第6話 溺死
こんにちは、本日もよろしくお願いします。
クライズは元来た道を戻り、左足が痛む中フィルを追いかけた。
足元が水に浸かっており、走りに憎いにもかかわらず、フィルの背中はいつになっても見えなかった。
「どこまで行っちゃったんだ、あの子は」
『心臓がドラゴンの物になったから、身体能力も上がるよね、そりゃあ』
と、背後に付いてきている黒いドラゴンが呑気に言う。
『黒髪の君さ、左足に呪いを受けてるんだね』
「今話さなきゃだめ? それ」
『いや、辛かったら乗せてあげようか? と思って』
クライズは甘い誘いに訝しむような視線を送った。
だが、悪意なき視線にクライズは足を止める。
『どう? 乗り心地は』
数秒後、クライズは神使の言葉に甘えて背中に乗せてもらっていた。
歩くたびに強い衝撃に突きあげられるが、自分の足で水の中を歩くよりは遥かに楽だった。
「まぁまぁかな」
『ところでさ、あの金髪の子は弱いの?』
「うーん、弱くはないよ」
『だよね、じゃなきゃ神の加護を六つも保持できないよ』
神使は神妙な声音で言った。
『じゃあ、龍神の加護を手に入れたからって力に溺れることはないかもね?』
「うーん、まぁそうかなぁ」
人間の足では数十分かかった道のりも、ドラゴンの足だと数十秒で出口にたどり着いてしまった。
二人が落ちてきた穴からドラゴンの首を伝ってよじ登り、上階の原生林に出る。
「うわ、完全に溺れてんな、これ」
目に映ったのは巨大ムカデの死骸だけではない。
幻想的だった原生林の木々は焼け焦げ、ありとあらゆる生命体の焼死体が散らばっていた。
『これは完全に力に溺れてますねぇ』
遅れて、首だけ穴から覗かせた神使が言った。
『君、師匠なんでしょ? 少し叱ってきてよ。僕でもこの原生林、気に入ってたんだから』
神使は残念そうに言いながら周りの惨状を見渡した。
「あー、うん」
『じゃ、よろしく。僕はここから出れないからさ、後は頼んだよ』
と言って、穴の中へと戻っていった。
「こりゃあ……骨が折れるなぁ」
原生林を抜け、最初に入ってきた洞穴に差し掛かった。
来た時よりも穴が拡張されており、何か巨大な物が通った後が無数に残されていた。
犯人をフィルだと断定しつつ地上から差した光を目指して登っていく。
「ん? なんか騒がしいな」
地上へ出ると、当たりはすっかり夜になっていた。
騒がしいと感じる上空へ視線を移したその時、夜空を橙色の炎が染め上げる。
「うおっ! 熱っ!」
遅れて、理性を失ったドラゴンがクライズの上空を横切った。
吹き荒れる突風にクライズの身体が吹き飛びそうになるが、巨大な影がクライズを風から守ってくれた。
『黒髪の人間よ、戻ったか』
「あ、お爺ちゃんドラゴン。騒がしいけど何事?」
『金髪の人間が邪龍軍と戦ってくれておるのじゃよ』
と、老龍は上空を見上げた。
すると、巨大なドラゴンたちの影を照らすように空を駆ける金色の一閃が目に映った。
「……フィル?」
金色の一閃は強固なドラゴンの鱗をいとも簡単に打ち砕き、何物をも寄せ付けない速度で飛翔した。
『やはりお主の弟子じゃったか……』
クライズは頷くことも忘れて、ドラゴンたちを圧倒するフィルの姿に目を奪われた。
金色に発光する髪、火花を散らす吐息、そして加護を授かった時には無かった大きな翼。
脅威ととらえた邪龍軍がフィルを取り囲み、一斉に大口を開いた。
口の中へ大気中のマナが緑色に発光しながら吸い込まれていき、辺りは昼間の様に明るくなる。
「これ、ヤバくない?」
『あぁ、目を伏せろ。焼けるぞ』
と、老龍の翼が傘の様にクライズを覆った。
直後、上空から凄まじい熱波が放たれる。
老龍の翼の影より向こうの大地は真っ白に染め上げられ、衝撃が大地を震わせた。
「熱っ!」
クライズは咄嗟に氷結魔法を全身に掛けることで火傷を免れた。
凄まじい爆音の後、甲高い残響に包まれながら、老龍の翼が退いた。
空気中の水分が蒸発していくを見上げながら、上空に浮かぶ金色の光を確認する。
「まぁ……何となく大丈夫だろうとは思ってたけど」
『お主の弟子はバケモノか何かか?』
「ついにドラゴンに言われちゃったかぁ」
と、フィルのポテンシャルの高さに辟易としていると、上空のフィルが声を上げた。
「そんなものですか? ドラゴンの本気は……少々幻滅ですね」
フィルの傲慢な態度に、クライズは呆れ笑いを浮かべるしかなかった。
「じゃあ、お返ししますね」
フィルは上体を逸らして息を吸い込み始めた。
周りの空気が吸い込まれていき、先ほどよりも強烈に発光したマナが突風の様にフィルへと集まった。
