第二話 クライズと最強の騎士見習い
大老師ゴーザは一度決めたら折れない人間だった。
逆らっても醜い言い争いに発展して、酷い時は真剣での斬り合いになる。
今のクライズでは太刀打ちできないことは、本人が一番良く分かっていた。
諦めたクライズは深いため息を吐いて、金髪の少女の正面へ立った。
次いで、大男へ手を差し伸べる。
「木剣を貸してもらえますか?」
大男は自分の腰に下げていた木剣をクライズへ渡した。
間合いに立ち、左足の様子を確かめながら、少女へ声を掛ける。
左手の杖に体重をかけ、不安定な太刀筋ではあるが、木剣を持ったクライズは静かな覇気を纏っていた。
「えっと、フィルシアス……さん?」
「はい」
金髪の少女は名前を呼ばれてようやく意識をクライズへ向けた。
無表情でどこを見ているか分からない目と視線が合う。
「急で申し訳ないんだけど、私と手合わせをお願いしてもいい?」
「はい」
金髪の少女は小さく頷くと、無表情のまま木剣を上段へ構えた。
構えは基礎もできていないような直立だった。
それよりも、クライズは何の躊躇いも無く戦闘態勢に入った少女に少し驚く。
「フィルシア……長いな、君はいつも何て呼ばれているの?」
クライズはもう少しだけ少女のことを聞きだそうと、未だに木剣の切っ先を地面に突き刺していた。
「えっと、マヌケ、バカ、ネクラ……あと、化け物……」
「あー、ごめんごめん、もういいよ。ありがとう」
クライズは訓練校での生徒同士の関係が気になったが、今は関係ないと判断し、押し黙る。
「君、親は?」
「故郷に母がいる……いると思います」
「……? 故郷はどこなの?」
「えっと……リム大陸の……たしか、トゥイーンという村です」
クライズは首を傾げて少女を見つめた。
ゴーザが押し付けてきた時点で、怪しいと思っていたクライズだったが、今の会話で少女が訳ありだということを確信した。
「まぁ、立ち話もあれだから、始めようか」
クライズは面倒くさそうに何度目かのため息を吐いて、木剣を上段へ構えた。
「はい、よろしくお願いします」
「あ、全力で来ないと怪我するからね。私が怪我人だからって手加減しないほ――」
クライズの脳天へ木剣が迫る。
「――っ!」
中空から振り下ろされた木剣は甲高い音を上げて空気を切り裂き、地面へ激突する。
激震と共に木剣を中心に広範囲の芝生が剥がれた。
少女の矮小な体つきから繰り出される威力では無かった。
「これは――」
幾多の手練れと剣を交えてきたクライズだからこそ、逸脱した膂力の正体が分かった。
“戦神の加護”だ。
「――」
クライズは着地前の少女へ一撃を入れようとする。
だが、少女は空中で身を翻し、第二撃を放った。
クライズの木剣よりも鋭く、的確な一撃が首元へ迫る。
「マジ!?」
咄嗟に木剣で攻撃を防ぐが、クライズの木剣は粉々に砕け散ってしまう。
少女は攻撃の手を緩めることなく、空中で第三撃を放ってきた。
クライズは左手に持っていた杖を突きだし、少女の腹を捉える。
「んぐっ!」
吹き飛ばされた少女の身体は空中で留まり、静止した。
「は、はぁ?」
少女の魔法だと結論付けようとしたクライズだったが、自然体である少女の姿に違和感に気が付く。
「……今度は“風神の加護”?」
「はい」
宙に浮く少女は冷たく肯定した。
「童、本気を出してよいぞ」
ゴーザはクライズの背後で調子のよいことを言った。
「ジジイ……何勝手なこと言って……」
金髪の少女は更に空高く舞い上がると、人差し指を青空へ向けて伸ばした。
彼女が掲げた指を中心に、大気が緑色に変化し、淡い光と共に広がっていく。
「《ファイアボール》」
初級魔法の詠唱。
自分もこれしか使えなくて師匠に怒鳴られたな、と、クライズは訓練校時代を思いだした。
すると、熱波が肌を焼き、我に返る。
「熱っ!」
クライズは宙に浮く金髪の少女を見上げた。
晴天を覆いつくすほどの火球が少女の頭上に出来上がっていた。
「えぇ……炎神の加護まで……こんなの校舎吹き飛んじゃうって」
困惑するクライズを無視して、金髪の少女は冷徹に火球を振り下ろしてきた。
「ヤンチャすぎでしょ」
クライズはゆっくりと迫りくる火球へ右腕を付き伸ばした。
火球はクライズの右手に触れると、たちまち縮小していき、手のひらへ吸い込まれるように消えていった。
「っ!」
続いて、同じ規模の火球が雨の様にクライズへ降り注ぐ。
「これで!」
「負けず嫌いだね」
クライズは表情一つ変えずに右腕の中へ火球を吸い込む。
