第1話「実績解除【赤】」
深夜0時15分。
ワンルームの静寂の中で、手元のスマホだけが不規則な発光を繰り返している。
画面には、カレンダーアプリ。
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【青】久美子(週1〜2回)
【赤】真子(週1〜3回)
【黄】明日菜(不定期)
【緑】里香(不定期)
【紫】真冬(不定期)
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その他、様々な色が散らばっている。
22歳の新社会人の俺が手にしたのは、社会で活躍するSEでは無く、『女という名の変数をいかに処理するか』という終わりのないデバッグゲームだった。
複数のLINE通知が同時に届く。
<久美子:直樹くん、明日のお弁当どうする?>
<真子:あのシリーズの最新作発売!プロモムービー一緒見ん?>
俺は、既読をつける順番やタイミングを計算する。
「……効率化はできているのに、何で満足できないんだろうか。」
すべては、あの「入社二日目」から始まったんだ。
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10月の内定式で、『僕』の隣に座ったのは、古見久美子だった。
黒髪のミディアムヘアで、少しぽっちゃりとした、健康的な安心感を与える女子。
派手さはないが、清潔感があった。
「あの、佐藤くん……だよね?今日はよろしく……オリエン前まで少し話さない?」
久美子のぎこちない誘いに、僕はものすごく緊張した。
これまで女性経験は無く、彼女は出来たことが無い、ただの童貞だ。
それなのに僕は勝手に『外見は45点、親しみやすさは90点、競争率低そう。』という失礼なことを考えてしまった。
無意識に女性にそういうことを考えてしまうことが、未だに卒業出来ていない理由だというのは自覚している。
「古見さんだよね。心細かったから、声かけてくれてありがとう。今日のペアでのオリエンテーションよろしくね。」
そう同意しながら、内心緊張で汗をかいていた。
女性と2人で何かをする経験に乏しかった僕だが、開始前に久美子と話をしたことで概ね円滑に進んだ。
「なんだか落ち着いてるね。もしかして理系?私文系だから、SIerって場違いじゃないか不安で…」
そう言いながら自嘲気味に久美子は笑った。
「理系っていうか情報系かな。でも文系出身の先輩多いみたいだし、大丈夫だよ。」
「ありがとう!佐藤君優しいね!」
そう言って笑う久美子に、俺は『ひょっとして俺のこと好きなのでは?』と見当違いなことを考えていた。
オリエンを無事終えた僕と彼女は、内定者懇親会の場へと向かった。
懇親会でも彼女と会話を重ね、そこで僕たちは共通の趣味が、アメリカの映画製作会社の作品であることを知った。
「えっ、あの映画好きなの!?私、男の人と話が合わなくて……」
と、顔を赤らめて喜ぶ彼女を見て、僕はその時思った。
容姿は全く好みじゃ無いが、彼女なら、僕の初めての相手になってくれるのではないだろうか、と。
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入社を控えた12月、その日はクリスマスイブだった。
内定者懇親会の後、連絡先を好感した僕たちは、クリスマスイブに好きな映画のリメイク作品を見に行く約束をした。
勿論、デートのようなものをしたことが無かったので、研究室の友人に聞きながらプランを練っている。
久美子も男と過ごすクリスマスは初めてだと言っていて、僕は期待に胸が膨らんだ。
その日が来るまで、何度も何度もカレンダーアプリに入れたその予定を眺めていた。
前日の夜から緊張していたが、無事に2人で映画を見て、レストランで食事をして、イルミネーションを見た。
久美子も終始笑顔だったが、僕はいまいち恥ずかしくなり、その日はイルミネーションを見て帰路に着いた。
家に着くと、<今日は楽しかった!ありがとう!>というメッセージと共に、2人で取ったイルミネーションの写真が送られてきており、僕は「これもう彼女だろ!」と喜びに浸っていた。
この時の僕は、まだ純粋で純真な男だった。
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卒業式も恙なく終わり、入社まであと2日と迫った3月30日。
会社へ電車一本で行けるように引っ越したばかりの僕の部屋。
久美子が遊びに来るため、僕は手料理を振る舞い、そのまま告白して正式に付き合うことになった。
そして、その夜の雰囲気は最高だった。
照明を落とし、シーツからは柔軟剤の匂い。
「……実は……初めてだから。……上手くできなかったらごめんね。」
顔を真っ赤にした久美子の告白に、僕は「うん、分かった。教えてくれてありがとう。」と、出来るだけの虚勢を張った。
ネットと動画での事前知識は完璧。
いつか来る日のため、シミュレーションは枕を使って、自分自身を慰めるたびに繰り返した。