「――《聖なる炎息》」
次の瞬間、金色に輝く炎が上空へ広がっていき、ドラゴンの影を包み込んだ。
不思議と、ドラゴンたちのブレスのような熱は無い。だが、触れたら死ぬという畏怖がクライズを包み込んだ。
空を包み込んだ黄金の雲から邪龍軍のドラゴンたちがハエのように次々と地上へ降り注いだ。
『これは……過剰だ』
老龍がポツリと呟いた。
クライズも同意だったが、弟子のしたことに責任を持てるか不安だったため、口を閉ざした。
クライズが戸惑いながらも、老龍へかける言葉を探していると、地上から黄金の空へとドラゴンたちが飛び立っていく。
「何を……」
『このままではあの怪物に龍の都を壊されかねん……悪いが、お主の弟子を止めさせてもらう』
「だ、大丈夫だよ、フィルはまだ正気を保って――」
クライズの言葉を遮るように、ドラゴンが地面へ叩きつけられた。
「邪魔をするなぁぁぁぁっ!」
次いで、つんざくようなフィルの咆哮が轟く。
「こりゃダメだ」
また一頭、また一頭と飛び立っていってはフィルの拳にやられて撃墜していく。
「はぁ……お爺ちゃん、何か武器ある?」
『ワシの鱗で良ければ、盾くらいにはなるが……何をする気じゃ』
「弟子を止めんの。協力して」
『ワシらの同胞が束になっても敵わん奴じゃぞ、人の子になにが――』
老龍の言葉を遮り、一つの小さな影が轟音とともに飛び立った。
自ずと老龍とクライズの視線が小さな影へと釘付けになる。
「あれって」
『姫……』
龍の都を襲撃してきた邪龍軍を率いていた人型の龍種だ。
龍種の少女は脇目も振らずにフィルへと飛んでいき、同じ高度に達したところで静止した。
「お前……! その力をどうやって!」
「誰かと思えば、いつぞやの雑魚ドラゴンじゃないですか」
「ざ……! テメェ!」
「あら、本当のことを言われて怒っちゃいましたかぁ?」
内心、うわ、雑魚って言われたの本当に気にしてたんだな、と思うクライズだった。
「殺す!」
間髪入れず、龍種の少女は炎を吐きだし、フィルへ攻撃した。
だが、腕の一振りで炎は振り払われてしまう。
「なっ!」
「……では殺される覚悟はあるということで?」
凍てつくような殺気が周囲にジワジワと広がっていき、強気だった龍種の少女の表情が恐怖一色に染まった。
「お、お前……何なんだよ……」
「あなたの上位存在です」
フィルの容赦のない拳が龍の少女に迫る。
「――フィル!」
間一髪、クライズの声が届いたフィルは拳を制止させた。
死に直面した龍の少女は力なく落下し、地面へペタリと座り込んでしまった。
「……クライズさんですか……何か用ですか?」
フィルは翼を羽ばたかせながら、ゆっくりとクライズの下へ降りてきた。
先ほどよりも強く、重い圧が襲い掛かったが、クライズは毅然とした態度を貫く。
「やり過ぎだよ。後半なんて邪龍軍関係なかったじゃん」
「振りかかる火の粉を払ったまでです」
「調子乗ってる?」
「そんなバカな。まだまだ力を使いこなせていませんし」
「今、最高に気持ち良くて調子乗ってるでしょ。正直に――」
「―――乗ってますよ!」
クライズは白目を剥いた。
「今、わたしは世界でいちばん強いんですよ! 世界最強種がこの体たらくですよ!」
クライズは傍らにいる老龍を一瞥した。
「あんまり本人の前でそう言うこと言わない方が……」
「どんな生物が来ようと! 四天王が束になっても今のわたしには敵わない自信があります! 今のわたしは強さと自信で満ち溢れているんです!」
興奮気味に言葉を連ねるフィルに、クライズは恐る恐る口を挟んだ。
「いや、待って? キミの夢は何さ」
「最強になる事です!」
「いやいや、四天王はどうしたよ」
「もうそんな物はどうでもいい!」
クライズは再度、白目を剥いた。
別に洗脳されているわけでもない。フィルはどこまでまっすぐだ。
「剣の練習をしたからなんですか、魔法が上手だからなんですか……今のわたしは人間など手の届かない上位存在なんです……クライズさんがマナをどれだけ操ろうとわたしには勝てないですよ」
「……」
「わたしはここで新の最強種として君臨します。これからの旅はどうか一人で続けて下さい」
フィルはそう吐き捨てると、砂塵を巻き上げて天高く舞い、飛び去ってしまった。
取り残されたクライズを老龍が恐る恐る覗き込んだ。
『えっと……その、大丈夫?』
「う、うん……ちょっと弟子のバカさ加減に頭痛がするだけ」
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