第7話 無駄に洗練された無駄のない無駄な儀式
「なんだ?勿体ぶって。
よっぽど面倒なことじゃなかったら遠慮せずに言えよ。
必要なことなんだろ?
基本的にお前が問題に思う事の解決なら、俺らの利害は一致するだろ」
「あ、ああ……うむ。
マスターと私の契約なのだが、略式でしか終了してなくてな。
きちんと本式で契約を結ばないと、全ての機能が発揮できない。
というかもっと重要なのが、まぁそんな奴他にいないとは思うが、もし他に私を扱うに足る魔力を持った人間が私を手にした場合、略式のままだと私のマスターの認識がそいつに移る。
世界の危機が訪れた時に与えられる剣だったはずだからな、条件を満たした人間なら力を貸すようにできているのだ」
「そいつがお前を持ってっちまったら俺にはどうしようもないってことか?
かなり大事なことじゃねーか早く言えよ。
なんだ難しいのか?」
「いや、私が貴様に跪いて、主人だと認める旨を神へと誓約するだけだ。
主はじっとして少し待っていれば終わる。
場所は選ばないし、道具も必要ない。
ここでもできる」
「なら善は急げだ、すぐやろう。
出しっぱで寝たまま泥棒に入られたら終わりとか、俺だって気が気じゃねーよ」
「いや泥棒は普通、貴様ほど無茶な設定の魔力は持ってないから。
……とはいえ、用心するに越したことはない、か。
使い手、製作者、剣の当事者三人の意志が一致しているわけだし、ひょんな事で使い手が変わっても誰も喜ばんからな。
ああ、やるしかない……!」
「なんか嫌そうだな」
「ち、違う!嫌というわけではない、のだ。
ただ少し私にとっては勇気がいるというか。
き、緊張するというか……」
後ろ手に手を組んで俯きがちに言うエルギヌス。
会ったときから、良くも悪くも歯に衣着せずにざっくりバッサリと物を言う奴だと思っていたのだ、今回だけはなんか妙にはっきりしない物言いだ。
語弊があるかもしれないが、なんと言うか、もじもじしていると言ってもいいかもしれない。
「いや、大丈夫!もう胆は据わった。
やろう。私も早く済ませる方がいい。
では主、座ったままでいいから目を閉じてくれ」
「ん?はい。
なんか儀式っぽいな俺も確かに緊張するわ」
「全然緊張してない声で言われてもな……。
いやそんなことはどうでもいい!
では契約を始めるぞ」
すーはー、とお手本のような深呼吸をしてからエルギヌスは、厳粛な声音で謳うように言葉を紡ぎ始める。
それはどこか、巫女が神にあげる祝詞のようでもあった。
「天に満ちる玉響に、我、ここに誓す。
我、終生の主を得たり。
彼の者艱難に際し比類なき勇を示し、
悲歎に暮れる幼子には広く仁を示す勇者なり」
おい、誰に誓ってるのか知らんが、とんでもないハッタリ成分が混入されてないか?
俺はそんな奴知らんぞ。
「我、彼の者の勇気を愛す。
我が主の矢面を片時も離れず、
身躯果て精魂の尽きる時まで彼の者を守護すと誓う。
玉響の君よ聞き届け賜え。
何卒我と彼の者の絆を断金と為し、
裁断の日まで此の手を離させ給うな。
……マスターよ、これからが儀式の本番だ。
少し黙るが絶対に目を開けるんじゃないぞ。
絶対だぞ。破ったら殺す」
小声で念を押された。
しかもなんか怖い内容が聞こえた気がする。
「ん?おう。
(祝詞の最中にいらんこと言ってていいのかコイツ?)」
「この儀を以て我が不易の誓いと為す。
曇りなき我が心の証、照覧あれ」
エルギヌスがそう言うと、もう一度深呼吸が聞こえ、顔の前に何か近付いてくる気配がした。
手でもかざされているんだろうと思っていたが、微かな風が顔にかかる。
(ん?……もしかして吐息じゃねーのかこれ?)
何かおかしいなと思った次の瞬間、唇に柔らかく湿った感触が軽く触れた。
(…………………ん?………んんん!?)
お、おい?
ここ、これって、まさか…………!?
「……もういいぞマスター」
戦慄にも似た感覚を味わいながら、許しと同時に急いで目を開ける。
こちらから目を背け、口許を小さなにぎり拳で押さえる少女がそこにいた。
ついでに言うと何故か白い肌が耳元まで赤く染まっている。
「え、エルギヌス、さん?
もしかしてお前今………」
「言うな。気のせいだ。
貴様の勘違いだ。
あくまで儀式に必要だったからで他意はない。
忘れろ」
あくまで平然とした口調で言っていたが、微妙にまくし立てるようなスピードのせいで動揺しているのがわかる。
どうやらドッキリとかギャグとか俺の勘違いではないようだ。
ほんの一瞬だったためぶっちゃけあまり実感がないのだが、せめて何か声をかけてやるべきだろうか。
何だろう、ここは一つ、感謝というかねぎらいの一言でも。
「えーと、あの………なんだ。
悪かった……じゃないか。
じゃあその…………………ごっそさん?」
言ったとたんに凄い勢いで頭をしばかれた。
「何か反応を示すにしても、もう少し言葉がなかったのかこの大うつけが!!
私の唇は茶屋の団子か何かか!?
それで気でも使ったつもりかこの唐変木め!!」
「あい、すんません……」
神剣はますます真っ赤になっていた。
どうやら選択肢を間違ったらしい。
まったく、これだからクイックロードできないというのは不便である。
「ああくそ、だから嫌だったのだ!
そもそもどうして剣と使い手の契約の証があのような行為なのだ!?
あの行為のどこにもそうである必要性を感じぬ!
シルメリアめ、どう考えても私をからかっているだろう!!」
「はは、だとしたら神様に感謝だな」
慌てるエルギヌスが姿相応の少女に見えて可愛かったので、こう言ってもいいだろう。
「な!?ななななな!何を言っている貴様!
気でも違ったか!?
あれはあくまで契約であって、誰にも感謝したりされたりするいわれなど…………!!
あぁもう!!」
これ以上語っても余計にドツボにはまるだけだと思ったのか黙りこみ、長い髪で顔を隠すようにそっぽを向くエルギヌス。
「だいたい、私がこうなのに貴様が平然としておるのが気に入らん!!」
「いや、一瞬だったしはじめは何が起こったのかわからなくてな?
驚きの方が勝っちまった」
「フン!向こうの世界で小慣れているだけではないのか!」
「ないない。生まれて始めての体験だしな」
「私でさえこうなのに、貴様のような狼狽え者が初めての経験で落ち着いているなどと、信じられぬな!!」
「やれやれ、俺もこれでなかなか、内心穏やかじゃないんだがな……。
ま、とにかく、これからよろしく頼むぜ相棒」
「…………………ふん」
鼻を鳴らしてそっぽを向いたままだが、目の前にいるのが信頼に足る相手だということはなんとなくわかるさ。
こうして俺は、右も左もわからない異世界で共に嘆き笑う連れ合いを得たのだった。




