第1話 レンズ越しの恋心
好きなのに。こんなにも、好きなのに。
想いが告げられない。
今日も出社後、昨日定時後に配送された郵便物を、社員達に届けて回る。
「おはようございます」
そう、にっこりと笑みを浮かべながら。
私は、山岸まどか。この会社の企画室の庶務を担当している。
本当は、総務部での採用になるはずだったのだけど、面接の際に、丁度その場に居合わせた企画室長が、私の経歴を見て、ぜひにと庶務を任されることになった。
高校、短大の間、読者モデルをやっていたのが、彼の興味を引いたようだった。
私としては、バイトの代わりのつもりだったのだけど、男性には物珍しい経歴だったのかもしれない。
そして私の少しばかり派手な外見は、よくこの会社を訪れる外国人のお客様にも受けるだろうからと。そんな、女として情けないような、腹立たしいような理由で採用されてから、早四年。
私も段々と今の環境に慣れ、そして自分の容貌を上手く利用しつつ、社会人として何とかやっているところだった。
「おはようございます、石橋さん」
そう言いながら、一昔前のサーファーばりの茶髪の男性の前に、いくつかの手紙を置いた。
「おはよー、まどか。今日も変わらず別嬪だね!」
別嬪って……私は引き攣った笑みを浮かべて、その場を立ち去ろうとしたけど、その私の腕を石橋さんが掴んだ。
「なあ、毎日言ってるけど。まだ俺と付き合う気になんない?」
見た目チャラ男、中身もチャラ男の石橋さんは、どうも私に気があるらしく、ことあるごとに言い寄ってくる。
でも、はっきり言って、好みじゃない。私はチャラチャラしてだらしない男は嫌。それに、許可もなしに、名前を呼び捨てにされたら、正直面白くない。
石橋さんは、話せば楽しい人かもしれないけど、仕事ちゃんとやってないもの。時折社内で見かけても、誰かとおしゃべりばっかり。会議でも、理屈ばっかりで、結果を出さない。口先男の相手なんて、ごめんこうむる。
「何よ朝から。離してよ」
「何でだよ、俺のどこがダメ? 言ってよ、直すように努力するし」
あんたの全てが嫌なのよ。
そう言いたいのを、ぐっと我慢して、私は手にした郵便物を彼に見せた。
「仕事の途中なの。邪魔しないでくれる?」
そう言うと、渋々ながらも手を離してくれた。やれやれ。
そして、ふて腐れたようにパソコンを立ち上げる石橋さんの隣……私の席の真後ろに当たるんだけど。
そこに、真っ黒い髪で、黒縁眼鏡を掛けて。もう仕事を始めている男性が座っていた。
彼と石橋さんと私は同期。といっても、短大卒の私と、四大卒の彼らとは年齢が違うけど。
カチャカチャと無言でキーボードを操る彼の前に、邪魔にならないようにそっと郵便物を置いた。
「おはようございます、不破さん」
私が小さく声を掛けると、不破さんは、ぴくりとキーボードを打っていた手を止め、パソコンの画面から目を離さないままに軽く頭を下げてくれた。
「おいおいおい、まどかが挨拶してるっつーのによ、おはようの一言も無しかよー!」
そう隣で石橋さんが大きな声を上げて、私は眉を寄せてそれを止めた。
「やめてよ、ちゃんと頭を下げてくれたじゃない。それでいいのよ!」
「んだよ、不破、お前社会人としての常識がなってないっての! 何だよ、ったく。朝からお前の陰湿なツラ見てると、腹立ってくんなー!!」
ばん、とファイルを机に叩き付けた石橋さんは、そのまま立ち上がってどこかに言ってしまった。
全く、社会人としての常識がないのはアンタだっつーの。
馴れ馴れしく人の名前を呼び捨てにしたり、不愉快極まりない暴言を吐いたり。挙句に仕事もロクに出来ない男が、よくもまあそんなことをずうずうしくも言えるものだ。
私はムカついて仕方ないけど、でも一番今、嫌な思いをしているのは不破さんだし。小さく溜息をついて、未だパソコンの画面から目を離さない彼を覗き込んだ。
「あの、あんまり気にしない方がいいよ?」
そう言うと、不破さんはやっぱり私には目を向けず……だけど、小さく頷いた。そして、また、キーボードをカチャカチャと打ち始める。
私はその後姿をしばらく眺め、口元に笑みを浮かべるのを押さえられなかった。
だって、耳が真っ赤になってた。
不破さんは、長めの髪で分厚い瓶底眼鏡を掛けていて、誰とも仲良く会話しないから、暗くて陰湿だと思われているけど。
でも、違う。
本当は、メチャクチャ照れ屋なだけ。それを、私は知っている。
今日も、朝からいいもの見れた。不破さんの照れた後姿。それだけで充分、一日の活力になる。
私は、不破直人さんに、恋してる。




