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第82話 デモニッシュの影(11)

 スパークルの事務所に着くと、冷えた身体を温めるためにインスタントコーヒーを淹れた。そしてコーヒーを飲みながら、スマホを開いて思考を整理する。


 僕の考えだと、今の綾乃はお金がない。もしお金があるのなら、わざわざスーパーで万引きをするなんてリスキーなことはしないだろう。


 だとしたら、どうして綾乃にはお金がないのか。デモニッシュのメンバーであれば、それなりにお金を持っていても不思議ではない。なにせ年間数千万円〜数億円規模の窃盗をしていると噂される組織だ。少なくとも生活に困ることはないだろう。


 ここでまた一つの仮説を思いつく。もしかしたら、綾乃はデモニッシュから脱退したのではないか? という仮説だ。


 もしそうだとしたら、お金がないことも、仲間に頼まず綾乃自身が万引きをした理由も説明がつく。


 その場合、今後も綾乃が生活のために万引きを繰り返す可能性は十分にある。その前提で包囲網を張れば、綾乃を捕まえられるかもしれない。


 コーヒーのカップを置いてから、両手でスマホを持って地図アプリを開く。そして綾乃が最後に目撃された大型スーパー付近の地図を表示した。


 そこはスパークルの事務所から、電車で一時間半前後のところだ。綾乃がこの周辺に潜伏している可能性は高いだろう。駅前がそれなりに栄えているから、お店に苦労はしない。それにギリギリ都内から外れているから、僕たちの管轄外でもある。潜むにはうってつけの場所だった。


 もし綾乃がひとりで潜んでいる場合は、ホテルやネットカフェを利用しているかもしれない。まさか元々住んでいた家に隠れているってことはないだろう。もし警察の力を借りられたら住民票等で住所はすぐに割れるし、綾乃がそのことを危惧していないワケがない。


 つまりこの駅周辺の生活基盤になる場所――ホテルなどの宿泊施設や、スーパーなどの食料品店を徹底してマークすれば、何かしら綾乃の痕跡を見つけられる可能性がある。


 週明けの水曜日、定例の打ち合わせで僕はその考えを小畑さんに話した。


 スパークルの事務所で推理を黙って聞いていた小畑さんは、僕が話し終わると大きく頷いた。


「おそらく、その見解で合ってるだろう。俺たちの方でも、どうして駒崎がリスクをとってまで万引きしたのか疑問視する声が大きかった。デモニッシュを抜けてお金がないのであれば、その理由も納得できる」


 小畑さんに自分の考えが認められて、ホッと胸を撫で下ろす。話すまでは、自分の見解が正しいのか自信が持てなかったからだ。


「他県に行かず、どうして都内近郊に留まっているのかも不思議だったが……お金がないのであれば、少しでも交通費を節約したかったのかもな」


 言いながら、小畑さんが小さく息を吐く。それから小畑さんと有城さんとで、今後の捜索方針をまとめる。


 まず、小畑さんの主導で綾乃が目撃された周辺のホテルの張り込みをすることになった。それなりに栄えているとはいえ首都圏から離れた駅だから、安いビジネスホテルに絞れば十店舗ぐらいしかない。少人数でも問題なくカバーできそうだった。


 ネットカフェに関しては早々に候補から外すことになった。東京都の場合、個室を利用するには身分証の提示が必要らしい。今の綾乃がそんなリスクを冒してまで、ネットカフェには泊まらないだろう――というのが小畑さんの見解だ。


 そしてスーパーなどの食料品店を対象に、S.G.Gが契約の営業をすることになった。駅周辺の食料品店の監視カメラのデータが簡単に手に入るようになったら、AI顔認証システムで綾乃を見つけやすくなるためだ。


「この際、既存のS.G.G加盟店舗の張り込みはしなくていいだろう。駒崎もデータを掴んでいるハズだから、加盟店に来るとは思えない」


 小畑さんの意見には賛成だった。この駅周辺のS.G.G加盟店には、すでに監視カメラのデータを提供してもらっている。それなのに綾乃の姿を確認できていないから、綾乃があえて加盟店を避けている可能性は高い。無駄に捜索範囲を広げるだけの余裕は、今の僕たちにはなかった。


「――というワケで、一旦の話し合いは以上かな。アキラくんたちは本部と連携しつつ営業を進めてくれ」


 役割分担が決まり、小畑さんが締めくくる。ホテルの張り込みは小畑さんチームが担当し、食料品店へのS.G.G加盟の営業は僕と片瀬さんが担当することになった。さすがに二人では荷が重いので、本部からも人手を借りられるらしい。


 一旦はこの役割分担で進行し、また週末の土曜日に進捗を持ち寄って方針の微調整をすることになった。


 小畑さんと有城さんが帰るのを見送ってから、事務所のソファーに深々と腰を下ろす。疲れがソファーに溶け込んでいくような感覚を味わいながら、大きく伸びをした。


 小畑さんはかなり頭が切れるから、自分が見当違いのことを口にしていないかとヒヤヒヤする。有城さんも有城さんで、仕事モードのときは真剣だし神経を使う。


「……月之下くん、いつもゴメンね」


 そんな僕を見かねてか、片瀬さんが申し訳なさそうに頭を下げてきた。


 今回の綾乃の捜索では、ほとんど小畑さんとの会話は僕が進行している。だから片瀬さんは有城さんと話すときに少し口を出す程度だった。四人とも片瀬さんと小畑さんの確執のことは知っているから、自然とこうなってしまった。


「いえいえ、全然気にしないでください。一応僕も、二人の件は知っているつもりなので」


 本当はちょっと息が詰まるときもあるけど、片瀬さんに心配はかけさせたくない。僕は無理に笑みを作った。


「……本当は、いつまでもこのままじゃいけないって、わかってるんだけどね……」


 目を伏せながら、片瀬さんが呟くように言う。そんな片瀬さんを見て、以前小畑さんが言っていたことを思い出した。


 ――アイツは人見知りだから、本当はGメンなんか向いているワケがないんだ。アイツにはもっと、別の向いている仕事があったハズなのに。


 それは小畑さんが、片瀬さんの身を案じたからこそ出るセリフだった。だから本当は小畑さんも、片瀬さんのことは好きなハズなのだ。お互いに気持ちがすれ違っているけど、実は簡単に仲直りできるんじゃないだろうか。


「僕が言っていいのかわからないですけど……仲直りとか、しないんですか?」


 僕の言葉に、片瀬さんはゆっくりと首を横に振る。


「無理じゃないかなぁ。小畑くん、きっとわたしのこと、すっごく恨んでると思うから」


「……そんなこと、ないとは思いますけど……」


 小畑さんの本心を話していいか分からず、思わず曖昧な返事をしてしまう。お互いの本心を知っているとはいえ、僕は部外者だし、ここで小畑さんの気持ちを話すことは無粋な気がした。


 ――ただ、綾乃のことが落ち着いたら、二人が話す場を作ってもいいかもしれない。


 そんなことを考えながら、片瀬さんとこれからの進め方について打ち合わせをした。

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