第3話 地下世界の原生林
こんにちは、本日もよろしくお願いします。
「呪われ女より雑魚の癖にイキがってんじゃねぇよ!」
お、龍種には分かるかぁ。と、クライズは心の中で誇らしげな顔をした。
だが、恐る恐る覗いたフィルの横顔はこれまで以上に怒りを露わにしている形相だった。
「ふぃ、フィル……?」
だが、何かを反論することは無く、事実だということに行き場の無い怒りを堪え切れていないようにも見えた。
「ぷはっ! ウケる! 弱いの気にしてたんだァ! ごめんねぇ? でも生物上、仕方ないから諦めて死ね!」
隙が生じたフィルへ龍の少女は右手に炎を纏い突進してくる。
だが、またしても龍の少女の攻撃が届くことは無く、今度は巨大なドラゴンの前足に踏みつけられて静止した。
宝石のような黄色い眼がフィルを覗き込むように降りてくる。
『人の子ですね……迷い込んだのですか?』
青年のような声でドラゴンは問いかけてきた。
群青色の艶のある鱗に、離れていても伝わる熱気のような体温は上位生物であることを知らしめた。
答えようと口を開いたクライズだったが、フィルが体を強張らせて冷や汗をかいていることに気が付く。
「クククククククライズさん……! ほ、本物! 本物!」
「うん、本物だよ、少し落ち着こうね」
フィルは素直に頷いたが、取り乱した様子でクライズの後ろに走ってきた。
「え、何してんの?」
「いえ、別に……」
『お嬢さん方、ここは危険です、即刻立ち去った方が良いでしょう』
「あーうん。そのつもりなんだけどさ、そこのお爺ちゃんドラゴンは私のお酒が欲しいみたいでさ、良かったら君の方から説得してもらえない?」
と、ドラゴンが老龍へ首を動かしたところで。
「重ぇんだよ! どけ! ヅァバル!」
踏まれている龍の少女が声を上げた。
『だってあなた暴れるじゃないですか……あの、黒髪のお嬢さん、お酒をお持ちなのですよね?』
「うん、あげないよ」
「クライズさん」
背後から咎めるようなフィルの声が聞こえたが、クライズは意見を変えなかった。
『そこをどうにか、一滴、いや三滴ほどいただけませんか?』
「うーん……メチャクチャ嫌だけど、まぁ三滴くらいなら」
クライズは渋々、荷物から瓶を取り出し差し出した。
若い龍、ヅァバルは尻尾の先で器用に受け取ると、鋭い爪で龍の少女の口を無理矢理こじ開けた。
「あがっ! あああ! んがあぁ!」
『少し我慢してください、“姫”』
ゆっくりと瓶を傾け、一滴ずつ龍の少女の口へ落とした。
三滴目が入るころには、龍の少女は抵抗を止め、荒々しかった呼吸も落ち着きを取り戻していた。
『お返しします』
「あ、どうも」
異様な光景にも関わらず、クライズは大事そうに瓶にフタをして荷物の中へしまい込んだ。
「クライズさん、あなたって人は……」
「で? なんなの?」
龍の少女はピクリとも動かなくなり、顔を真っ赤にして眠ってしまっていた。
『恥ずかしながら、同胞たちは何者かに洗脳され、このように暴れ回っているのです』
二人は絶句した。
「ド、ドラゴンを洗脳って……そんなことできるんですか?」
フィルは焦りを滲ませてクライズへ振り向いた。
「出来たら世界滅ぶよ。何かの気のせいじゃない?」
『いや、洗脳は去れているのです。人間界や他の生態系に被害が出ないよう我々が日々戦っているのですが、洗脳の範囲が広がってきているのです』
「で、お酒が解決法ってわけ?」
ヅァバルは目で頷いた。
『一度正気を失えば洗脳が解けることが判明しています。幸いなことに、我々ドラゴンは酒に対する免疫を持っていません、少量を飲ませただけでこの仕上がりです』
事情を聞かされたクライズは顎に手を置いて考えこんだ。
「お酒はどのくらい必要なの?」
『こちらの姫は体が小さいので数滴で足りますが、成体のドラゴンには瓶一本分は必要になるでしょう』
クライズはヅァバルの解答にげんなり顔した。
「クライズさん、助けてあげましょう」
フィルの提案に、クライズはげんなり顔を更に歪めた。
意気込んでいたフィルの顔も真顔になり、微妙な空気が漂い始める。