しかし、僕たちは上手くいかなかった。
僕たちの緊張か、それとも僕も久美子も初めてだからか。
いざとなると、シミュレーション通りにいかない。
物理的な接触は、想像していたものとは全く違った。
結局、その夜、僕たちは互いに「ごめん」と謝り合い、服を着直して、軽いキスだけして眠りについた。
「……慣れてないからだよね。次は、私もっと頑張るから……」
そうやって優しく笑う久美子の顔が、僕の心にとげのように刺さった。
その夜、僕は最低ながら「出来ると思ったのに、面倒だな。」と思ってしまった。
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3月31日、入社前日の飲み会では、上京組の一部を含めた同期10人が集まった。
アルコールの勢いで、誰かが「直樹と久美子、デキてるんだろ?」と茶化した。
「まあ、昨日から付き合ってるよ。」
そう言って僕は承認欲求に負けて、久美子と付き合っていることを認めてしまった。
それに沸き立つ同期たち。
「おいおい、入社前から社内恋愛かよ!」
「もう済ませたのか?どうなんだよ!」
執拗な問い、善意の祝福、少しの好奇の視線、その時の僕は、それらに居心地の良さや優越感を感じてた。
飲み会が終わると「あとは若い2人に任せて……」なんて揶揄われるのも、どこか優越感を感じだ。
久美子はそのまま僕の家に来て、そのまま再度トライした。
しかし、結果は同じだった。
「ごめんね……やっぱりまだ怖いし……痛くって……」
顔を赤くして涙を浮かべる久美子を見て、僕はかける言葉が見つからず、天井を見上げ冷や汗を拭った。
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入社式を終え、翌日から本格的に研修がスタートした。
僕は久美子とは別の班になり、僕の隣には小松真子という名の女性が座った。
内定者が集まるイベントや飲み会への参加が乏しく、ほぼ初対面の状態だった。
茶髪のロングヘアを後ろで束ねたタヌキ顔、色白でスレンダー、服の上からでも華奢さが分かり、胸もお尻もとても慎ましい。
ぽっちゃりの久美子とは対極にある、危うい無防備さを纏った女性だ。
「ねー、佐藤くん佐藤くん、ここ、どういう意味?全然わかんない。」
真子の距離感はかなりバグっていて、研修中なのに肩が触れ、甘い香水の匂いが鼻を突く。
外見は95点、親しみやすさは95点、競争率は高そうだ。
真子は俺が質問に答えられると分かると、分からないところは全て聞いてくるようになった。
自分の好みど真ん中の女性に頼られるのは、自己肯定感を堪らなく満たしてくれた。
そして質問の間に、普通の会話も挟まり、真子とも一部の趣味が被っていることが分かった。
「えー!あのゲーム好きなの?じゃあ今夜、家行っていい?一緒にしよ!」
今日は週末ということで、久美子の顔が一瞬ちらついたが、同期との交流だという理由で上書きした。
久美子には<班員で飲むことになったから、ごめん!>と雑なメッセージを送った。
久美子から<残念だけど、分かった!また来週ね!>とメッセージが来たのを確認し、僕はそれを未読のままにした。
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深夜2時。
僕の部屋のベッドには、真子がいた。
ゲームに飽きた彼女が、「隣駅だけど帰るのめんどい……。明日休みだし、ここで寝ていい?」と言い出した時、僕の理性は一瞬でログアウトした。
あれほど久美子と苦労したのが嘘のように。
一切の準備も、分析も、気遣いもなかったのに、すべてがあっさりと成功した。
真子の身体は僕の欲望をかなえてくれ、暖かく包み込んでくれた。
猛る僕をいろいろな部位で興奮させ、僕の拙い手や唇での愛撫で嬌声を上げ、そのまま全てを受け入れてくれた。
事が1度終わっても満たされない僕の欲望を、真子は快感の塊に変えてしまったのだ。
そこに愛情や責任は存在しなかった。
「……直樹、経験少なそうなのに、意外とすごかったねー!」
隣で無造作にけらけらと笑う真子を見て、僕の中で何かが音を立てて壊れた。
いや、最適化されたのかもしれない。
低コスト・低リターンで、努力してもダメだった久美子より、準備なしで成功した真子の方がいいのではないか。
その時、枕元でスマホが光り、久美子からの長文LINEが見える。
<もう飲み会終わってるかな?飲み過ぎてもう寝ちゃった?早く直樹くんに会いたいな……。次は、絶対うまくいくよ!>
その通知を指で払い、やはり既読をつけずにスマホを伏せた。
「……返信は後でいいか。」
『不誠実』、『クズ』、そんな言葉が頭を過ぎる。
けれどそれは必要悪なんじゃないか、と『俺』は思った。
これは、より効率的に進むためにアップデートした変化だ。
隣では、裸の真子が眠そうに目を擦り、欠伸をしている。
ふと、窓の外を見ると、東京の夜明けが白く、冷たく始まろうとしていた。




