天使?
そうあれは俺がまだ14歳の頃、晩秋の時期に大好きな祖母を喪った。
子供の頃からよく面倒を見てくれた祖母を喪った衝撃は大きかった。祖母に対して何もしてあげられなかった事への強い後悔、己の無力感、自責の念、孤独感が俺の心の中に残った。
そして同時期成績がなかなか上がらずクラスで孤立していたこともあり、俺の心は徐々に蝕んでいった。
なにもかもが嫌になり学校の屋上から飛び降りようとした時、
「ストーップ!!」
俺の頭の中から少女の声が響いた。
少女の声と共に体が動かない。
「そんな簡単にあきらめていいの?」
「誰だ?俺の中に話しかけるのは?」
「苦しい事や悲しい事人生でいろいろあるけどそんな簡単に挫けていいの?」
「何だよ!お前に俺の何が分かるってんだよ!」
「分かるよ。大切な人を失った痛みがどれほど辛いのか苦しいのか私には分かるよ。でも諦めないで!君が死んだらおばあちゃんはもっと悲しむよ。君のおばあちゃんはそういうの望んでないよ。だから約束して!強く自由に生きるって!」
「ふざけん・・・・・!?」
突然の状況にうまく飲み込めず俺は下を見下ろす。その校舎の高さに死の恐怖を感じたのか思わず腰を抜かしてしまう。
「本当はまだ死にたくないんでしょ?」
声のする方へ首を横へ向けると黒いワンピースを着た少女が座り込みジッと俺を見つめていた。
「お前・・・・何者なんだ?」
「トリス。君を幸せへ導きに来たの」
少女はニコリと笑った。
「幸せ?」
「人生は嫌なことばかりじゃないってこと私が教えてあげる」
「ふざけんなそんなのお断りだ!!」
彼女を一蹴し俺は屋上を後にした。
その後も何度か自殺を図ろうと、首つり、窒息死、飛び込み(車と電車)、薬物、といろいろ実行したがことごとくあの女によって未遂に終わる。
この時俺は悟った。
――この女がいる限り俺は死ねない――と
不慮の事故や病気が来るよう祈ってもそれ自体もまず起きなかった。
なぜなら彼女によってそれが阻止されるからだ。
俺の行動をすべて見抜き先回りする彼女に打つ手はなかった。
そんなある日の夜、俺は夢を見た。ただっ広い何もない草原、気持ちのいいくらい穏やかな青空、その中心にあの娘はいた。あの時の黒いワンピースではなく真っ白で純白なワンピースと大きな麦わら帽子を被っていた。
俺の自殺未遂を彼女は嘲笑うかのように言った。
「今日も失敗だったね!」
「なぜ俺なんだ?なんで俺を生かそうとする?俺が生きて何の意味がある?」
「だから言ってるじゃん!君を幸せへ導きに来たって」
「俺はそんなのいらない!頼むから死なせてくれよ!」
「自分で言ってて悲しくない?なんで君は自分を大事にしないの?なんで自分に対してそんなに冷たいの?」
「俺は・・・・俺が許せないんだ。ばあちゃんにはいろいろ世話になったってのに苦しんでるばあちゃんに何もしてあげられなかった。だから許せないんだ。ばあちゃんも俺も許してくれない」
「それは違うよ!君のおばあちゃんはそんなこと絶対思ってないよ。むしろ君が強く自由にそして幸せに生きてほしい事を願っているんだよ!」
「嘘だ!」
「本当だよ。本人に頼まれたの。『強く自由に幸せに生きてほしい』って」
「ばあちゃんが!?」
「うん。だから諦めないで、私も傍にいるから。私が傍で支えるから」
トリスは俺に近づき強く抱きしめる。
彼女の抱擁は優しくて暖かく胸の鼓動を感じる。
「ドクンドクン」と鼓動が俺に伝わる。
「私個人も君には生きてほしいと願ってる。君が死んで喜ぶ者なんていないでも悲しむ者は絶対にいる。それだけは覚えてほしい。私もその一人だから」
俺の顔に一粒の涙が流れた。
「夢の世界なのに何泣いてるんだ?オレ」
一滴また一滴と涙が流れる。
「泣いていいんだよ。誰もいないし、何も言わないから」
トリスは俺の方を向かずただ黙って俺をギュッと抱きしめた。
俺もギュッとトリスを強く抱きしめた。
生かされてる、俺はこの娘に生かされてる。俺をこんなに想ってくれる人がいる。
荒れていた俺の心をトリスは優しく包み込んだ。
カーテンの隙間から差し込む朝日に目を開ける。
