DAY2ー2
その後。私たちはエクセルシオールを出て予定していたシーフードレストランに向かった。こうしてあの店に行くのは実に八年ぶりだ。
「予約していた椎名です」
椎名さんはそう言うとシーフードレストランの店員さんに目配せした。そして「今日はすいません」と頭を下げた。店員さんはそれに「いえいえ。事情は承知しておりますので」とニッコリ笑った。どうやらこの店に来る前に椎名さんは何かしら店側にお願いしていたらしい。
それから私たちは混み合う店内を進み奥の広い席に案内された。そしてそこは店内の混雑とは裏腹に空いていた。まるでここの空間だけ忌避されているみたい。そう感じるほどに。
「では……。コースの順番通りお持ちしますので今しばらくお待ちください」
「はい。よろしくお願いします」
椎名さんは店員さんの言葉にそう答えると再び頭を下げた。そして私に「実はこの周りの席全部貸し切ったんだ」と言った。貸し切った……。ということはこの空いている席も椎名さんが予約したということだろうか?
「本当はね。店ごと貸し切ろうと思ったんだ。でも……。それじゃあまりにも横柄だからさ。だから無理言って奥だけ全部空けて貰ったの」
椎名さんはそう言うと「ふぅ」と軽いため息を吐いた。そのため息には『お店に迷惑掛けちゃったよね?』というニュアンスが含まれているように感じる。
「そ、そっか……。もしかしてだけど他の席の席料も払った感じ?」
「まぁ……。ね。ちょこっと多めに払ったよ。でも! 麗子ちゃんは気にしないで! 私が勝手にやったことだし。……ほら、これでも私芸能やってる身じゃん? 正直言うと友達と会うときくらいは一般人に絡まれたくないんだよね」
椎名さんは言い訳するみたいに言うとお冷やの入ったグラスを手に持った。そして「これでもそれなりに顔売れてるからさ」と続ける。
「なんかごめんね。個室あるとこにすれば良かったかな?」
「ああ、大丈夫だよ。というよりここは私が指定したからさ。……どうしてもこの店が良かったんだ」
椎名さんはそう言うと天井を仰いだ。それにつられて私も天井に目を遣った。天井には茶色のシーリングファンがゆっくりと回っている。……懐かしい景色だ。確か前にここに来たときもあんな風にシーリングファンが回っていたっけ。そんなことを思い出す。
「なんか懐かしいね」
私は独り言みたいに呟いた。椎名さんはそれに「本当だね」と独り言みたいに返すと寂しそうな笑みを浮かべた。その表情を見て私は八年前のことを思い出さずにはいられなかった。前来たときは四人だった……。なのに今は二人きり。そう考えるととても悲しい気持ちになる。
「天音ちゃん……。生きてたらきっといい女優になってたと思うんだ」
不意に椎名さんがそう呟いた。私はそれに「だね」と短く返した。椎名さんの言うとおり天音ちゃんが生きていたらきっと彼女は日本を代表する女優の一人になっていたと思うのだ。天才子役から大人の実力派女優へとステップアップ。彼女ならそうなっていたと思う。
私たちがそうやって昔のことを思い返していると流れている店内のBGMが切り替わった。グレンミラーのインザムード……。八年前に来たときも流れていた曲だ――。