第13話 お前の炎は何色だ
「これは……服ではないか!」
エルの手に握られたのは、さっきの店で買った魔術師が着るようなフードつきのローブだ。
質素な作りのどうってことない品だが、首元のとこにちっちゃいリボンが付いているのが少しだけ可愛いげがある。
贈る対象を聞いた店主からの「オ・ス・ス・メ♡」だそうだ。
まぁ魔法好きの姪の少女が欲しがっていたことになってるが。
「はい正解。
とても賢い正解者の皆様には報酬として異世界の空気が送られます」
すかさずいつものおちょくり合戦を始めたのだが、乗ってきて貰えないので寂しい。
やけに静かに服を見ているな、もしかしてよっぽどセンスに合わない品だったのか?と思ったら、やっと口を開いた。
「…………なんのつもりだ。
自分の女に贈るのでもあるまいし、ただの剣にこんなものを贈りつけて」
え。何のつもりだと言われても。
「は?いや、だから言っただろ?
お前が見える範囲に普段からいる方が俺も安心アンコールワットなんだっつの。
助けが必要になっても一旦隠れて呼び出さないといけないんじゃ、そりゃもう不安で不眠症になっちまうぜ。
ほら俺って見た目通り繊細だから」
「……………………」
「あ、あの、エルさん?
さすがに放置プレイはこんな私でも心にくるものがあるので、できれば反応して欲しいかなーなんて思ってたりするんですが……」
芳しい反応はない。
エルは黙ったまま何故か、俺の渡したローブを胸の前で締め殺さんばかりに握りしめている。
それはもう、殺意の波動を感じる締め方だ。
ローブ様が俺の身代わりになってくれている錯覚さえ覚える。
いやぁ買って良かった……。
わけねぇだろ畜生あの店主め!
なんだこの反応は予想外過ぎる嫌われ方してんじゃねーか!
何が「絶対に姪子さん喜ぶワ♡」だ!
これ怒ってますよ絶対!
俺のセンスがないの露見しちまったじゃないの!
いや待て、そんなことより今考えるべきはどうやってエルの機嫌を直すかだ。
たとえ打算的と言われようとも、本気で主人を変えたいと思われるのは阻止しなければ!
何のチートもなしで俺みたいな糞雑魚ナメクジが魔物とかひしめく世界を生きていける気がしねえ、野垂れ死ぬ!
「え、エルさんエルさん?
いくら締め落としてもその子は殺せないよ?
罪はそのローブじゃなくて俺と店主にあるのを潔く認めるから機嫌直そ?ね?
お、お詫びに好きな服買ってあげるから。
それで腹の虫が収まらなかったらあの店主締め殺していいから。俺が許してもどうにもならんので神様に頼んでやるから」
「……いい。わかった。
わかったから少し待て。黙れ」
「ハイサーセン」
エルはこちらの焦りからくる暴走をなだめるように左手を開いて差し出すと同時に、まるでブチギレ過ぎて一周回ったアへ顔を隠すようにローブをもったままの右手で頭を抱えた。
(やばいなコレ結構ガチな奴だぞ?
だって既に顔も見たくないジェスチャーされてるもの。
それともアレはナニか?
もしかして匂いを嗅いでいるのか?
殺害対象の匂いを覚えているとか……犬じゃないんだから流石にそれはないだろちょっと落ち着きたまえ俺!
……しかしあのローブから何か決定的に嫌な匂いを感じるとかはあり得るのかもしれない。
あの店主め、自分の店の商品への愛のあまりにワキから出るフェロモンとか塗りたくったりしてねーだろな!?
飛躍し過ぎなのはわかってるが想像すると俺まであの店の服を脱ぎ捨てたくなる人体の不思議……)
俺の思考が銀河の果てまで走り出して織姫さまに挨拶を始めそうなところまできていると、ようやくエルギヌス大先生からのお声がかかった。
「と、とりあえず……着る。
着てみるから向こうを向いていろ。
よしと言うまで」
「アザーっす!!
マジ感謝でリスペクトっす!!
