第7話 それぞれの野望
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龍の都を夜の静寂が包み、ひとまず脅威が過ぎ去った。
だが、クライズと老龍、若い龍ヅァバル、そして龍種の少女は険しい顔をして対面していた。
「で、一つ質問なんだけど、この姫って?」
クライズはつる草で翼を縛り付けられながらも、腕を組んで傲慢な態度を崩さない龍種の少女を見た。
『そのままの意味です……姫はこの龍の都で次なる神使になるべくして生まれたのです』
ヅァバルが答えた。
「ならもっと敬えし。ウチの洗脳はもう解けてるっつうの!」
「確かに、姫ならこうやって拘束する理由が分からない」
ヅァバルは老龍と顔を見合わせて、渋いため息を吐いた。
『姫は責任を感じておられるのです。最強種である我らが大々的に戦争を始めれば、あなた方人間界にも破滅の波が広がるのは明白でしょう』
ヅァバルの憂いをクライズは否定せずに聞いた。
『だからこそ、少数で解決すると、姫自ら先陣を切ったのですが』
「なるほど、この姫様を含めた先鋭部隊が軒並み洗脳されて帰ってきたと」
『はい、因みに、姫が洗脳されるのはこれで五回目なのです』
クライズは自ずと姫へ冷ややかな視線を向ける。
『そのたびに多大な被害を出しては姫を救い出しているのです。ですから、これ以上姫を戦地に行かせるわけにはいかないのです』
話を聞いているだけでドラゴンたちが抱える苦悩に頭が痛くなる。
「思いっきり戦犯じゃん。お姫様」
「うるさいっ! 人間にとやかく言われる筋合いはない!」
姫は頬を真っ赤にしながら牙を剥き出しにしてクライズへ吠えた。
「でもさぁ、彼らウンザリしているようだし、しばらくは大人しくしてた方が良いんじゃない?」
『まぁ、私たちもその方が嬉しいですね』
『そうじゃな、とにもかくにも、姫には自粛してもらわならん』
二頭のドラゴンが姫を見下ろした。
「う……なんだよ、ウチだって頑張ってるのに……」
「あら、泣いちゃった」
「うぐぅぅ……ウチが何とかしないと、お前らを見返せないんだよぉ!」
事情があるのは大人のドラゴンたちだけではないようだった。
クライズは老龍たちへ向き直った。
「お前らが龍神の加護を奪わなければ……ウチが全部解決してやったのに!」
「それは……あのスケベ神使に言ってください」
「どうすんだよ! 最後の頼みの綱だったんだぞ! 龍神の加護があれば犯人を見つけて倒すことだって出来た!」
姫の言葉にクライズの表情が陰る。
「たしかに……まずいね」
『そうですね。もしもフィル様が万が一にでも洗脳されたら……我ら龍種はたちまち滅んでしまうでしょう』
「万が一、ねぇ……」
不安が胸の中に広がった。
クライズの見立てでは万が一ではなく、二分の一くらいの確率でフィルは洗脳される。
「あのさ、私が犯人を叩くよ」
『しかし……』
「だから、この子連れていくよ」
クライズは姫を指さした。
「犯人の場所の見当はついているんでしょ?」
「え、あ、うん」
虚を突かれた姫は涙をにじませた目を見開いて頷いた。
『しかし洗脳されたら……』
「もし洗脳されてもお酒を飲ませればいいし」
「え」
「私だけじゃドラゴンに襲われたらそこでお終いだし、君たちみたいな大きいドラゴンに付いてこられても目立つし」
龍の都を後にし、大荷物を背負ったクライズと龍の姫は夜の森へと入った。
右手にたいまつ、左手に杖を突いて草木を掻き分けながら暗闇を目指して歩く。
夜の森は騒めきが支配しており、肌を刺すような殺気が四方八方から飛び交っている。
だが、決して襲ってくることは無かった。
「で? いい加減名前とか教えてくれる?」
「……やだ」
姫はずっと不機嫌なままクライズの後を付いてきていた。
いつ後ろから襲われてもおかしくないほどの敵意がクライズを刺し続けていた。
「まぁ、助かってるけどね」
龍の姫がいるからこそ周りの魔物や猛獣たちがクライズに近づけないでいた。
