第6話 おまわりさんこいつロリです
炎が集まって作ったのは、人間の少女の姿だった。
俺の前には今、見たこともないような美少女がぴんと背筋を伸ばし、不敵な微笑を浮かべて佇んでいる。
銀に空色を混ぜたような不思議な色のさらさらとした長い髪に青いリボンをつけていて、目は淡い金色の瞳。
肌は雪のように真っ白でシミ一つなく、顔立ちは人形や彫刻のように芸術めいて繊細だ。
ツンとした澄まし顔がこの上なく似合っているが、笑いを浮かべても綻んだ華のように美しい。
白と銀と紺色の舞姫のような衣装の壮麗さも相まって、彼女自身が女神であるようだ。
口調からして俺より年上のイメージだったが、少女の姿になったエルギヌスの背丈や体つきは華奢そのもので、いいところ中学生のそれ、いや下手をすると発育のいい小学生でも通るぐらいだった。
「・・・お、驚いた……!人間になれることより、お前がロリ属性だったなんてせ、青天の霹靂だ」
「ふふっ。これでもまだ、生まれてそう間もないものでな。知識は下手な人間の大人になど劣らない自信があるが、精神はまだまだ未熟なところも多々あろう。よろしくお引き立て願う」
地球なら遠巻きに見るだけで料金を発生されそうな美少女が、貴族の令嬢のように恭しく優雅に、俺に一礼していた。
「あ、ああ……。そりゃお互い様だけど。いやなんかもう、お前が喋らないただの剣だと思ってたのが遠い昔な気がするわ……。異世界の力って、すげー!」
異世界じゃ剣が美少女に変わるんだぜ!
「道具は道具として、大人しく手の中に収まっている方が良かったか?」
「いや、美少女が話し相手になってくれるんならその方が断然良いだろ。俺の居た世界なら、泣いて喜んで若干むせながら札束渡してくる奴だらけだぞ?俺もその例から外れない。札束はないが!」
「・・・そ、そうか。まぁ安心したが、マスターならそう言ってくれそうだと思ってはいた。はじめこの姿から物を見たときは、どうしてあの知力がおかしな方向に振り切った神の奴は、こんな余計な機能をつけたものか不満に思っていたものだが。主に褒められるなら、今は感謝してやってもいい」
「ん…………?あれ?なんか可愛い事を言うなこの剣。やばいな、無機物が可愛いとか疲れてるのかな。おい、今度一緒の布団で寝るか?」
「それは断る」
「あぁ、なんだ良かったいつもの世界だ」
「…………嫌な茶番だ」
スキンシップを取っていたら女の子に眉をひそめられたが大丈夫、いつものことだ。
「契約によってなんとなくだが私にはマスターの感情が伝達されるので、あまり下らないことで虚無るのはやめてもらえないだろうか」
「俺の数少ない趣味を邪魔するのか!」
「ドラゴンに食わせてしまえそんな趣味……!」
希少生物が腹を壊して絶滅しそうな提案をされた。
「まぁ無駄話はいい加減このぐらいにしておいて、丁度いいからお前には色々確かめたいことがある。まずアレだ。お前ってどのぐらい凄いの?」
俺が今一番興味のある話と言っても過言ではない。
「……子供の質問か。もう少し具体的に……まぁいい。例えば分かりやすい例で言うとな、上のコレ、あるだろう?」
少女の姿のエルギヌスが真上を指差す。
そこには当然空ではなく、石造りの、町中にあるものとしてはそこそこ大きいと思う橋がある。
「斬れる」
「は?」
湯豆腐か何か作る話と間違えているんじゃないかと思う素のテンションで、見るからにツンデレ属性な少女は言った。
「主が我が刃をこやつに当てれば、山羊のバターにナイフを入れるより簡単に、汗をかく暇もなくこの街から橋が一つ解体されてしまい行商人が困るだろう」
大変非常ににまわりくどい言い方をしていらっしゃるが、ようするに剣の素人の俺が振っても、雑作もなくこの橋をマイクラみたいな丸石ブロックにできるよ、と?
「い……いやいやそれは吹きすぎだろお前。仮に斬れるとしてトゥバン・サノオとか呂布に持たせれば斬れるとかじゃ俺には意味がないんだよ?・・・充分凄いけど」
「言ったろう、主でも、バターより簡単にできると」
「……………………マジ?」
「大マジどころか当然だ。あのシルメリアが、致命的な欠陥を抱えているのを知っているにも関わらず、それでも優秀な作品と呼んだのが私だぞ。それも他人の作ではなく、自分の作った宝具の中で、だ」
シルメリア……あの神様の名前か?
