るとか、ドMが過ぎると思うんだけど」

「……まさか、こんなことになるなんて思わなかったんだよ」


 そう、こんなことが一日で立て続けに起こるなんて思わなかったのだ。


「ただ、俺は……骨を引き取れたらって」

「へぇ?」

「……そういうお前は、動画撮影だったか。なんか、巻き込んだみたいになって悪いな。予定が狂っただろ」

「んー、それはまぁ気にしなくていいよ。建前ってか、ついでだし」


 縁が不可解に眉をひそめると、トーヤは苦笑を浮かべた。


「苗さんも最初、フェイク入れてたでしょー。オレもそう」

「じゃあ、違う目的があったのか? …………ナンパ?」

「なんでそうなるかな!」

「いや……苗木さんの気を引こうとしてたし……」

「そりゃあ、きれいなお姉さんは好きだ! けど、それはまた別のお話でしてね~」

 

 トーヤは笑って、縁を見た。


「死体を探しに来たんだ」


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