十六話
なぜ彼女が?
疑問に思う縁をよそに、ベイ・サイダーが馴れ馴れしく話しかける。
「うぇ~い、苗さんお待たせ~」
対する苗木の反応はツンケンした者だった。
「待ったわよ。もの凄く待ったわ。なんなの、キミたち揃って警戒心とか緊張感とか欠落しているの?」
「……え? 待ち合わせ? どういうことですか?」
一緒に行動する気はないと言っていたと思うが――気が変わったのだろうか。だが、苗木は縁の問いかけには答えない。どこか苛立った……いや、警戒した様子で縁たちの後方に目をやり、なにかを確認するとホッと息を吐く。
「行きましょう」
そしてやっと少しだけ表情を緩めると、そう言って先導するように歩き出した。
「聞きたいことがありそうな顔をしているキミには、歩きながら話すから」
そう言われてしまえば、縁も言うとおりにするしかない。
「分かりました。でも、行くってどこに?」
「警察よ。決まってるでしょ。キミ、縛られて監禁されてたのよ? 普通じゃないでしょ」
なぜ苗木がそれを知っているのかと縁が驚くと、ベイ・サイダーが「あっ! 第一発見者、苗さん!」と横で声を上げる。
「え? ベイ・サイダーさんが廃屋動画撮ろうと思って中に入ったって言ってませんでした?」
「そう。それもあるっす! だけどさぁ、まず苗さんから連絡来たのが最初なんっすよ! んで、テンション上がっちゃって! そしたら廃屋になんか怪しい影があるから、見てこいっていうじゃないっすか? これ、苗さんにアピールできるし、いい感じの動画も撮れるし、一粒で二度おいしいとかいうヤツじゃね? って思って突撃したら、おにーさんが転がされてたってわけなんっすよ!」
苗木を見れば、相違ないらしく頷いた。
それから、少しだけ気まずそうに「……すぐ助けなくて、悪かったわ。でも、女ひとりだとなにかあったら太刀打ちできないでしょ」と呟いた。
「ぁ、いや、それは全然気にしていないので……」
目撃者にもかかわらず、すぐに確認しなかったことを気にしているのだと気付いた縁は無理もないことだと続けようとした。
だが、それをかき消す勢いでベイ・サイダーが言い募る。
「えー! 苗さん、それはオレならなにかあっても、まぁいいやってことっすか!?」
「……そしたら、すぐに通報するつもりだったわよ。だから、こうして近くで待ってたじゃない」
「あっ、そっか!」
「……一応、運んできた人の写真はとっておいたから、なにかあれば使わせてあげる。――それと、なんだか興味深い話をしてたわよね。……続きを聞かせてよ、歩きながらね」
興味深い話と言われ、苗木とベイ・サイダーから視線を向けられた縁は「え」と一瞬怯む。
「かえり様って、言ってたでしょ」
「……あ、あぁ。たいしたことじゃないです」
「それを判断するのは、聞いたアタシだから」
「あ、はい」
ピシャリと言われて縁が頷けば、ベイ・サイダーがニヤニヤしている。
「苗さん、強ぇ~」
「は? ……別に、脅かしたつもりはないわ。ただ、アタシも情報が欲しいってだけ」
「情報? ……苗木さんは、グルメライターって言ってましたよね? ……別に、おいしい海鮮料理とは関係ないですけど」
「…………」
おいしい料理の記事を書くために来た人に、今日体験したあれやこれを話すのは気が引けた。なにより、へたに話して巻き込んでしまったらと考えると怖い。
そう考えた縁は、やんわりと釘を刺す。すると、苗木はぐっと黙り込んだ。
その様子を笑ってみていたベイ・サイダーが、つつつと縁に近寄ってきて耳打ちする。
「苗さん、実はゴリゴリの野心家で、パンチのある記事書いてお手柄が欲しいんだって! チャンネル登録者数が欲しいオレと一緒! ってわけで、スクープ狙ってこの島に来たそうっすよ、おにーさん!」
「……詳しいっすね」
「そりゃぁね! 廃屋に突っ込まされるときに、なんでこんなことーって泣いたらお互いのためだって説明されたもんで」
あぁ、一応突入は渋ったのかとどうでもいい気付きを得た縁は、ちらりと苗木を見た。
すると苗木は、開き直ったのか頷いた。
「船の中では、適当に誤魔化しておいたほうがいいと思っただけ。知られると動きにくくなるし。……実は、かえり様についての記事を書くために、色々調べてるのよ。……かえり様はこの島から出て来ないけど、友人や親族が、かえり様に傾倒しておかしくなったっていう話があちこちから聞こえてくるのよ。家を出て帰ってこなかった人もいるらしいし……。だから、カルト的な団体なのか内情を暴こうと思って意気込んできたんだけど……」
そこで、一度言葉を切った苗木は長いため息を吐き出す。
「この島の人たちにとって、かえり様は神様の化身みたいな扱いでね。余所の人には教えないって言われちゃって……。だったら潜入と思っても、かえり様の住まいは島の中心部にある山で、山に立ち入るには門番よろしく手前にどーんと大きな屋敷を構えている間さんに許可とらなきゃいけないって言うし……。だから、キミがなにか情報を持っているなら、教えて欲しいと思ったのよ」