俺は枕カバーが湿っていることに気付く。
そして無意識に俺は指先を頬へ持っていた。泣いた跡がクッキリと残っていた。
「おはようタツ」
当たり前のように俺の頭の中でトリスが話しかけてくる。瞼を閉じれば彼女の姿が見える。
そんなトリスに俺は溜め息を吐きながら聞いてみた。
「なあ、いつまで俺の中にいるんだ?」
「タツが幸せになって人生を全うするまで」
「で、そのタツってのなんだ?」
「え、達弥のタツよ。もしかして嫌だった?タッチンならどう?」
「・・・・・好きに呼べよ」
「じゃあタッチンで」
「そっちかよ!?」
「さあ着替えて着替えて、学校に行くよ!」
「もしかして学校に着いてくる気か?」
「もちろん!タッチンには友達をしっかり作って充実した生活を送ってもらわないと!」
「勝手に決めるなよ!!俺にはそんなの必要ない。一人で十分だ」
「そんなに捻くれてたらいつまでも友達できないわよ」
「お前は俺の母ちゃんか!?」
「さあ急いで準備して!」
「ちょっと待てよ!」
トリスに流されるまま俺は家を出た。
今こうして振りかえしてみるとここから俺の人生は変わり始めていたんだ。
ここから俺とアイツの物語は始まったんだ。
これがトリスと俺の出会いだった。
語りの途中で達弥は疲れたのか紅茶を飲み一息つける。
泉宮は落ち着いた表情で達弥の話をしっかりと聞いていた。
泉谷は紅茶を飲む達弥を見計らいそっと口を開ける。
「達弥君、いまでも死にたい気持ちはあるの?」
「いや、いまはもうない。もしあったとしてもトリスに必ず止められるから無駄さ」
「トリスはそれくらいあなたの事を大事に思ってくれてる証拠じゃないの?」
「ああ、それに『強く自由に生きる』って約束しちゃったからな。正直トリスが何者なのかよくわからない。いろいろ視野を広げて調べて考えてんだ。彼女は天使なのか?幽霊なのか?それとも俺のもう一つの別人格か?妄想なのか?いろいろ考えてるんだ。泉宮先生から見たらなんだと思う?」
「そうね。心理学の見解で考えたら多分『イマジナリ―フレンド』だと思う」
「イマジナリ―フレンド?」
「ええ、分かりやすく言えば想像上の友達。心のなかに継続的に存在する友達のことを指すの。トリスとの接触は殆どが精神世界で会話をしたり、普通の人間関係と同じような関係性を築くの。 あなたにとっては存在していると信じられるものであり、達弥君の精神にもそれなりの影響を及ぼしてるの」
「それは病気か何かなの?」
「性質上関連性があるかもしれないけど、これは一種の心理現象であってこの現象自体は病的な範疇には入らないから安心して」
泉宮の説明に達弥は「ホッ」と胸を撫で下ろす。
「もともとこれは幼少期の子供によく見られる現象で成長と同時に自然消滅していくのだけど、一部では大人なってもイマジナリ―フレンドを持つ人やそこから発現する人がいるわ。発現する原因はさまざまだけど達弥君の話を聞く限り、おばあちゃんを失くした精神的ショックから来たんじゃないかって私は思うの」
「何もしてやれなかった強い後悔と自責の念からトリスが生まれたんだな・・・なんだか皮肉だな」
苦い表情をする達弥に泉宮はそっと口添えをする。
「でもトリスのおかげであなたは変われたんでしょ?トリスを信じようよ」
「ありがとう先生。この話を信じてくれて」
「あなたの話を聞いてから私もトリスの姿が見たくなってきちゃった。一度会ってお話してみたいわ」
「いろいろ振り回されて大変でけどね」
「アハハハハ・・・」
話が楽しく盛り上がる中、泉谷は目を疑った。
ニコリと微笑む達弥の姿に一瞬だけ微笑む少女の姿が重なって見えた。
(あなたがトリスなのね)
泉宮は心の中でポツリと呟いた。
「ピピピッピピピピピッ」
談合を遮るかのように突然タイマーが鳴り響く。
泉宮は左腕につけていた腕時計へ目を向けた。
「いけないそろそろ時間ね。達弥君今日はここまででいいかしら?」
「あッハイ、先生いろいろ話付き合ってくれてありがとう」
「また次回も聞かせてほしいなそのお話」
「また次回お話します」
そういって達弥は荷物を背負い事務所を後にした。




