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004 嬉しさと不安と

 それからというもの、リラは青年のことで頭がいっぱいになってしまった。家でも、アルバイト先の図書館でも、気づくとあの青年のことばかり考えていた。


 あれから青年は現れなかった。そのことにがっかりしつつ、かといって、会ったらどうすればいいのだろうという不安な気持ちになる。


 カウンターの上に勉強するテキストなどを並べても、すぐに考えごとはそっちにうつってしまう。コーラル語のテキストに書かれた彼の字をみるたび、思い出してしまう。


 青年との距離が近づいた、というか、顔が触れそうなほど近づいた時のことを。


 口づけをするほどに近かった。はっきりいうと、口づけされると思った。しかし、されなかった。


 青年はただリラの瞳を見つめていた。恐らく、青年はリラの珍しい紫の瞳をじっくり見たかったのだ。そのせいで近づきすぎただけ。青年もそのことに気づいて、慌てて離れた。


 特別な感情があるわけではない、そんなはずがないとリラは思いつつも落胆した。特別な感情があったらよかったのに、と。


 大体、そういった好意などがあれば、名前などを教えると思った。これまで自分に話しかけた者はすぐに自分の名前や年齢や素性を教え、リラにもそういったことを引き換えとばかりに聞いてきたからだ。


 しかし、青年は一切そういうことをしなかった。つまり、リラに個人的な興味はないということだ。


 単に図書館にいる親しい女の子といったところだろう。青年は女性にモテそうだった。自分は年下の子供にしか見えないに違いない。ため息がでた。


 階段をのぼる足音がする度、彼ではないか、とドキドキしてしまうのを抑えきれない。だがそれ以来、青年は来ない。リラにとって心臓に悪い日々が過ぎていった。




 そしてようやく。青年は現れた。


 リラの胸は高まった。だが、悟られたくなかった。こんなに自分がドキドキしているのも、彼のことで頭がいっぱいで夢中だということも。


 本当は青年の姿を見たくてたまらない気持とはうらはらに、リラは深くうつむいた。そして、まるで彼に気づいていない、とでもいうように、カウンターのテキストに集中しようと自分自身に言い聞かせた。


「元気だった?」

「……はい。お久しぶりです」


 声をかけられてもぎこちない挨拶になってしまう。


「もっと早く来たかったけれど、色々と忙しくて」

「そうですか」


 その後に続く沈黙。明らかに気まずさが漂っていた。


「今度はフェリオール語か」


 青年はリラの勉強しているテキストを見ていった。


「コーラル語の勉強は終わったのかな?」

「コーラル語は検定試験を受けたので、気分転換にフェリオール語のテキストを買いました」


 コーラル語のテキストにある青年の字をみるたび彼のことを思い出してしまう。勉強に集中できない。それがフェリオール語の勉強に変更した本当の理由だった。


 そのことを正直に言えるわけもない。


「フェリオール語は得意なんだ。フェリオールに弟のような者がいてね。だから、自然と覚えた」


 そう言って青年はリラのテキストをみようと手をのばした。


「あ、あの、大丈夫です! それよりも、何かご用がありますでしょうか?」


 テキストを隠すように、抑えるように、そんなリラの素振りに、青年はちょっと間をおいて、手を引っ込めた。


「いや……特には」

「いってらっしゃいませ」


 きっとまたあの部屋に行くのだろう、そう思ってリラは一礼した。もちろん顔を隠すために。


「……行ってくる」


 そういって、青年は廊下を歩いていった。


 姿が見えなくなると、リラは大きく息を吸い、息を吐いた。


 会えて嬉しい。でも、なんだが気まずい。彼はどう思ったのだろう、今の自分の反応を。フェリオール語は得意だといったのに、まるで拒否するように自分がテキストを隠したことを。そう考えてまた落ち込み、ため息をついていると声がかかった。


