其の参
最終のバスに間に合えばいいからと翌日は半日を村で過ごした。
おりんの祖母も母親も別れをさほど重く受け止めていない。ただ一人父親の悦男だけが道祖神の所まで見送りに来たが、おりんとの別れよりも酒の相手のウマが帰ってしまうことの方が残念そうだった。
山道を三十分ほど歩いた時だった。前方から二台のジープが来た。
草むらに身を寄せてやり過ごす時、運転手が軽く会釈して礼を言う。
十人ほどの男が分乗している。トオルはジープの後ろをじっと見つめていた。
「おりんちゃん、あの人たちは何?」
「わかりません。村には郵便屋さんぐらいしか来ないはずですけどね」
「おりんちゃん、村へ戻ろう」
「えっ?」
「戻るって、それじゃあ最終のバスに間に合わないぞ」
ウマにとっては、きつい山道をまた歩かなければならなくなることが、大きな問題だった。
「嫌な予感がするんだ。いいから行こう」
トオルがいま来た道を戻り始める。
ウマとおりんが小首を傾げながら続いた。
トオルたちが戻って来たことを一番喜んだのは悦男だった。理由を聞くこともなく、今晩の献立の心配を嬉しそうにしている。
「今夜は鳥にしましょう」
材料の調達方法を思案している悦男に、
「さっきジープに乗った人たちが来ましたよね。何ですか?」
と、トオルが聞いた。
悦男は腕組みをして天井を見上げていて返事をしない。まだ夕飯の献立を考えていて、トオルの質問は心に届いていないようだ。
「市役所の地質の調査だそうです。いま長ケ部さんと打合せをしていますよ。ほら、大きな地震があったでしょう。だから危ないと思われる場所を調べて回っているのだそうです」
茶を持って来た涼子が悦男の代わりに答えた。
「そうですか」
ありそうな話だから、トオルはそれ以上聞くのを止めにした。
昨夜泊まった部屋に通される。ウマがゴロリと横になって、まるで天井の木目に話すように言った。
「嫌な予感って何だ?」
「さっきの車ね、運転が慎重すぎると思ったんだ。いくら山道だからといって、あれほどスピードを落とす必要があるのかなって」
「調査のための何か精密機械ってやつを積んでたんだろうよ」
「そうかもね。でもスコップとかツルハシが無造作に投げ込んだように積んであったんだ。大学では器具を大切にしろと教えられるし、調査を仕事にする人も研究者ならば、道具をあんなに乱暴な扱いはしないと思うんだ。」
「そうか、もしかして……」
「うん、危険物」
「はっきり言え、ダイナマイトか」
「うん。でも今のダイナマイトは爆発させるためには雷管が必要だし、感度も鈍くしてあるから、昔ほどは簡単に爆発しないはずなんだ。これも学校で習った」
「大学で物騒なことばかり習ってるんだな。だけど安全だとわかっていてもダイナマイトとなれば、やはり車の運転も慎重になるだろうな」
「そうだろうね。地質の調査とダイナマイト。使わないことも無いだろうけど、民家がある場所でしょう?もし調査以外に使うとしたらって考えたんだ」
「わかった、あの祠か」
「そう、あの石組を壊すにはダイナマイトが必要だよね」
「そりゃあ、そうだろうが」
「あとね、今日は金曜日でしょ。この時間だと、もし役所に問い合わせても、もう誰もいないと思うんだ。そして土日は休み。何かやるつもりなら正体がばれずに二日間、時間が作れることになるね」
「まあ、土日に役所の人間が働くこと自体おかしいよな」
「そうでしょう」
「調べてみるか。まあ今週は大したレースもないしな」
ウマが面倒そうに上半身を起こした。
週末にウマが競馬以外のことをするのは、休日に役人が働く以上に大変な出来事だ。




