パーティー会場にて
馬車に揺られること数十分。
私たちは、今夜の舞台となる王城へと到着した。
大広間の扉が開かれた瞬間、ムワッとした熱気と共に、今までで一番強烈な『あの臭い』が押し寄せてきた。
(うっ、吐きそう……)
私は眉間の皺を必死に隠し、殿下の腕に手を添えて会場へ入った。
煌びやかなシャンデリアの下、貴族たちがひしめき合っている。
そこはまさに、人工美の極致だった。
誰も彼もが仮面のように厚い化粧を施し、お互いの『美しさ』を褒め称え合っている。
着飾った上流階級の集団……確かに美しい。
私のような庶民には、まずお目に掛かれない光景だ。
しかし、目からの視覚情報よりも、鼻からの嗅覚情報の方が強烈なため、嫌悪感が遥かに勝っていた。
「――あら、殿下! お待ちしておりましたわ!」
人混みを割って、凄まじい存在感を放つ女性が近づいてきた。
公爵令嬢のエリザだ。
彼女は今夜のために、最高級の『ネマのハイライト』を塗りたくったらしく、歩くたびにキラキラと鱗粉のような粉を撒き散らしている。
まさに『ネマブランドのマネキン』と化した造形美は、一際異彩を……いや、この場では美しさを放っていた。
やり過ぎにも見えるが、彼女がここまでネマに心酔するのには理由がある。
エリザは元々、それほど目立つ容姿ではなかった。
以前は美容に大金をかけても効果が出ず、『地味な公爵令嬢』と陰口を叩かれて、コンプレックスを抱いていたのだそうだ。
そんな彼女にとって、塗るだけで絶世の美女になれるネマの化粧品は、まさに救世主だった。
エリザの肌や顔立ちと、化粧品の相性も良かったのだろう。
公爵の財力にモノを言わせて、高級品を買い漁り、最もネマの化粧品に精通した女性になった。
その効果は絶大で、彼女は初めて『美しい』と持て囃され、多くの女性からの羨望を集め、多くの男性から求愛されるようになった。
だからこそ彼女は、ネマを神のように崇拝し、逆に化粧品を使わない私を『美を放棄した愚か者』として心底見下しているのだ。
「見てくださいませ、この輝き! 今夜の私は、誰にも負けない美しさを手に入れましたのよ!」
会場中の男性たちが、恍惚の表情でエリザを見ていた。
「ああ、エリザ嬢の美しさは国宝級だ」
「なんて綺麗なんだ……胸のドキドキが止まない」
そんな賞賛の中、エリザが王子にしなだれかかる。
「ああっ……やっぱり、シルアレク王子が本命なんだな……」
「くぅ! なんて羨ましい」
シルアレク殿下は、男たちからの嫉妬と羨望の眼差しを一身に受けていた。
視線が集まる中で、殿下はエリザにニコリと微笑み、しかし冷然と言い放った。
「エリザ嬢……僕は今、世界で一番美しい女性をエスコートしている最中なんだ。邪魔をしないでくれるかな?」
「はぇ……?」
エリザがポカンと口を開けた。
何を言われたのか理解出来ない様子で、呆然としている。
「うわぁ、王子も物好きだな。あんな地味な聖女より、エリザ嬢の方がどう見ても魅力的だろうに……」
周囲の声で、『殿下に拒絶された』と気づいたらしく、エリザは敵意剥き出しの表情で私を睨んできた。
(あーあ……そんな顔をしては、せっかくの化粧顔が台無しだ)
その時だ。
「皆様! お待ちかねの時間がやってまいりました!」
司会者の高らかな声が響き渡った。
会場の照明が落とされ、天井に設置された巨大な魔導装置が唸りを上げる。
「ネマ様からの贈り物! 『祝福の美容ミスト』の散布です! これを浴びれば、貴女の美しさは永遠のものとなるでしょう!」
シュゴオオオオッ!
装置から、ピンク色の霧が一斉に噴き出した。
「きゃあああ! ネマ様の新作よ!」
「美の女神から贈り物!」
女性たちは恍惚の表情で両手を広げ、ミストを全身に浴びようとする。
だが、私の感覚は警鐘を鳴らしていた。
(……何これ。今までで一番臭い)
腐敗臭が凝縮されたような、生理的な嫌悪感。
本能が告げている。これを浴びてはいけない……と。
「……殿下、失礼します」
私は反射的に右手を少しだけ掲げて、自分と殿下の周囲にだけ、透明な聖魔法の障壁を展開する。
ミストが障壁に弾かれ、私たちの周りだけ霧が避けていく。
周囲の熱狂とは裏腹に、私の背筋には冷たいものが走っていた。
この悪臭の正体が何であれ、これだけの量を浴びて、ただで済むはずがない。
狂乱の宴。
誰も、これから起こる悲劇になど気づいていなかった。
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