「クライズさん、助けてあげましょう?」
「えぇぇぇぇ……」
今にでも断りたいクライズだったが、フィルが大好きなドラゴンを助けてあげたいという気持ちが無いわけでもなかった。
むしろ、フィルに気に入られるように助けてあげたかった。だが、代償が大きかった。
「分かったよぉ……はぁ……でも、私の大事なお酒を消費する前に試したいことがある!」
『なんでしょう』
「その洗脳をしている犯人を突き止めてそっちを叩く。目星くらいはついているんでしょう?」
『はい、ここから東の大陸の端にある森に洗脳された同胞が集まっています。犯人は恐らくそこでしょう』
「犯人を捕まえて煮るなり焼くなりすれば洗脳も解けるよね?」
『お、恐らく……まさか』
「よっしゃ、フィル、行こう。こんな茶番に私の大事なお酒を使われるわけにはいかない」
クライズは踵を返して荷物を背負い、歩き出した。
「え、ちょっと、クライズさん!」
「なに?」
「相手はドラゴンを従えているんですよ?」
「それはそうだけど、どうにかしないと私のお酒持っていかれちゃうでしょうが!」
『落ち着け、人の子よ』
取り乱すクライズを制止したのは老龍だった。
『その金髪の子の言葉も一理ある……人の身で、ましてや呪われた身で龍の相手はできまい』
老龍は鱗を零しながらゆっくり立ち上がり、クライズとフィルの方へ首を伸ばしてきた。
『この渓谷、龍の都には“神”がいる』
突拍子もない言葉に、クライズは目を細めた。
「神がいるならお酒に頼らなくても良くない?」
『正確には神ではなく、神の使い、“神使”だ。彼に会えば、人の身でありながら龍と対話する方法が見つかるかもしれぬ』
「えぇ、めんど――」
「その神使はどこに!」
クライズの不満を遮って目を輝かせたフィルが質問した。
『渓谷の深部よりさらに地中、地底湖にいるだろう……ワシらの身体で入るには岩盤を掘り起こさねばならぬ故、真偽を知る者はいない。だが、ワシらは常日頃その気配を感じておる』
「い、行きましょう! クライズさん!」
フィルの興奮に押し負けたクライズは老龍の案内で地底湖へ通ずる洞穴の前までやってきていた。
話通り、ドラゴンの巨体では入るのは一苦労だろう。
「さぁ、行きますよ、クライズさん」
ウキウキな様子で暗闇の中へ入るフィルをクライズはたいまつを持って追いかける。
足元も悪く、得体の知れない虫が壁面を蠢く様子に、クライズは鳥肌を立てながら進んでいく。対して、フィルの足取りは軽かった。
「元気だね、フィル」
「はい、まさか本物のドラゴンを間近で見る日が来るとは思いませんでした」
「ねぇ、一応聞いておくけどさ、私を追いかけてきてくれたのって」
「あぁ、ついでです。ドラゴンらしき影を追ってみたらクライズさんがいただけです」
「ま、またまたぁ、照れ隠しして……」
覗き込んだフィルの横顔は真顔だった。
「師匠の扱い酷くない?」
「あぁ!」
急に大声を上げたフィルに驚いたクライズがバランスを崩し、尻もちをついた。
「なになになに!」
「あ、いえ……荷物の中にわたしのぬいぐるみ……」
「私ってぬいぐるみ以下なのね」
フィルは肩を落とすクライズへ手を差し伸べ、立ち上がらせた。
「まぁ、クライズさんの優先度は十一番目くらいですね」
「聞きたくなかった」
と、クライズの心が痛めつけられたところで、狭い洞窟を抜け、視界が開けた。
「クライズさん……これ、何でしょうか」
「こんなところに原生林があるなんて……すごい」
洞窟の先には緑が広がっていた。
聞きなれない鳥の鳴き声や岩肌に生い茂る木々の騒めき、何よりも目を引いたのは陽の光が届かない暗闇を昼間の様に照らしている鉱物だった。
「どうなっているんでしょう」
「マナを含んだ鉱物が空気と反応して光ってるんだ。ここ、マナの濃度が高いから、もしかしたら“大樹”があるかもね」
「大樹?」
「マナの源だよ」
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