王子とパーティーへ
夕刻……。
神殿での勤めを終えて外に出ると、街の空気はさらに淀んでいた。
今夜のパーティーに向けて、貴族たちが最後の仕上げとばかりに『ネマの香水』を浴び直したのか、夕焼けの空まで心なしかピンク色に霞んで見える。
(うう、鼻が曲がりそう……)
私がハンカチで鼻を押さえながら門の前に立っていると、石畳の向こうから豪奢な馬車がやってきた。
王家の紋章が刻まれた、白亜の馬車だ。
その馬車が止まると、御者が扉を開けた。
そこから颯爽と降り立ったのは、この国の第二王子、シルアレク殿下だった。
夕日を浴びて輝く金髪に、海のように深い青い瞳。
彼はまさに絵本から飛び出してきたような『理想の王子様』そのものだった。
「キャーッ! シルアレク殿下よ!」
「なんて素敵なの……!」
通りかかった厚化粧の女性たちが色めき立つが……シルアレク殿下は、彼女たちを無視して一直線に私の方へと歩いてくると、満面の笑みを浮かべた。
「ラフィナ! 待たせてすまなかったね!」
その笑顔は、背後に花が咲き乱れる幻覚が見えるほどに眩しい。
その様子を見た周囲の男性たちは、信じられないものを見るような目で、私を見ている。
「おいおい、殿下は正気か? あんな地味な女のどこがいいんだ?」
そんな陰口が聞こえてくるが、殿下はお構いなしに、私の手を取ってうっとりした表情で呟いた。
「ああ……君は、今日も最高に美しいね。雪のように白い肌、余計な色が乗っていない清らかな唇。世界中の絵画を集めても、君のその素顔には敵わないよ」
「……恐れ入ります。ですが、殿下……あまり大きな声でおっしゃらない方がよろしいかと」
私は真顔で淡々と返した。
褒められているのは理解しているが、世間では『手抜き』『貧相』と言われるこの顔を絶賛されると、反応に困るうえに、逆に嘘っぽく聞こえていたたまれなくなる。
なので、話題を変えることにした。
「それより殿下、お鼻は大丈夫ですか?」
「ん? 何か付いているかい?」
「そうではなくて。この辺り、ものすごく臭うのですが……」
私がハンカチ越しにくぐもった声で言うと、殿下はきょとんとして、スンスンと鼻を鳴らした。
「僕には皆が言うように、甘い花の香りに感じるが……」
「うわぁ……やっぱり殿下のお鼻も、大衆と同じなのですね」
「ハハハ、手厳しいな」
殿下は愉快そうに笑った後、真剣な表情になり私を見つめた。
「だが……君がそう言うなら、本当に臭いんだろう」
「え……?」
「僕を含めた世界中が、『良い香り』だと言っても、君が『臭い』と言うなら、真実は君の方にある。僕は自分の鼻よりも、君の感覚を信じるよ」
彼は、迷いのない瞳でそう言った。
冗談でも、お世辞でもない響きだった。
この世界でたった一人、私を――私という人間を、この奇特な王子様は信じてくれている……。
こんなお方だからこそ、私も無下に出来ずに、何だかんだと王子の行動を受け入れてしまうのだった。
「さあ、行こうか。君という真実を連れて、偽りの園へ……」
シルアレク殿下のエスコートで馬車に乗り込む。
扉が閉まり、二人きりの空間になると、殿下は少し声を潜めた。
「それで……頼まれてた調査の件だが」
「はい。ネマの正体は、はっきりしましたか?」
私は以前から、この異常な臭いの元凶である『美魔女ネマ』について、殿下に調査をお願いしていた。
しかし、殿下は難しそうに首を振った。
「いや、やはり詳しくは分からなかった。確かに実在する女性らしいのだが……それまで全く無名の魔法使いで、実績が無いんだ」
「無名……ですか」
「ああ。突然現れて、とんでもない高品質な化粧品を作り始めた。経歴も出身も不明だ」
私は腕組みをして、思考を巡らせる。
いくら何でも不自然だ……これだけ大規模なブームを起こしておきながら、足跡がなさすぎる。
「ネマというブランドや、商品はやたら売りたがるのに、本人は正体不明でガードが固く、表舞台に出てこない……企業秘密を守りたいって理由もあるんでしょうけど、怪しいですね」
「今日の発表会にも、ネマ本人は来ないようだ」
「やはり、そうですか……」
「それどころか、最近はその姿を誰も見ていないらしい……。ネマの行方が知れないそうだ」
殿下は深刻な顔をして、私に視線を向ける。
「今夜、何かが起きる気がする……ラフィナ、僕の側から離れないでくれよ」
「承知いたしました……」
読んでいただき、ありがとうございました!
よろしければ、★★★★★評価やブックマークしていただけると励みになります!




