第4話 原生生物と神の使い
こんにちは、本日もよろしくお願いします。
クライズはフィルと先頭を交代し、茂みのなかへ足を踏み入れた。
王国では見なかった多種多様な生物たちが生態系を築き上げており、クライズと言えど目新しい光景に見入っている。
「ドラゴンたちが最強種って言われるわけだ」
「と、言いますと?」
「ほら、見てごらん?」
クライズが指さした先にいたのは、城壁のような巨体を持ったムカデだった。
「大きいですね」
「生物が育つのには絶好の環境だろうね」
「なるほど、だからドラゴンの身体は巨体を持っているんですね。ところで、あのムカデ、こちらに気づいていませんか?」
ムカデは敵意を剥き出しにして二人の下へ這い寄ってきていた。
「フィルさん、やっておしまい」
「……はぁ、はい」
フィルは面倒くさそうに右手を突き出した。
「《ファイアボール》!」
フィルの手から放たれた巨大な火球はムカデの甲殻に当たって弾けた。
「……これ、効いてます?」
「おぉ、マナが練り込まれた甲殻だから魔法の効果は薄いんだね」
「な、なるほど」
「じゃあ物理攻撃だね、フィル? 木剣は?」
「予備の木剣は捨てた荷物の中です」
「そっか~」
走った。
フィルはクライズを背負って全速力で走った。
「追いつかれるよ! フィル! もっと速く走って!」
「……」
「クライズさんの方が荷物じゃないですか~、って言わない!」
「何も言ってないですよ!」
泥の津波が背後から迫るような圧迫感に、フィルは焦りを顔に滲ませた。
「と、飛びま――」
飛翔しようと膝を折り曲げた次の瞬間、背負っていたクライズの尻をムカデの触手が弾き飛ばす。
快音と共に、衝撃波フィルへ伝わった。
「うぐっ!」
フィルとクライズは球のように転がり、突如として現れた巨大な縦穴へ入っていく。
暗闇の中を転がり続けること数秒、二人は浅い水の中に落ちた。
原生林と同じく、足元の好物が青く発光しており、上階の原生林よりも幻想的な場所だった。
「いたた……フィル、大丈夫?」
「は、はい……」
言いながら、フィルは片手を額に当てる。
「っ!」
フィルの額からは鮮血が滴っており、足元の水を赤く染めていた。
「フィル! 血が出てる!」
「……クライズさんは鏡を見てから慌ててください」
クライズの顔面は血で真っ赤だった。
「うお、めっちゃ出血してる!」
「包帯が無いので袖を……」
フィルはクライズの服の袖を破った。
「私のかい!」
不格好な当て布をされたクライズは疲れた様子であたりを見回した。
「クライズさん、ここは何でしょう」
「ここがドラゴンたちが言っていた地底湖かな? マナの濃度がさっきと全然ちがう」
クライズの言葉にフィルは首を傾げた。
「じゃあ、さっきよりも巨大な生物が住んでいるってことですか?」
「そのはずなんだけど、気配が無いね」
辺りを見回しながら、歩きにくい水の中を進んでいく。
膝下に纏わりつく水が二人の体力を奪うが、クライズは何かに誘われるように暗闇へと向かっていた。
「クライズさん、これはどこへ向かっているんですか?」
「マナが流れている方」
「……私にはそれが見えないんですけど。やっぱり、マナの操作はクライズさんの特権の様ですね」
フィルはあからさまに気を落とした。
「フィルもいつかは見れて触れるようになるよ」
「何となくですが、ドラゴンたちが強いように、クライズさんは生物の格が違うように思います」
「それ、褒めてる? 化け物扱いしてる? どっち?」
「化け物です」
「即答しないでもらえる? それに加護を持たない私からしたら、加護を幾つも持っているフィルの方が化け物じみて……」
言い切る前に口に手を当て、フィルの表情を盗み見た。
以前、訓練学校でフィルが化け物扱いされていたことを思い出したのだ。
「あ、ごめん、化け物はフィルには禁句だったね」
「いえ、なんというか、クライズさんに言われても嫌じゃないというか……なんだか自信が付きます」
