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異世界でなんでも斬れる剣を拾った  作者: チラシの裏の汚い妖精さん
一章 駆け出し冒険者編
32/33

第32話 空を見上げて

 

 一人の少女が去った裏路地。

 俺と吸血鬼の間に、そのことについて言葉はない。

 少しの間沈黙が落ちる。


 これからどうなるのか、いやどうするのかを考えていると、吸血鬼はおもむろに口を開き、静かに俺に尋ねた。


「……小僧、貴様は何故それほどまでに生きたいと願う。あの場での貴様の生への足掻きが、確かにこの結果を引き寄せた。それは間違いない。並の人間の命乞いなら私が一度振り上げた拳を下ろすはずもない。あれだけ堂々とした語りだ、ただ死への恐怖からくるだけの命乞いではないだろう」


「は?必死だっただけだっつの。だいたい、人間が生きたいと思うのに、理由が必要なのかよ……?」


 どこか遠い目をした吸血鬼が何を聞きたいのかわからず、俺は鼻白んだ。

 吸血鬼が、まるで雨の中で一人立ち尽くしているような顔で天を仰ぐ。


「奴隷に落ち、意に沿わぬ過酷な労を延々と強いられても同じことが言えるか?延々と同じ日々を続けるだけの人間が、同じ努力をできるだろうか?」


「そりゃ、鉱山とかで痩せ細りながら苦しむ為だけに生きてるなら死にたいと願うのかもしれないけどな。それでも死ねない奴が沢山いるから、奴隷なんてものが成り立つんだろ。人間ってのは多かれ少なかれ誰だってそういう風にできてるはずだ」


 どうしてそんな質問をするのかわからない。

 俺はがりがりと頭を掻いた。

 そして、溜め息と共に頭に浮かんだ言葉を吐き出す。


「……強くなりたかったんだよ」


「ほう」


 月並みな言葉を吐いて、それでも吸血鬼がまだ俺の言葉を待っている気がして、訥々と俺は言った。


「あんたが俺に止めを刺そうとしたとき、エルの奴さ、俺と一緒に死のうとしてただろ」


「ああ」


 吸血鬼の合いの手は短くて、俺は自分が何を言いたいのか段々わからなくなってしまう。

 それでも、言葉を考えた。


「嫌だった。あいつ、俺なんかが主人になっても一緒に旅が出来るのが嬉しいって言ってて。ちょっと服買ってやったら今度は、全然大したもんでもないし俺の都合で買っただけなのに馬鹿みたいに喜んでたみたいでさ。だから俺の盾みたいにあいつが死ぬのは、嫌だったんだ。悔しいとか許せないとか、そんなのより。ただ俺と旅が出来るのが嬉しいって言った奴が、たったの何日だ?一週間?まだそんなぐらいしか一緒に居てないのに、俺と死のうとしてる。それが心の底から嫌だった。どうせ死ぬならそこだけでも変えて死のうと思ったんだよ」


「嫌、か」


 弱った、と言う感じで頭に手を置いて小さく頷く。


「そこだけでもなんとかしたいと思ったら、気付いたら体も動くようになってて、俺が生きてればたぶんあいつも死のうとなんてしないから、そうしたいと思った。で、二度とこんな思いしたくないとも思った。なら、これからも生きていくなら、もっと強くならないと駄目なんじゃないかと思ってさ……で、あんたについていけば、少しは今より強くなれるんじゃないかと……そう思ったんだ」


「そうか」


 見上げた視線を下ろし、吸血鬼は真っ直ぐに俺を見据えた。


「心しておけ。その志が折れた時こそ、貴様の死ぬ時だ」


「そん時もきっと同じように命乞いするぜ?」


「口も開かぬ内に首を跳ねてやるさ」


 薄く笑って言った吸血鬼に、もう威圧感は感じない。


「私に誇りを説いたからには、貴様もその誇りを守ってみせろ」


「そんな大層なもんじゃないって」


 苦笑いすると、手振りで吸血鬼は俺を跪かせ、近寄った。


「血を吸われればその瞬間から貴様は私の奴隷となる。私の下僕となるからには、平穏など無いと思え」


「えーと……週休二日ぐらい頂いてもいいっすか?」


 俺の精一杯のジョークを鼻で笑って、吸血鬼はぷつりとその牙を突き立てた。


「アッシュ・ロロ・レムナントは彼の者を我が眷属に名を連ねる者と認め、迎え入れる。血の契りを以てここに請う。 よ、見届けたまえ」


 首もとに針で刺されるような小さな痛みが走った。


「…………っ!」


 痛みよりもそこから全身に広がるズキズキとした熱が苦しい。

 まるで体の中を内側から作り変えられているような感覚がする。

 思わずその小さな体を無意識に掴もうとした。

 だが、その前に吸血鬼が口を離した。


「……………ぐっ!」


 吸血鬼アッシュはげほげほとむせる。

 俺の肩から離れたアッシュの頬は、紅く染まっていた。

 まるで熱を出しているみたいだ。


「貴様の血……確かに並ではないな。一口飲み下すだけで、まるで脳天に槍でも打ち込まれたようだ。それでいて甘い。蕩けるように甘い」


「……そりゃ、どうも?」

 

 血の味を誉められてもな。君達は良いもの食べてるからカロリー高くて美味しいよ、と言われて喜ぶ家畜が居るだろうか?


