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第83話 デモニッシュの影(12)

 翌日からS.G.Gの本部と連携しつつ、綾乃が目撃された周辺の食料品店に営業をかけていく。


 とはいってもS.G.Gには営業専門の部署があるから、意外にも僕たちはサポートをする程度で済んだ。正直まだ営業をするだけの自信はないから助かった。


 サポートに際して、僕たちは最新の万引き被害の動向をまとめた。直近でこのような被害が増えていて、S.G.Gに加盟して対策をした方が結果的にコスト削減に繋がりますよ――というのが、S.G.Gの営業文句である。


 特に有城さんのAI顔認証システムの営業力は絶大だった。最近では機能アップデートを予定しており、それに伴って『AIFRSアイファース』という名称に変更するのだという。


 AIFRSでは、S.G.Gの加盟店舗と連携して、過去に万引きをした犯罪者のデータベースを作るらしい。それによって「一度他店で万引きした客が来たらアラートが鳴る」という対策が取れる。万引き防止に一役買うのだ。


 データベースを加盟店に連携するには、個人情報保護法の関係で万引き犯の同意が必要になるから少し対応がややこしくなるけど、S.G.Gとしては期待の新機能なのだとか。


 AIFRSの開発にも有城さんが関わっているから末恐ろしい。とても二歳しか離れてないとは思えなかった。


 そして最新の万引き被害の動向まとめと並行して、営業していくお店のピックアップもスパークルで進めていく。


 さすがに営業部にもリソースの限界があるから、すべてのお店に営業はできない。だから綾乃が利用しそうな店を絞り込む作業が必要だった。


 ピックアップは「綾乃がお金がなく、ビジネスホテルに滞在している」という前提で行われた。


 格安のビジネスホテルだとアメニティが不足しているだろうから、ドラッグストアに行くかも知れない。


 お金がないのであれば、コインランドリーで洗濯もできないだろう。つまり着替えを調達するために、洗濯ではなく新しい服を万引きしているかもしれない。洋服店も怪しい。


 そんな風に綾乃の立場を考えて、次々とお店をピックアップして営業部に報告する。


 もちろん「綾乃にはお金がない」という前提が間違っていたら、とんだ徒労になる。


 しかし小畑さんから「まずは方針を決めて、それに沿って捜索する。もし手がかりが掴めなかったら振り出しに戻って考え直せばいい。たとえ方針が間違っていても、可能性絞り込めるから無駄にならない」と言われていたから、特に心配はなかった。


 金曜日の夜には万引き被害の状況まとめとピックアップがひと通り終わった。あとは営業の進捗を確認しつつ、不足分を追加していくだけだ。つまり現時点で、僕ができることはもうない。あとは明日の定例打ち合わせで小畑さんと進捗を話しつつ、新しい仕事を見つける形になるだろう。


 やることが無くなると、途端に胸がモヤモヤとしてくる。頭の中に、どうしても綾乃の顔がチラついた。


 綾乃はいま、何をしているのだろうか。どんな気持ちで、僕たちから逃げ回っているのだろうか。一体綾乃に何があって、こうなってしまったのだろうか。僕が事前に綾乃の境遇を知って、力を貸してあげることはできなかったのか。


 そんな考えが、頭の中でぐるぐると回る。


 綾乃が失踪してから二週間近く、がむしゃらに捜索を続けてきた。そうすることで、綾乃について深く考えるのを避けてきたのだと、今になって気づいた。綾乃の捜索をしているのに、綾乃のことを考えずに済むなんて、矛盾してるけど。


 そんなことを考えていると、事務所の玄関が開く音がした。ソファーから立ち上がって廊下を見ると、有城さんが立っていた。


「うぅ〜、寒い寒い。もう本格的に冬だねェ」


 有城さんが身体をさすりながら事務所に入ってくる。有城さんは正式にスパークルのメンバーになったけど、その前から入り浸り気味だったから、あんまり新鮮味はなかった。


「もうすぐ世間的にはクリスマスですからねぇ。そりゃあ寒いですよ」


 言いながら、暖房を少し強めてから熱いインスタントコーヒーを淹れに行く。


「そっか、もうすぐクリスマスじゃん! あ〜、今年は彼氏と過ごせるかなぁ〜……」


 コートを脱ぎながらうなだれる有城さん。


「あれっ、有城さんって彼氏いましたっけ?」


 コーヒーカップをテーブルに置きつつ、有城さんに聞く。よく有城さんはサツキと恋愛話をしていたけど、彼氏がいるって話は聞いたことがなかった。


「ううん、いないよ。だからこれから作れるかなってハナシ」


 ありがとう、と言ってから有城さんがコーヒーに口をつける。


「あぁ、忙しいからとかじゃなくって、そういう……」


 思わず肩をすくめる。いつの間に彼氏ができたのかと驚いて損した。


「なになにぃ〜? あたしに彼氏ができてなくって、安心しちゃった?」


 有城さんが茶化すように笑う。いつも通りの有城さんに少し癒されつつ、僕は「はいはい」と適当にあしらった。


「それにしてもスパークルではクリスマス会とかしないの? てか、あたしが加入したお祝いもまだしてないじゃん」


「自分から歓迎会を要求する人、初めて見ましたよ」


 ツッコミつつ、クリスマス会のことを考える。確かに今年ももうすぐ終わるし、サツキも呼んで忘年会がてらやってもいいかもしれない。――でも。


「まだ綾乃のことが終わってないですし……今やるのはどうなのかな……って」


 正直なところ、今はそういう気分にはなれない。それに綾乃がいてこそのスパークルだ。綾乃抜きでお祝いをすると「綾乃がいてもいなくても関係ない」と言っているようで、個人的に嫌だった。


 しかし有城さんは僕の考えに「そうかなぁ〜」と首を振った。


「別にあやのん抜きでやってもいいと思うよ。クリスマスは待ってくれないし、あやのんが戻ってきたら、またお祝いすればいいじゃない。おかえりなさい会みたいな感じでさ」


「まぁ、それはそうなんですけど……」


 そんな煮え切らない返事の僕に対して、有城さんは「息抜きも大事だよ」と言った。


「アキラくん、ここのところずっと気を張ってるでしょ? 人間、そんなに気を張ったら疲れちゃうよ。しっかり抜けるところでは抜いてかないと、倒れちゃうよ?」


 それは図星だった。綾乃のことを深く考えないようにするため、走り続けてきた。正直ここ最近は、自分の限界を超えて働いてきた気がする。


 小畑さんみたいに頭の切れる人と打ち合わせしたり、営業部と連携しつつ仕事をしたり。自分より遥かに大人な人たちと関わることが多くて、精神を消耗していることは自覚していた。


「――それに、こういう大変なときこそ『当たり前のこと』を疎かにしちゃダメなんだよ」


 ダメ押しとばかりに、有城さんが言う。


「……そういうもんなんですか?」


「そういうもんなのっ」


 有城は言いながら、ニッコリと笑った。


 有城さんとは二歳しか違わないけど、ブレイズの……いやS.G.G全体の中核メンバーとして活躍している人だ。僕なんかより、遥かに社会経験がある。その上で意見だから、きっと正しいのだろう。


 クリスマス会。ここ最近はそんなことを考える余裕すらなかったけど、有城さんの言うとおり、開催してもいいかもしれない。今度片瀬さんに提案してみよう。


 ……ただできることなら、それまでに綾乃を見つけて、一緒にクリスマス会をしたい。


 クリスマスまで、あと一週間足らず。それまでに綾乃を見つけようと、僕は心の中で強く決意した。

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