「もぉ~! フィルぅぅ!」
嬉しくてたまらなくなったクライズは振り向いてフィルに抱き着いた。
「ああ! もう! あなたはもっと緊張感をもってください!」
フィルは嫌そうな顔をしてクライズの顔を突っぱねた。
神秘的な光景の中、茶番を繰り広げていると、突如としてクライズが石のように動きを止めた。
「……ど、どうかしましたか? というか、いい加減に離れてください」
「あれ……なんか来てる」
フィルはクライズの顔から視線を落とし、足元の水に注視した。
大きな波が暗闇の先から何度も来ている事に気が付き、背筋が強張る。
「ま、まさか、ここにもムカデが……」
「いや違う、なんだろう? もっと強い」
じっと暗闇の奥を睨むクライズを見て、フィルはそっとクライズの服を掴んだ。
『ん……あ? なんだぁ?』
低い声。
だが、ドラゴンたちの声とよく似ていた。
『人間……客人かい? 客人だね?』
暗闇から姿を現したのは漆黒の鱗に覆われた、比較的小ぶりがドラゴンだった。
ここ最近で見慣れたドラゴンであっても、急に現ると、流石の二人も目をギョッとさせている。
『なんだか上の階が騒がしかったからここまで散歩してきたけど……まさか人間だったとは』
「え、えっと私たちは――」
『なになに? ついに人間たちはドラゴンと戦争を始めたのかい? いやー僕てきにはどっちでもいいんだけど、流石にドラゴンに勝って欲しいなぁ。あ、そうだ、人間と言えばさ今はどこの文明が――』
「めっちゃ喋るな? おい」
うんざりしたクライズはツッコんだ。
『あぁ、ごめんごめん、話は奥でしようか? ここまで来たんだし、なにか金目の物でも持って帰ってよ』
クライズは怪訝そうな目をしてフィルの耳に口を近づけた。
「罠かもね」
『罠なんかじゃないよ、どんな生物でも久しぶりの客人だから僕もテンション上がっちゃってさ。上の原生生物でさえ僕のこと怖がって入ってこないから、寂しくて』
あまりの饒舌さに、クライズは困惑し、絶句した。
饒舌ドラゴンについていくこと数分、初めはタジタジしていたクライズだったが、途中からはドラゴンの話に空返事が出来る余裕が生まれた。
『でさ~? 僕も言ってやったわけ、そこまで言うなら金銀財宝は無しだぞって! そしたらそのドラゴンがさ~ これまた守銭奴みたいなやつで~』
過去数千年にわたる客人のエピソードを語られたが、常識と離れているのか、離れていないのか分からない内容には空返事しかできなかった。
「どうする? フィル、逃げる?」
「待ってください、最後まで聞きましょう」
「すごい、めっちゃ真面目に聞いてる。どこから来るのそのモチベーション」
フィルのドラゴンへの憧れが変な形で露呈したところで、ドラゴンの動きが止まった。
『ここが僕の住処なんだけど、人間だし、お茶とか出した方が良いんだろうけど、ごめんね、何もないや』
「あー、いえ、お構いなく。というか、結局あなたは何者なの?」
ドラゴンは黄色い眼でクライズを見つめ、首を傾げた。
『あれ、まだ自己紹介してなかったっけ? てっきり僕を知ってここまで来ている物だと思ってたよ』
「無駄話をあれだけしておいて今名乗るのも変だけどね。何となく見当はつくけど、一応名乗ってもらえる?」
クライズはウンザリした様子で尋ねた。
『えー、コホン。よく来たな恐れを知らぬ下等種族ども……我は龍神の恩寵を授かりし、現世の神使なり……』
黒い龍は突如として低い声を出し、あたかも、ただ者ではないオーラを放ち始めた。
フィルは目を輝かせていたが、クライズは半目になって黒い龍を睨んだ。
『ごめんね、急に低い声出して。一応、恰好がつかないからやる事にしてるんだ?』
緊張感の無さにクライズはため息しか出なかったが、タイするフィルは目を輝かせて神使を前に身を乗り出していた。
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