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婚約破棄は全国同時生配信でした~公開処刑のはずが、処刑されたのは王子の名声でした~  作者: カルラ


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第一章 全国生配信の婚約破棄

王都に、これほど眩い夜はない。

私、セリーヌ・フォン・アシュクロフトは、大広間の隅で静かに立っていた。

シャンデリアの灯りが大理石の床に反射している。

楽団の調べが高く低く響いている。

今宵は特別な一夜だった。

学院卒業を祝う舞踏会であり、同時に王太子レオン様との婚約が正式に発表される日でもある。

会場の中央には、王家に代々伝わる魔道具「王家の鏡」が据えられている。

これが起動すれば、映像は瞬く間に全国の魔導スクリーンへと届く。

酒場でも、広場でも、各家庭の居間でも。

国民は当然のようにそれを眺め、笑い、時に涙を流す。

魔法によって、誰もが簡単な言葉を画面へ送ることもできる。

賛辞も罵倒も、等しく流れていく。

それが、この国に根付いた生配信という文化だった。

私が物心つく前から、この制度は存在していた。

国王陛下が即位と同時に始めた「国民に開かれた王室」という理想の産物だと聞いている。

王族の慶事も、外交も、時には失態でさえも、隠すことなく全国へ映し出される。

その透明性こそが、この国の誇りだと教えられて育った。

もっとも、映し出される側の心情までは、誰も配慮してくれない。

今夜のように、良い知らせだけが流れるとは限らないのだと、後になって思い知ることになる。

レオン様との婚約は、私が十歳の頃に両家の間で決まったものだった。

恋愛の末に選ばれた関係ではない。

公爵家と王家、それぞれの利害が一致した結果に過ぎない。

それでも、婚約者として顔を合わせるたびに、私なりに歩み寄る努力はしてきたつもりだ。

剣術の稽古を見学しては褒め、政務に疲れた様子を見せれば労いの言葉をかける。

恋心と呼べるものかは分からないが、少なくとも私は、この人と国を支えていくのだと覚悟を決めていた。

その覚悟が、今夜、正式な形として結実するはずだった。

隣に控える侍女のリズが、そわそわと落ち着かない様子を見せる。

 

「セリーヌ様、いよいよですね」

 

「ええ」

 

短く答えながら、私は会場を見渡す。

貴族たちの視線が、これから起こることを待ちわびるように輝いている。

今夜、私とレオン様の婚約が、全国へ向けて正式に発表される予定だった。

幼い頃から王妃教育を受けてきた身として、この瞬間のために積み重ねてきた年月は決して短くない。

礼儀作法も、法律の知識も、会計の技術も、外交の駆け引きも、すべてこの日のために磨いてきたつもりだ。

それでも、胸の奥にはわずかな緊張が残っている。

表情には出さない。

出してはいけないと、幼い頃から叩き込まれてきたからだ。

国民からの私への評価は、決して温かいものではない。

 

「完璧すぎて怖い」

 

そう陰口を叩かれていることを、私は知っている。

 

「冷たい女」

 

そんな声も届いている。

けれど、感情を表に出さないことは、公爵令嬢としての務めだと思っている。

王妃になる者が、些細なことで揺らいでは民が不安になる。

だから私は、いつも通り静かに微笑むだけだった。

微笑みの下に何を隠しているかなど、誰も知る必要はない。

会場の奥には、父であるアシュクロフト公爵の姿も見える。

厳格な父は、こちらへ視線を向けることもなく、静かに佇んでいる。

それでも、時折こちらを見る眼差しに、確かな愛情を感じ取ることができる。

公爵家を背負う立場ゆえに、人前で娘を甘やかすことはしない人だ。

母代わりとして私を導いてくれた王妃マリア様も、少し離れた場所で微笑んでいる。

マリア様はレオン様を溺愛していると聞くが、私に対しても常に公平に接してくださる、数少ない人だった。

会場の反対側には、神殿所属の聖女アリア・フェルミナ様の姿もあった。

彼女は今日も多くの貴族に囲まれ、柔らかな笑みを振りまいている。

 

「天使みたい」

 

「癒やされる」

 

「未来の王妃はあの方かもしれない」

 

国民の間では、そんな声すら囁かれていることを、私は知っていた。

けれど嫉妬という感情を、私はあまり理解できずにいる。

比較すること自体に、あまり意味を感じないからだ。

神殿の人気聖女と、堅苦しい公爵令嬢では、そもそも民衆に求められる役割が違う。

そう割り切って、これまで彼女とも表面上は穏やかに接してきたつもりだった。

楽団の演奏が一区切りつき、給仕たちが慌ただしく動き始める。

いよいよ式次第が本題へと移る合図だ。

騎士団長のアルフレッド様が、会場の隅で油断なく周囲を見張っている。

無口な彼だが、その視線の鋭さだけは誰よりも信頼できる。

魔導配信技師のノア様も、鏡の傍らで機材を調整している。

放送は絶対に止められません、が口癖の彼は、今夜も淡々と己の仕事をこなしていた。

やがて、王家の鏡が淡い光を放ち始める。

起動の合図だ。

広間の空気が、一段と張り詰める。

遠く離れた酒場や広場でも、同じ光景が映し出されているはずだった。

パン屋のおばさんも、酒場のおじさんも、受験勉強中の学生も、きっと今頃は画面の前に集まっている。

コメント欄には、早くも祝福の言葉が並び始める。

 