うんうんとベイ・サイダーが頷く。
「というわけで、助けてあげた恩があるおにーさんに、無料で情報くれと。そういうわけですな! オレも、動画にしたらバズるかもしれないから、聞きたい!」
「……ちょっと、人聞き悪いこと言わないで。情報料はきちんと払うわよ」
にらむ苗木に、ベイ・サイダーは「え、ただ乗りしようと思ったに」と悲しげな声を上げた。
対象的なふたりを前に、縁は「えーと」と言葉を選びつつ口を開く。
「あ、別に金はいらないです。分かりきってることだと思うんで。……ただ、あの船で聞いた言葉と似たようなことを間家の人が言っていたから、どっちもかえり様信者なんだなって思っただけで」
「…………」
「…………」
黙るふたりに、縁は苦笑いを浮かべた。
「ほら、別にたいした話しじゃなかった」
「……あなた、間家の人間と接触できたの?」
「あー……まぁ」
「え? え? もしかして、おにーさんを監禁したのって、間?」
縁が答えに詰まって口をつぐむと、なぜか苗木が「それは違うわ」と否定した。
「だって、あの廃屋に彼を運んできたのは……鉤路さんだったもの」
「え?」
「ほぉ~、意外な人物」
なぜ、ここで鉤路が出てくるのか。
縁は意識を失う直前を思い出す。
「……俺は、数馬さんと話してて、背中を向けたとたんに頭ガツンとやられて――鉤路さんとは船を下りてから一度もあってないんですけど」
「数馬さんっていうのは、間の次男よね? ……キミ、あの家の関係者なの?」
「や……別に……、疎遠な親戚ってだけです」
苗木は「ふぅん」と頷くと、思案しながら口を開く。
「鉤路さんはね、この島で行われる関係者以外には公開されない儀式を見たがっていたじゃない。糸布狭島で儀式事を取り仕切るのは、昔から間家よ。噂のかえり様も、間家が大事に隠しているようだし……。そもそも、間家にはかえり様に会いに来た本土の客を泊めておく施設もあるみたいなのよね」
「……あぁ、たしかに、広い敷地にそれっぽい建物があったし、使用人の人に、お外のかたはここからは立ち入り禁止だって言われました」
思い出した縁が肯定すれば、苗木は「だったら、鉤路さんがいてもおかしくないわ。あの人は外部からのお客さん――かえり様への賞賛っぷりから、かなり入れ込んでる様子だもの、決まった部屋があるかもしれない」
「……つまり、熱心な信奉者だからこそ、間家の敷地に滞在が許されてる可能性がある?」
「そう。……アタシはね、この島全体が、あるひとつの宗教を信奉する人たちの集団だと考えているの。その頂点にいるのが間家……。鉤路さんは、そこに取り込まれている。彼にとって、かえり様は神様にも等しい存在。かえり様のためだと言われたら……」
「……なんでもやる、と?」
「ええ」
船上で熱弁を振るっていた鉤路の姿が思い出される。
たしかに、かえり様について語る時の彼は、行き過ぎたきらいがあった。縁が難しい顔で考え込む一方で、ベイ・サイダーはあっけらかんとした表情で頷く。
「あー。なるほど。別に死体処理を押しつけられたわけでもないし、気絶してる人間をちょっと空き家に置いてきて~くらいなら、言うこと聞くかもしれないっすね。あ、じゃあ、鉤路さんがおにーさんの携帯と財布盗んだんかな?」
「そこまでは……。とにかく、まずは警察に相談するべきね――っと」
途中で、苗木の声が途切れた。
杭が打たれた場所――そこを越えればすぐ先に、いくつもの店が建ち並んでいる繁華街が見える。
だが、おかしい。街灯があるにも関わらず、ぽつぽつとしか灯りがついていない。
人気もなく、シャッターが閉まっている店も多い。さながらゴーストタウンだ。
気味が悪いと思ったのは縁だけではないようで、苗木が眉をひそめながら灯りはついているものの無人の駐在所をのぞき込み首をかしげている。
「あっ、あれ」
最初に気がついたのは、ベイ・サイダーだった。
彼が指さすほうに視線を向けると、一角に人だかりが出来ていた。
なにかを取り囲むようにしているが……。
「なにかしら……?」
苗木が首をかしげる。ベイ・サイダーは頭の後ろで手を組むと「マグロの解体ショー?」といい加減なことを言って笑った。
「なんで、わざわざこんな時間にやるのよ」
「ノリで」
「みんながみんな、キミみたいにノリで生きているわけじゃないと覚えたほうがいいわ」
そんなやり取りをしながらも人だかりへ足を向ける苗木とベイ・サイダーにつられ、縁の足もそちらに向かう。
そして、人と人の間からひょいと中心をのぞき込んで――。
「うっ……」
「……わぁ……」
「ひっ」
それぞれが、小さく押し殺した声を上げた。
警官が「入らないでー!」と必死に声を上げている、その後ろ。
行き止まりの壁に、もたれかかるように座り込んでいるのは、鉤路だ。
彼の顔はきれいだった。
だが、喉から下が、まるで中からなにかに破られたように、中身が露出し血を溢れさせてた。




