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異世界でなんでも斬れる剣を拾った  作者: チラシの裏の汚い妖精さん
一章 駆け出し冒険者編
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第9話 奥様に見られた

 

 

「この世界をその格好でうろつくつもりか?

 良いところ芸人、下手をすれば狂人だと思われるぞ。

 衛兵からの質問攻めにあうかもしれんな」


「……………あ」


 最初は異世界だなどとは夢にも思ってなかったこともありすっかり忘れていたが、確かにパーカーとジーンズとスニーカーで異世界に繰り出せば、周囲から奇異の目を向けられるのも必然というものだろう。


「やっぱ変か?」


「人間の風俗には詳しいわけではないが、この世界の一般的な基準から逸脱していることは間違いない。

 私の格好も人の事を言えた義理ではないがな」


 やっぱりそうらしい。


「じゃあまずは服屋か。

 宿もどうなるかわからないし、こりゃ今日は確かに冒険者ギルドどころじゃなさそうだな」


「やはりそうなるか。

 しかし先立つ物はあるのか?

 金が無ければ無理してでも先に働かないと交渉のしようがないぞ」


「あぁ、一応ある。

 さっきお前を呼び出す前に神様から渡された」


「流石に知恵の神。

 その辺りは抜かりないな」


 いや、抜けだらけだったけどな。


「俺じゃいくらぐらいあるのかわかんないんだが、お前わかるか?」


 言いながらポケットに押し込んだ巾着袋を取り出す。


「どれどれ?

 ふむ、ルカ金貨が2枚に銀貨もそこそこあるな。

 宿無しが冒険者を始めるには中々裕福な額になるだろう。

 国家にはそれぞれ個別の通貨があるが、それらとは違い流貨ルカは古くから冒険者の通貨と呼ばれる。

 各国が冒険者にだけ特例的に使える通貨として認めているからだ。

 古き国々を滅ぼした竜を狩った冒険王の興した国ヴァルキサスの通貨と言われており、それは今はない国家だが、今では代わりにギルドが発行し各国の通貨への両替を請け負っている。

 その国の通貨ではなくルカで買い物をすると、大抵は両替料と手数料代わりに、すこしだけ料金が高くなる。

 冒険者ギルドが領土を持たない国家と呼ばれる由縁でもあり、危ない橋だと思うが、それだけ冒険者の往来は国へも影響力があるということだな」


「なるほど。

 よくわからんが結局いくらだ?」


「アホめ。(直球ゥ!)

 銅貨1枚が100ルカ、銀貨一枚が1000ルカ、金貨一枚が1万ルカだ。それらの下に青銅貨、真鍮貨がある。

 で、だいたい地方の宿屋では一晩50~400ルカぐらいで泊まれる。食事もあったり無かったりだ。

 効果があるのかわからないような安物のポーションが一本200ルカ、まともなものなら3倍ぐらいはするだろう。

 冒険者用のダガーが一本500ルカ、いやもうちょっとするか?レザーアーマーがそうだな……1000ルカで買えるか。ロングソードなら店頭価格2000ルカは下るまい。

 あれだけあれば多少生活に必要な品を買い揃えても、しばらくは宿に滞在できるだろう」


「なんとなく価値がわかってきた気がするが、お前って神様のところにずっと居たんだよな?

 金銭感覚大丈夫なのか?」


「たいていは人間界の事を綴った書物に書いてあった知識が元だ。

 自信があるわけではないが、別段嘘も書いてないはずだ」


「まあ外して困るもんでもないか。

 ルカってのは普通の店でも使えるのか?」


「ギルドの近隣にある店ならほぼ確実に使える。

 それらはそもそも冒険者を意識した店が多いからな。

 普段着も交渉すればおそらく大丈夫だ」


「よしよし。

 それじゃナーザル観光も兼ねてまずは服屋から行くか。

 ……人目を気にしながら」


「頑張れ。私は姿を消す」


「薄情ものめ。

 いーじゃん一緒に奇異の目で見られよーぜ!」


「ごめん被る。

 だいたい貴様の今後の評判に関わるぞ?

 妙な格好の二人組で娘の奴隷を連れた男として冒険者デビューするつもりか?」


「消えて、どうぞ」


 客観的に見ると凄い一文だ。


 エルギヌスは呆れたようなため息をついた後、焔に戻りながら空気に溶けるように消えた。



 というわけで、俺はようやく橋の下から動き始めることになる。



 ―――地方都市ナーザル―――






 影から出て周囲を観察するとやはり住宅街のようで、通路に人気はしない。

 俺が居た橋のある、用水路を兼ねているらしき小川は住宅街を越えてどこかへと続いている。


 時刻は太陽の位置と明るさから察するに、昼……だろうが方角はわからないので、今が正午の前か後かもわからない。


「なぁ、今何時だ?」


 小声で聞いてみると、ラグなしで反応が頭の中に返ってきた。


『昼の四刻、正午を過ぎた辺りだな』


「ん?そろそろ夕方になるってことか?」


 午後4時過ぎ?