「お似合い!」

 

「王太子様かっこいい!」

 

「セリーヌ様綺麗!」

 

そんな文字が、光の粒となって画面を流れていく様子が、脳裏に浮かんでくる。

国王陛下が壇上に立ち、静かに口を開く。

形式ばった挨拶が続く。

学院を卒業した若者たちへの祝辞。

そして、王太子の婚約についての言及へと話が移っていく。

私はレオン様の隣で、いつも通りの微笑みを崩さずにいた。

彼の横顔を、そっと盗み見る。

少し落ち着かない様子だが、それもいつものことだと思っていた。

おだてられることに慣れ、注目されることを好む人だと、これまでの婚約期間で分かっていたつもりだった。

しかし。

その時だった。

レオン様が、突然立ち上がる。

椅子が音を立てて後ろに倒れる。

会場中の視線が、一斉に彼へと集まる。

私も、驚きを表には出さないまま、静かに彼を見上げた。

 

「セリーヌ・フォン・アシュクロフト!私はお前との婚約を破棄する!」

 

その声は、広間だけでなく、全国の魔導スクリーンにも響き渡ったはずだ。

一瞬、時が止まったように感じられる。

誰も声を出せずにいる。

楽団の音も、いつの間にか止まっている。

私自身、内心では激しく動揺していた。

けれど、顔には出さない。

出してはいけない。

この瞬間もまた、全国が見つめる配信の一部だからだ。

心臓が早鐘のように打つのを感じながらも、背筋だけは伸ばしたままでいる。

会場が、大きなざわめきに包まれる。

貴族たちが互いに顔を見合わせている。

国王陛下でさえ、驚きを隠せない様子で腰を浮かしかけている。

王妃マリア様の顔からも、みるみる血の気が引いていくのが見えた。

近くにいた宰相グレゴール様だけが、この騒ぎの中でも表情を変えず、静かに成り行きを見守っている。

その落ち着きぶりが、今の私には妙に引っかかった。

そこへ、涙ながらに一人の少女が進み出る。

アリア様だった。

白い衣装が、シャンデリアの光を受けて眩しく輝いて見える。

 

「セリーヌ様は……私を何度もいじめました……」

 

震える声で、そう訴える。

その言葉に、会場の空気が一変する。

先ほどまでの祝福ムードが、嘘のように消え去っていく。

全国のコメント欄も、きっと同じように移り変わっているに違いない。

 

「最低」

 

「悪役令嬢だったか」

 

「聖女様かわいそう」

 

そんな言葉が、光の粒となって全国のスクリーンを埋め尽くしていく光景が、目に浮かぶようだった。

胸の奥が、締め付けられるように痛む。

身に覚えのない罪を、こうも堂々と告げられる恐ろしさを、初めて知った気がする。

けれど私は、叫ばない。

取り乱しもしない。

感情のままに反論すれば、それこそ相手の思う壺だと知っているからだ。

幼い頃から叩き込まれてきた教えが、今この瞬間、静かに私を支えている。

リズが、隣で今にも泣き出しそうな顔をしている。

 

「セリーヌ様……そんな……」

 

「大丈夫よ」

 

小さくそう返しながら、私は一度、深く息を吸う。

周囲のざわめきが、少しずつ遠くに聞こえ始める。

不思議なほど、頭の芯だけは冷えていく。

感情を切り離し、事実だけを見つめる。

それが、私の唯一の武器だと知っているからだ。

そして、静かに一言だけ告げる。

 

「証拠はございますか?」

 

会場が、しんと静まり返る。

誰もが、私の反応を予想していなかったのだろう。

泣き崩れることも、怒り狂うことも、必死に弁明することもない。

ただ、事実だけを問う。

それが、私という人間のやり方だった。

レオン様は、一瞬戸惑ったような表情を見せる。

けれどすぐに、余裕を取り戻したように笑う。

 

「証人はいくらでもいる」

 

その言葉を聞いた瞬間、私は確信する。

これは、単なる感情のもつれなどではない。

誰かが、意図的に仕組んだ何かが、この裏には潜んでいる。

けれど今は、それを口にする時ではない。

ただ静かに、レオン様を見つめ返す。

会場を包む沈黙の中、私だけが冷静さを保っていた。

全国の視聴者たちが、固唾を呑んでこの光景を見守っているはずだ。

私を信じる者は、おそらくほとんどいない。

それでも構わないと、心のどこかで思う。

真実というものは、声の大きさでは決まらない。

一つひとつの事実を積み重ねた先にしか、辿り着けないものだから。

十歳の頃からの婚約が、たった一言で崩れ去った。

悲しみがないと言えば、嘘になる。

それでも今、優先すべきは嘆くことではない。

何が起きているのかを、正確に見極めることだ。

幸い、私には記憶力という武器がある。

今夜この場で交わされた言葉、表情、視線の一つひとつを、私はすべて覚えているつもりだった。

それらはいずれ、真実を照らす手掛かりになるはずだ。

全国が見つめる中、婚約破棄という名の舞台が、今、静かに幕を開けたのだった。








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