「君はさ、なんで戦うの?」
「は?」
「私たち人間はさ、人間のために戦わないよ」
「じゃあ、何のために戦争すんの?」
「下らないことだよ。支配したいんだ、目に映る全てを」
クライズの言葉に龍の少女はバカにするような笑い声を上げた。
「支配して何になるの? 一人一人の命に責任も持てない下等種族が」
「じゃあ君は?」
「ウチは……ってなんでそんなこと話さないといけないの? てか馴れ馴れしくてウザいんだけど」
拒絶されたクライズは笑いながら会話を切り上げた。
鬱蒼とした林の中を無言で歩いていると次第に背後の気配が近くなっていった。
やがて、後ろを歩いていた龍の姫はクライズの隣に並んだ。
「足……なんで呪われてるの?」
「ウザいんじゃないの?」
「ウザ」
クライズはどことなく、フィルに近い生意気さを龍の姫に感じていた。
「……弟子にやられちゃってね」
「あの金髪?」
「フィルよりも前の弟子。真面目で正義感が強くて、誰よりも真の強さを求めていた」
「呪いとはかけ離れてるね」
「でもね、それだけじゃ認めてもらえなかったんだ。強さだけが正義じゃない。正しい事だけが正義じゃない……」
龍の姫は詰まらなさそうに鼻を鳴らした。
「いつしか、彼は正義に疑問を持ち始めた。私が教えた正義に反発したんだ」
「相当の恨みだったんだね。龍の炎よりも熱い呪いだよ、それは」
「だよね」
龍の姫は哀愁漂う笑顔を浮かべたクライズを一瞥すると、口を尖らせた。
「ウチはさ、龍種の中でも異質な存在なんだよ」
クライズは何も言わず、耳を傾けた。
「だから、ヅァバルと爺ちゃん以外には軽蔑されてるんだ」
「姫って呼ばれてるんだし、そんなこと……」
「姫って呼んでるのあいつらだけだよ。だから見返してやらなきゃいけない。この事件を解決して、龍種にはウチがいるってことを見せつけてやらなきゃいけない」
「そっか、それは頑張らないとだね」
「うん……」
若い衆はどいつもこいつも……と思ったクライズだったが、思うだけに留めた。
しばらくの間、二人の間を沈黙が埋めた。
だが、夜の静けさや雄大な自然を感じるには心地良い沈黙だった。
「メリル……」
虫たちの鳴き声の中、鈴の様に小さな声で龍の姫は呟いた。
「ん?」
「ウチの名前……人間に発音できる名前だと、メリル」
「そっか、改めてよろしくね、メリル」
メリルは口を尖らせ、満更でもない表情で頷いた。
「ねぇ、あの金髪なんだけどさ」
「あぁ、フィル?」
「そうそれ、あいつもお前の元弟子みたいに認めて欲しいんじゃないの?」
「だろうね、けど、今は私なんかどうでもいいんじゃないかな」
メリルはクライズの言葉に吹き出した。
「だとしたらお前めっちゃ舐められてんじゃん! ウケる!」
「あはは、まぁね、あの子自分が強いからって周りの事見下してるからさ」
「分かる分かる! 一目見た時から思った!」
メリルは気を許したように盛り上がった。
それからは、フィルの愚痴を言い合い、にぎやかに森を抜けていった。
不平不満は尽きなかった。
いつしか森の闇を朝日が照らしだし、朝鳥が鳴き始めた。
「……でもさ、あの子は悪い子ではないんだよ。バカだけど」
「うん、悪意は感じなかった。目指すものがハッキリしてたね。バカだけど」
と、フィルの悪口を言うことに慣れたところで、周囲の雑木林が切れる。
「ん……これは?」
クライズは立ち止まり、目の前に現れた巨大な穴へと視線を落とした。
「ここだよ、ここから洗脳された同胞が出てくる」
「よし、じゃあ行こうか」
クライズは荷物を背負いなおして、降りれそうな足場を探しながら、穴の周囲を歩き始めた。
「やっぱ、ウチが一人で行こうか?」
「いーや、これは私がやらなきゃいけない気がする」
「?」
穴の奥底を睨むクライズをメリルは不思議そうに見つめた。
「今気づいた……これは私たち、人間の責任だわ」
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