第一話 冥王クライズ・ファーストと失意の底
新連載です!
第一章は一日に二話ずつ投稿していきます!
お付き合いいただければ幸いです!
「全て貴様のせいだ! クライズ! 貴様の弟子であることが恥ずかしい!」
大雨が降る荒野。
焼け焦げた草木、炭だらけになって伏せている魔族や雑兵が水浸しになっていく。
赤髪の騎士は相対する女騎士へ切っ先を向けて叫んだ。
青年の燃えるような形相に睨まれた女騎士は兜の中で目を伏せ、手にした剣を下ろした。
「恥ずかしいか……酷いな」
女騎士は俯きながら呟いた。
「貴様の腑抜けた思想で誰が救える! 僕は貴様のような騎士にはならないっ!」
赤髪の騎士は切っ先を天高く掲げた。
そして――。
「――《炎竜》!」
銀色の剣が橙色に燃え、刀身に触れた雨粒が次々に蒸発していく。
仄暗かった荒野は昼間に変わり、上空の分厚い雲が開けた。
女騎士は迫りくる熱気に、思わず顔を背け、兜の中で眩しそうに顔を歪める。
「僕を否定する奴は師匠であろうと焼き尽くす!」
「私は君のことを否定した覚えは――」
「――黙れ!」
赤髪の騎士が纏う雫も火炎によって払われ、血走った眼が女騎士を焼き尽くさんと睨みつける。
「貴様も僕を下に見て! 嘲って! 利用しようとしたんだ!」
「そんなこと……」
「四天王になりきれなかった僕を! 腫物みたいに見て!」
女騎士は重ねて否定しようとしたが、赤髪の騎士の狂乱に満ちた目を見て、言葉を飲み込んだ。
「これが僕のすべてだ!」
湿った大地が蒸発していく中、ただ一人、女騎士は冷たい吐息を吐き出した。
「私、何を間違ったのかな」
「死ね――クライズ!」
太陽の光を纏った剣を構え、赤髪の騎士は女騎士へ迫った。
空気すら焼き尽くす一閃が女騎士を通り過ぎた刹那。
赤髪の騎士に纏っていた炎は消え去り、静寂が満ちた。
「……がっ」
赤髪の騎士は剣を落とし、胸元が砕け散った鎧を抱え込むように地面へ伏せた。
「な、なぜ……! なぜだ!」
「はぁ……悲しいけど、私の勝ちだ」
女騎士の兜が砕けて地面に落ちる。
流れるように落ちた長い黒髪、剣よりも鋭い秀麗な顔つきは物憂げだった。
「な、舐めるなぁ! 僕は! 炎王として君臨する……!」
女騎士は地面で喚き散らす赤髪の騎士へ呆れたような視線を向けた。
目が合った赤髪の騎士は押し黙り、奥歯を噛みしめて地面を叩く。
「くそぉ! なぜ……! 加護も持たない凡人に……!」
「私が君に全て教えたと思うな……もっと色々なことを教えたかったけどね」
捨てるように吐いた女騎士は踵を返して立ち去っていく。
入れ替わるようなタイミングで鎧をまとった雑兵が赤髪の騎士を二人掛かりで持ち上げ、連行していく。
「ぐああああああっ! ――クライズっ! 殺す! 絶対に殺す! お前に関係するすべてを燃やし尽くしてやる!」
左足を引きずるような不揃いなリズムで歩く女騎士の背中は、再び降り出した雨に濡れていく。
王国騎士四天王――クライズ・ファースト。
またの名を《冥王クライズ》。
彼女は今まさに、この名に重みを感じていた。
「――クライズ殿、大丈夫か?」
自室のベッドから窓の外を見ていると、野太い男の声に意識を戻される。
クライズは物憂げな視線を声の主に向けた。
大柄の男が開いた両膝に手を置き、小さな椅子に座っていた。
「あぁ、すみません。最近ボーっとしてしまいまして」
「ヴァリスについて、話をよろしいですかな」
クライズは「あぁそう言えば」と、話題を思い出した。
あまりに難しく、クライズにとっては都合の悪い話だったため、自ずと意識を窓の外へ逃がしてしまっていたのだ。
ヴァリス・ロードが魔族を率いてオーダーズ王国へ攻め入った事への処遇。
大男は断腸の思いで師であるクライズへ報告に参っていたのだった。
「ヴァリスは……やはり死罪ですか?」
「ま、まぁ。あれほどの損害を出してしまっては免れないでしょうな」
「強かったね、ヴァリス。あと少しで一人前だった」
「ふむ……」
クライズは布団の上から左足を触り、微笑んだ。
同時に、窓から吹き込んだ風がクライズの黒く艶やかな髪の毛を揺らす。
「まさかヴァリス相手にここまで深手を負うとは……師匠としては嬉しい限りですけどね」
「そこで、師であるクライズ殿の処遇なのですが……」
「うん……」
「クライズ殿は怪我によりこれまで通り、前線に立つことは難しいと、判断しまして……」
「ハッキリ言って構いませんよ?」
「退役措置となります」
初めてできた弟子が地位と信頼を奪い去ったことに、憤りは感じていなかった。
ただ、弟子の成長を喜ばしく思いながらも、赤髪の騎士、ヴァリスの最後の表情がクライズの胸を締め付けていた。
「そうですか、余生は郊外で畑仕事でもしながら暮らしますよ」
クライズの視線が再び窓の外へ向かう。
青空を横切る鳥の鳴き声と、外の道を馬が馬車を引いて通る音がした。