火球を防ぐというよりは、クライズの意識は火球を一発でも芝生へ落としたら大変なことになるという意識だった。
「……ふぅ、その意気は良いけど、周りの迷惑も考えてね」
クライズは上空に浮かぶ少女へ向けて注意した。
降り立った少女は目を丸くして、クライズへ駆け寄った。
クライズは追撃が来ると思い、身構える。
「い、今の! どうやったんですか!」
金髪の少女の汗滴る顔が近づき、クライズは一歩引いた。
今の今まで見せることの無かった、驚愕、興味、戸惑い……。
普通の少女のような表情にクライズの胸が高鳴る。
「え、え?」
困惑しながらゴーザの方を一瞥するクライズ。
満足気に腕を組んでいるゴーザへ舌打ちをしたくなったが、目の前で笑顔を輝かせている少女に意識を戻した。
「すごい……すごいです! 魔法を消されるなんて生まれて初めてです! 何か方法があるんですか?」
「ま、まぁね……難しいけど、君も練習すれば……はっ!」
嫌な予感が寒気となって背筋を走り、咄嗟に押し黙った。
「がっはははははっ! 決まりのようじゃな!」
大老師ゴーザは大笑いしながらクライズの尻を叩き、再びハゲ頭をひっ叩かれる。
「勝手に決めんな!」
「どうじゃ、別に悪い子供ではない、かといって良い子供でもない……ヴァリスのことは、まぁ、奴自身にも問題があったのだろう」
クライズは俯き、ゴーザの言葉を胸に落とした。
「何もすべてが師匠の責任ではない。儂だってグレた生徒の相手とかしてられんしな」
「あんた、やっぱド畜生だな」
「がははははっ! そうかもな!」
ゴーザは豪快に笑いながらクライズの胸ぐらを掴んで寄せた。
「……まぁ、お主がまだ“生かされている”理由を考えてみよ」
ゴーザはクライズの耳もとで声のトーンを落として言った。
「……」
「よいな……」
ゴーザは静かに胸ぐらから手を離し、踵を返した。
不意にゴーザが師匠であること思い出したクライズは観念したように肩を落とす。
クライズは屈んで少女に視線を合わせた。
「はぁ……君、私が面倒みることになりそうだけど……大丈夫?」
「あの、さっきの魔法、教えてもらえるんですか?」
少女は食い気味にクライズに近づいて目を輝かせた。
クライズの脳裏を炎王ヴァリスの顔が過る。
三年前の彼も同じように興味津々な目をしていた。
「難しいし、私は教えるのが下手だけど大丈夫そう?」
「……わたしの攻撃を防いだのはあなたが初めてです。ぜひ教えてください」
クライズは少女を任された理由をようやく理解した。
また、視線を持ち上げると、中庭を見下ろせる窓から数多くの生徒たちが見物しており、フィルシアスが訓練校で馴染めていない理由も同時に理解できた。
「わかった……今日から私の弟子だね。よろしく」
「はい」
「じゃあ、親しみを込めてフィルって呼んでもいい?」
「別に構いません」
フィルシアス・グラキンは優秀だ。いや、優秀以上だ。
訓練校で育てるには狭すぎる。
強くすることには苦労しない、だが、愛想が悪い。
クライズの胸で渦巻く懸念は彼女の人間性だった。
「わたしは先ほどの魔法を教えてもらえればいいのですが、弟子って具体的に何をするのですか?」
「始めは家事とか?」
「え、それって剣とか魔法に関係あるんですか?」
「いや、それは……」
「メイドを雇ってみてはいかがですか?」
「え、えっとね? まず大事なのは――」
「わたしは勉強をするためにクライズさんの弟子になるのであって、クライズさんの介護をする気は毛頭ありませんのであしからず。それと、ここを出て訓練をするのであれば、存分に魔法の練習をする広大な土地が欲しいです」
「ま、まぁそこは任せて」
「あ、それと座学は良いとして、剣術ですが、今のクライズさんではわたしの相手になるとは思いません。左足は早めに完治させてください」
クライズは少女の率直な物言いに、冷静さを欠きそうになったが、深呼吸をして取り持つ。
「うん、そこはごめんね。この足は呪いのようなもので、すぐに治ることは無いんだ」
「そうですか、ではクライズさんからは魔法を学べれば十分ですので、剣術に関してはご指南頂かなくても大丈夫です」
クライズは噴火しそうになる苛立ちに笑顔で蓋をした。
こうして、クライズ・ファーストは人生における二人目の弟子を取ったのであった。
才能はあるが、人付き合いの不慣れさ、師弟関係の理解度の無さ、おまけに傲慢。
一言で言えば前途多難であった。
クライズの心中は不安と後悔に満ちていた。
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