「ここまで強いと、もはや劇毒にも近いな。体が受け入れるまでしばらく時間がかかりそうだ」


 少しフラフラしているアッシュを大丈夫か、と眺める。


「辛ければ肩を貸そうか?」


「舐めるな従僕……!餌が強すぎて体が負けるなど、無月以前に吸血鬼として、いや生物としての名折れだ」


「ネズミじゃないんだからそんなこと気にしてもしょうがねーだろ」


 小さな体をひょいと抱き上げた。


「軽いな」


「なっ、離せ下郎!誰が体に触れる事を許した!」


「そういう事はまともに歩けるようになってから言え。いい加減にここを離れないと、マジで人が来るぞ」


 むしろ今まで一人も来ていない事が幸運な部類だ。


「“影”と一戦交えようとした時点であらかじめ人払いの結界を敷いてある。貴様はあっさりと通り抜けてしまったようだがな。分かったら下ろせ」


 恨めしげにこちらを見るアッシュの視線を無視した。


「おい下ろせと言ってるだろ!貴様その耳は飾りか!」


「……あーへいへい、しゃーねーなったく」


 これだけ元気があれば大丈夫か。

 あんまり怒らせると後が怖いしな。

 俺は抱え上げた少女をゆっくり下ろすことにした。


「次に私の意に沿わぬ勝手な行動をすれば、命がないと思え」


「はいはい。せーぜー気をつけますよ」


 しないとは言ってない。


 憮然とした表情で歩き出した小さな背中の後ろに続く。

 やはり少しふらついている感じがするけど、本人が手伝うなと言ってる以上、他にできることもない。


 しばらくは黙って後ろを歩いていたけど、アッシュは放っておいたら何も喋ろうとしなかったので、空気の重さに耐えかねて気になった事を質問してみることにした。


「なあ、あんた……いや、無月って奴らはどうして魔王を殺したいんだ?殺したいのが人間の王だって言うんならまぁわかるぜ?でも魔族同士、仲間なんじゃないのか?」


「貴様には関係ないことだ」


 取り付くしまもない。

 だが、それを聞かないことには俺も手伝うに手伝えねーよ。


「これから自分が挑む難行の意味を知っておきたいってのがそんなにおかしいか?」


「聞いてどうする。たとえ極悪非道な理由だとしても、今更貴様に断る方法などない。貴様が選んだのはそういう道だ。知らない方が身の為だ」


「あのな。悪い事をするんなら尚更、人間には覚悟ってやつがいるんだぜ。知らない内に悪事の片棒担いでたなんて御免だ。悪事を手伝うことよりも、捕まった時に『俺は何も知らずに命令されてやってたんです!』なんて本気で言うのはカッコ悪くてしょうがねえんだよ」


「…………」


 その背中を睨みつけても、アッシュは黙ったままだ。

 これ以上語るつもりはない、とそういう意思表示らしい。

 ……と思ったのだが、どうやら教えるかどうか迷っていたようだ。

 アッシュは短くだが、答えた。


「私が今の魔王に代わって魔王になるためだ」

 

「……お。なるほどなぁ。でもそれって余計に新しい疑問が出来ちまうんだけど」


 はぐらかされたに近い答えだし、本当かどうかもわからない。

 けど確かにアッシュは俺の質問に一つ答えを返した。

 それを収穫にしておこう。

 興味の向くままに色々訪ねたところで、彼女が一々答えてくれるとは、そりゃ思わんしさ。


「……小僧、名をなんと言う」


「紫藤、上杉紫藤だ」


 こんな質疑応答をちびちび繰り返していけば、彼女のこともだんだんわかってくるはずだ。


 敵を知り己を知れば百戦危うからず。


 彼女を相手にそんな余裕かませるとは夢にも思わないけど。

 それでもいつかは彼女を乗り越えなければならない。

 いつかきっと、指切りもしてない小さな約束を果たすために。


 これからどんな日常が待ち受けているのかを思って、俺は青い空を仰いだ。



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