鼻を鳴らし無い胸に手を当て、ふんぞり反ってちょっと嬉しげに説明するエルギヌス。
中二病をこじらせた方向に悟りを開いたような傲岸不遜な通常時の振る舞いと物言いを考えると、正直可愛い。
滑車にプロレスを挑むハムスターを見たような気持ちになるよ!
「主が刃を当てられる動かない的と仮定するなら、勇者の鎧だろうが神界の宮殿の大黒柱だろうが魔王の角だろうがリオレウスの尻尾だろうが範馬勇次郎の拳だろうがこんにゃくだろうが、この世界にある物質で私に斬れない物など存在しない。どのようなほこたてにも勝利する自信がある。魔法や事象や惑星の類いは使い手の魔力と応相談だが、マスターほどの魔力があれば大抵はいけるはずだ!」
おい今凄いこと言わなかったコイツ?
ちらっと惑星とか聞こえたんだけど、サイタマでも主人に迎えたつもり?
「だがジッサイスゴイ。……本当なら」
「当然だ。神剣だぞ?なにせ強力すぎて主神どもが良からぬ事を考えぬよう、神界にも存在を秘匿する必要があった程だ!魔王の一ダースや二ダース、当たりさえすれば一撃で屠ってくれるわ!フハハハハ!!――――ハッ!?」
「・・・お、おい?今なんか調子に乗ってとんでもなく不穏な秘密を一番知りたくない人にばらさなかったか?」
「ななななな、何を言う主!?気のせいだろう!私も早口で捲し立てたからな!違う単語と聞き間違えただけだろう!!」
「そ、そうか。俺の聞き間違いか。ならいいんだ。神様から命を狙われるような事にならなければ……」
「もも、もちろんだ!ふ、普通に生きていてそんな事があるわけないだろう!?神々もいくらなんでもそこまで暇ではない!……たぶん。・・・きっと。いや・・・じぇ、絶対?
(そもそもマスターほど無茶苦茶な魔力の持ち主が存在すると世に知れれば、いかな神であろうと放ってはおくまいという事は黙っておこう……。実際シルメリアは飛び付いたわけだしな)」
「ま、そうだよなぁ!神様もそれほど暇じゃないってのには納得だ」
「……………………(ざ、罪悪感がァ!)」
「しかしお前がそこまで言うなら、本当にできるのか試してみたい気はするけどな。さすがに本当に橋で試すわけにもいかんよな。斬れちまったら街の一大事だもんな」
「試すも糞も分かりきった結果なので、私からすればその必要があるとは思えんな。まぁ、一刀のもとに橋を斬り捨てて、街の人間に名を売りたいというなら別だが」
「そういうのはパス。俺はひっそり慎ましやかに暮らしたいんで、名前を売るとかには興味ない」
「剣の腕自体はお粗末にも程があるだろうから、少なくとも今はその方がよかろう。達人に挑まれでもしたら、剣を合わせる暇もなく瞬殺されるぞ。殺していいならそれでも勝ち筋はあるが」
道路脇の縁石に腰かけて、膝に頬杖を突きながら呑気なのか剣呑なのかわからない話をする。
チートが無ければ皮算用もいいところだが、今さら心配することでもないのだろうか。
「ま、どこかで何かしら試し切りは必要だろうけど、硬いだけなら川原の岩とかでも充分だしな。それに俺の腕がついてこなかったら結局、街の周りのスライム一匹討伐できないわけだ。ちなみにやっぱりスライムっているの?お約束ではあるけどさ、そういえば魔物がいるのかどうかも聞かされてないままなんだけど」
「魔物もスライムも当然いる。スライムは街の周りというより鬱蒼とした森の中や、下水道などに出没すると聞くが。街の周りまで出没するのはせいぜい小鬼かコボルトぐらいのものだろう。むしろマスターが元々居た世界に魔物は居なかったのか?」
「まーな。猛獣といえば熊ぐらいだし、それも山の奥にでも入り込まなきゃ滅多に会わねーよ。動物園以外では遠目にでも見たことない人間の方が多数派だ。俺もだが。そんなわけで戦闘経験はまったくない」
「ふむ。魔法も存在していないらしいし、マスターの居た世界はこの世界とは全く違うのだな。いつかそちらの世界も見てみたいものだ」
「まぁ、知らん奴が見たら面白いもんもあるのかもな。でも家庭訪問される気分……」
「かてーほーもん」
「通じないのかよ。あー……最初の一回しか喜ばないようなイベントだ」
「最初の一回は楽しいのだろう?ま、それはよい。もしできたとしてもずっとずっと先の話だろうからな。それよりも今はマスターが如何にこの世界に馴染むか、その事を考えねばならぬ。……で。・・・実はだな、少し私から先にやってもらわねばならない事があるのだ」
目を逸らしがちというか、躊躇いがちというか、どこか後ろめたそうにエルギヌスそう言ってきた。
なんじゃらホイ?