『いや、日が落ち始めるにはもう暫く時間があるはずだ。

 ……もしや、時間の概念にも差異があるのか?』


「そうらしい。一日って24時間?」


『いや、昼の六刻、夜の六刻で区別される。

 そういえば近頃都市では昼と夜を正確に12ずつに区切る方法もあると聞いたな。

 上流階級の商人の間で流行っているとか』


 多分それが今の日本と同じだな。


『一刻ごとに教会が鐘を鳴らす。

 他の事に気を取られていなければ、知らない内に夜になっていたということはあるまい』


「ならもうしばらくは宿の心配はしなくていいって事だな」


 喋りながら商店はどちらの方向にあるのか考えつつ適当に歩いていたが、やはり見当もつかない。

 立ち並ぶ家からは布団が干されていたりと生活臭を感じるものの、通路には人の姿は見えない。

 みんな仕事に出ているか家事に追われているか、用事で外出している感じだ。


 石橋の下の影なんかに誰も用事はないだろうし、

確かにあそこで密会していても誰かに気付かれる確率はほとんどないだろう。

 一応神様も人気のないところを選んでいたんだなぁ。


 などと適当に考えながら歩くと、買い物帰りらしきかごを抱えたマダム二人が楽しげに話し込んでいるのを見つけた。

 少しの間どうするか考えたが、会う人間全員に怪訝そうな顔をされながらさ迷い歩くよりは、主婦二人を怖がらせる方がましだろう。


『話し掛けるのか?』


「服屋の場所を聞きたい。

 見た目以上にヤバい奴だと思われるのは嫌だから、あの二人と話してる間は気を散らすなよ?」


 変な恰好して見えない誰かとしゃべってる奴が話し掛けてきたとか、本気で走って逃げられる。


 俺はできるだけ人の好さそうな爽やかな青年を装って主婦二人に話し掛けた。


「あのー、お話し中すいません」


「はい?……えっ」

「な、なにか……!?」


 主婦たちはよっぽど会話に夢中だったのか、俺が話し掛けるまで存在に気付いてもらえなかった。

 旦那が最近そっけないとかどこぞの奥様と若いにーちゃんの間の空気が怪しいとか聞こえた気がするが、会話の内容自体はスルーして聞こえなかったことにする。

 どこの世界の主婦も似たような事に興味があるんだなぁ、とは思った。


 俺に話し掛けられた主婦は驚いた様子で振り向いたが、俺を見たとたん顔を引きつらせて一歩二歩身を引いた。

 まぁ無理もない。

 べ、別に昔のトラウマを思い出して傷ついてなんかいないんだからね!?


「少し道をお尋ねしたいんですが、この近くに服を売っている店はありませんか?

 いえ変わった服を売ってる店とかではなく、できればごくごく庶民的な服を売ってるお店がいいんです。

 この格好には少し事情がありまして、できれば早急に普通の服に着替えたいんです」


 頭をかいてへらへらと笑いつつ、困っているいかにも情けない若者な感じを引き出す。

 そういう演技は得意だ。演技じゃないからな!


「え、ええと……。

 どこか心当たりがあるか少し相談しても構いませんか?」


「ええもちろん、どうぞどうぞ。

 なんでもいいので、教えてください」


 笑顔で返事をすると主婦二人は後ろを向いて顔を突き合わせ、ひそひそと密談を始めた。

 どう考えても店の場所じゃなく、俺の素性を話し合っているんだろう。


『「なんなのあの子大丈夫なの?」とか

 「でも案外普通の人っぽいし教えてあげてもいいんじゃない、本当に困ってるだけに見えるわ」とか

 「たしかにあの恰好じゃねえ」とか

 「どっちかっていうと早く教えて立ち去ってもらった方が」とか聞こえるな』


 ……どうやらうちの剣は俺より耳がいいようだ。

 知らなかったほうが平和だったかもしれない情報をリークされた。

 信用ロールには成功しているようなので、まぁ上手く言ったと考えていいんだろう。

 

(静かにしてなさい。……わかってるから)


 心の中で諭すとそれ以上は何も言わなかった。

 相談が終わったらしく、主婦たちがこちらへと向き直る。


「あのう、服屋さんならここを道なりに行けば商店街があるので、そこに。

 あとは商店街で聞いてもらった方がわかりやすいかと……」


「ありがとうございます、とても助かりました!」


「では私たちはこれで」


 主婦は足早に立ち去っていく。


「本当にありがとう!このお礼は必ず」


「いえ、お気になさらず……」


 愛想笑いを浮かべて去っていく主婦たちをぺこぺことお辞儀をしながら見送ってから、ふっとため息を吐き出す。


「大きな前進だ。

 心のどこかでピキピキ卵の皮を剥くときみたいな音がするが」


『もうしばらくの辛抱だ。耐えろ若者』


「思ったより心が痛い」


 果たして俺の羞恥心が限界を迎え奇行にはしり始める前に、服屋にたどり着けるだろうか。



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