「そのことなんですけど、退役となったクライズ殿に訓練校の師範が頼みたいことがあるそうで」
「え、じじ……コホン、師匠が?」
王国騎士訓練学校。
豪華絢爛な建物が軒を連ねる王都の中で、王宮に次いで二番目に大きな城で、オーダーズ王国の武力と栄華を象徴している。
少年少女が活気を振りまき、王国の未来がそこかしらで輝いている場所だった。
クライズは杖をつきながら、王国騎士訓練学校へ赴き、緑が生い茂る中庭へと訪れる。
噴水の脇、金色に輝く髪を一つに束ねた少女が一人、黙々と木剣を振るう姿を目にした。
陽の光を反射して輝く金髪は眩しく、木剣を振るう細い腕は陶器のように瑞々しく、穢れを知らない白さだった。
だが、クライズは怖さを覚えた。
輝き金髪に反して、彼女の目は虚ろで光を放っていなかった。
「彼女が?」
案内をしてくれた大男に尋ねると、男は無言で力強く首肯した。
大男は一度、息を吸って吐くと、意を決したように芝生へ踏み入る。
「フィルシアス」
名を呼ばれた金髪の少女は木剣の動きを止め、大男へ向きなる。
木剣を胸元へ抱えると、大男へお辞儀をし、クライズを一瞥した。
「先生……こちらの女性は?」
「お前、《冥王》を知らんのか!」
クライズも自分の名を知らない少女に対して驚きそうになったが、大男が先に驚いたため、反応を控えた。
「すみません……存じ上げません」
「ま、まぁ良い、挨拶をしなさい」
金髪の少女は一歩、二歩と小さな歩幅でクライズの前に躍り出ると、浅くお辞儀をした。
「フィルシアス・グラキン……です」
「クライズ・ファーストです」
金髪の少女は聞けば誰もが慄く名を聞いたにも関わらず顔をピクリともさせず、クライズを見上げていた。
「で、私はこの子に会って何をすればよろしいのですか?」
クライズは大男へ向き直って尋ねた。
彼女を呼びつけた張本人が現れない以上、大男も気まずそうにあたりを見回している。
「―――おおお! 来たか! クライズよ!」
広場に大声が鳴り響き、クライズは両肩を落とした。
声の方へげんなり顔を向ける。
「ひ、久しぶりです、師匠」
「がっはははは! なんじゃそのマヌケな姿は!」
髪の毛一つ生えていない小さな老人。だが、声や立ち姿からして活気に満ちており、死ぬ気配の無い笑顔に、クライズは深めのため息をついた。
冥王クライズに剣を教え、魔法の全てを教えた大老師、ゴーザ。
クライズだけではなく、名を轟かせた騎士たちはそのすべてをゴーザから学んでいる。
「お主がこの童の面倒を見てくれるようで良かったわい!」
「は? へ?」
クライズは思わず大男を睨みつけた。
だが、大男は逃げるように視線を泳がせ、クライズとは決して目を合わせないようにしていた。
「がっはははははっ!」
「ちょ、ちょっと? 聞いてないんだけど?」
大男に問い詰めるクライズをゴーザは大笑いしながら何度も叩く。
身長差のせいで、ゴーザのフルスイングがクライズの左太ももを執拗に捉える。
「あんなことがあった後で弟子をとるなんて……痛っ……私には無理だと思います……痛っ」
「も、申し訳ない。ゴーザ先生から言いたいと言うもので……」
大男は肩を縮こまらせて引きつった表情で頭を下げた。
「がっはははははっ! ヴァリスのことは気にするな! 弟子が死罪なんてよくあるわ!」
「さっきから痛いわ! ハゲっ! 左足怪我しとんねん!」
クライズの平手打ちがゴーザの頭を捉え、快音が轟く。
「がっははははは!」
「ジジイが勝手に決めたのか! おいコラ! 笑ってないで答えろ!」
クライズは大老師ゴーザの胸ぐらを掴んで持ち上げて振り回した。
「ちょー! クライズ殿ぉ!」
大男は慌てて仲裁に入るが、冥王と大老師の喧嘩に入る隙は無く、クライズをなだめる形になった。
「……で、あの子をなんで私に見て欲しいの? ジジイが面倒見ればいいじゃん」
「儂は忙しいから無理じゃ、何人の生徒を抱えていると思っておる」
「一人も二人も変わらないでしょ?」
「お主、あの小娘が一人に見えるのか?」
ゴーザの真面目な声音に、委縮しつつも、クライズは少し離れた場所でこちらを見つめている金髪の少女へ視線を移す。
少女は大人たちに興味が無いのか、飛んでいる蝶を目で追っていた。
「とりあえず、あの童と手合わせしてみろ、話はそれからじゃ」
「えぇ……手合わせ? なんでよ」
「ええからさっさと立ち会え」
突然、厄介な話を持ち出されたクライズの表情から生気が消える。
今にも逃げだしそうなほど顔をしかめていた。
人のトラウマを平然と踏み抜いてくるゴーザに対して沸々と怒りがわき出してくるが、トラウマの中にある悔恨をクライズは捨てきれなかったのだ。
「じゃ、じゃあ少しだけだよ?」
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