何年でも壁を見てます!!」
並みの忠犬より速かった気がするスピードで後ろを向く。
いくら嫌いでも全否定は良くないと感じられたのか、エル様は貢ぎ物をお召しになって下さるらしい。大変畏れ多い寿命が縮む。
しかしローブなので上から被って首と袖を通すだけなのだが、何故俺は後ろを向かされたのだろう?
不意討ちで頸椎を狩られたりはしないと信じたい。
緊張のあまり、背筋に嫌な冷や汗がますます増える。
「いいぞ」
いいと言われたので元の方向に向き直る。
向き直っていいのかどうかすら悩んだが、生存本能が神経パルスと同じスピードで即決した。
そこにはローブを纏い、何故かわざわざフードまできっちり被ったエルの姿がある。
今の俺にはその小さなシルエットが、魔王のように見えるが。黒王様かな?
「………どうだ?」
……ど、どう、とは?
という疑問が浮かぶが、やはりこれは似合っているかどうかを聞かれているんだろう。
もちろん似合っている。
騎士が泣いて逃げ出すぐらいにはよくお似合いだが、かといってそれを正直に伝えてよいものなのか?
嫌いな服が似合っていると言われるのはどうなんだ?似合ってないよりはましかもしれないがどうしても良いイメージの評価だと思えない。
かといって似合わないというのもどうだ?それってただの直球な批判じゃね?
今の超ギザギザなチキンハートと化した俺に彼女を批判する勇気は欠片もない。
ご機嫌を取れるならなんでもする。
町内を裸で一周だって出来そうな気分だ。
だがしかし!
ここは正解の選択肢を選ばなければ、いくら町内を裸で走り回って警察に捕まっても意味がないのだ!
うぉおおお、だれか俺に正解を教えてくれぇええ!!
「やっぱり似合ってないか?」
「いやそんなことないっす超似合ってますめちゃんこイケてるっす!!」
威圧に負けて反射的に答えちまったァアァア!!
「…………そ、そうか……」
どこか戸惑っているような声が返ってきた。
ど、どうなんだこれは!?
俺は正解を選べたのか?
それともこれから起こる爆発の嵐の前の静けさなのか?
わからん!!
もういっそ死なせてくれ!
俺の胃腸を楽にしてやってくれ!!
「あの、マスター」
なんだ?
お前はまだ俺をマスターと呼んでくれるのか?
と阿良々木くんが似たような事を言っていた気持ちが今の俺にはわかった。
「あ、…………ありが、とう……」
「え?」
な、なんだ?礼を言われたぞ何が起こった?
何処で毒が裏返った?
それとも裏返ったというのは俺の勘違いでこれは殺害予告か何かなのか?
アリーヴェデルチ的な決め台詞なのか?
「大事に、する……」
「お、おう……」
なんでそんなぶっきらぼうに「おう」とか返しちゃってんだ俺は馬鹿か!?ソル・バッドガイにでもなったつもりか?ぶっきらぼうに投げるなのか!?即死技でデストローイされとけもういっそ!!
とはいえ生存本能的には、恐ろしい危機は乗りきった予感がする。
というか何か決定的致命的な勘違いを犯していた気がしてならない。
俺はどこから、そして何を間違っていたのだろう?
教えてください、それだけが僕の望みです。
「なぁ、エル」
「な、なんだ……」
「折角だからちょっと顔を見せて貰っていい?」
実際のところ喜んでるのかやっぱり浮かべられてるのか、それが知りたかった。
知って楽になりたかった。
なのでずっとうつむいていたエルの顔を、しゃがみこんでそっと覗き込もうとする。
勇気を振り絞ってゆっくり覗きこんで、ようやくその顔が見えようかというその瞬間。
「――――ッ!!」
(……………………………………………………………か――顔を背けられたァッッ――!!)
その瞬間、俺に電流走る。
やっと表情を確認できると思った途端にそっぽを向かれた。
その時のおれにはもう、回り込んで確かめる強靭な精神力は残されていなかった。
フラフラと立ち上がり、後退りする。
うん。やっぱ怒ってるわコレ。