「はい!」


 目の前にいるのはとてもきれいな女性だった。緩やかにウェーブした茶色の髪に茶色の瞳をしているが、特徴的な容姿だ。


「この本がありそうな部屋まで案内して下さる?」

「はい、お調べ致します」


リラは帳簿を見て蔵書の確認をした。


「蔵書としてはありますが、本棚を見ないと、貸し出し中かどうかはわかりません。回廊先になりますので、ご案内致します」


 そういってリラは立ちあがると、目的の部屋まで女性を案内した。


「こちらです。一緒にお探ししますので」

「ありがとう、助かるわ」


 女性は微笑んだ。


 少しすると本は見つかった。


「こんなに沢山ある本の中から、たった一冊の本をさっとみつけるなんて凄いわね。貴方は若いのに優秀なのね」


 リラは嬉しかった。


「それが仕事ですので。では、元のカウンターまでご案内」

「ああ、それはいいの、もう少し他の本も見ていきたいから、先に戻って下さる?」


 そういって女性は微笑んだ。


「回廊で迷われる方が多いのですが、大丈夫ですか?」

「これでも記憶力はいいほうだから、なんとなくわかるし大丈夫よ。それよりもちょっと気になったのだけれど」


 少し考えるような素振りをして、女性はリラをみた。


「貴方、さっきの男性とお知り合い?」

「え?」


 リラは一瞬困惑する。


「どの方でしょう?」

「私の前に、話していた人。凄く素敵な青年よ」

「いいえ。ここ最近、何度かいらしたので、声をかけてくださったようです」

「そうなの、素敵な人だったわねえ、お知り合いになりたいわ。名前とか知らないかしら?本を借りたらわかるでしょう?」「

「私はただの案内係です。それに、例え知っていても職務上、個人情報になるので教えられません」


「ああ、そうなの。でもなんとか……そうねえ、少しこれから通って、ばったり遭遇するのを狙ってみようかしら。図書館で出会うなんてちょっと知的で素敵じゃない? うふふ」


 気持ちはわからないでもない、あれだけ素敵な男性なら親しくなりたいと思う女性は多そうだとリラは思った。


「他になければ戻りますが、よろしいでしょうか?」

「ああ、ごめんなさい、ありがとう」


 リラは扉をしめ、元のカウンターにもどった。


 カウンターの前には一人の男性が立っていた。


「ご案内が必要でしょうか?」


 あわてて駆け寄るリラ。


「ええ、お願いします」


 黒髪の男性は答えた。


「何をお探しですか?」

「探しているのは金髪碧眼の男性です。とても美しくて、私より少し若い感じの」


 思い当たる人物は一人しかいなかった。あの青年だ。


「私は本を案内する係りなのですが」

「急用があるのです。彼がいる場所まで案内していただけませんか?」


 本来、彼女は本の場所を案内するのが仕事である。利用者の元まで案内するのは仕事ではないのだが、困っている者を放っておくわけにもいかない。


「思い当たる方はいるのですが、私、今日は案内していないのでどの部屋にいるのかはわかりかねます」

「思い当たる場所で構いません。とても大事で到急の要件なのです。どうか、力をお貸しして頂けませんか?」


 リラは頷いた。


「わかりました、お力になれるかわかりませんが、以前に案内した場所へならお連れすることができます。そこにいるかもしれませんし、そのお部屋までご案内するということでよろしいでしょうか?」

「もちろんです。お願いします」


 リラは黒髪の男性を、最初に青年を案内した部屋に案内した。青年はいない。


「いませんね。困りました」


 黒髪の男性は眉をしかめてため息をついた。


「もう一部屋だけ、思い当たる場所があります」


 今度は読書室のほうへ案内する。


 青年はそこにいた。ソファでごろりとしながら本を読んでいる。いかにもくつろいでと言った感じだ。


 青年は突然の来訪者であるリラと黒髪の男性を見て驚いた顔をした。


「……嫌な予感が当たった」


 そういって青年は身を起こした。


「意外な場所にいらっしゃったので、正直びっくりしました」


 そういうと、黒髪の男性は、青年に近づいた。そして、耳元で何かをいう。青年の顔が曇る。


「すまない、急いで帰らないといけなくなってしまった」


 青年は立ちあがった。


「この本を返しておいて貰えないかな?」

「はい、片付けておきますので大丈夫です、ご利用ありがとうございました」


 リラはそういって一礼した。


「本当に助かりました。では」


 黒髪の男性もそういって一礼する。


 青年と黒髪の男性は急ぐように部屋を後にした。


 リラは青年が持ち出してきた数冊の本を持って部屋を出ようとした。すると、そこにはさっき会った茶色の髪の女性がいた。


「あら、あなた」


 女性を案内した部屋と、この部屋は少し遠い。しかも、おいてある本の種別もかなり違う。


「もしかして、迷われましたか?」


 リラがそう聞くと、ややあって、


「半分そんな感じかしら。どんな建物なのか、蔵書があるのか適当に見学していたのよ。そろそろ戻ろうと思っていたし、会えてよかったわ!」


 女性はそう答えたが、もしかしたら、青年のことが気になって、探していたのかもしれないとリーナは思った。


「カウンターまでご案内します」

「その本、片付けなくていいの?」

「後でまた来ますので、大丈夫です」

「そう、でも、こんな部屋があるなんて知らなかったわ」

「ここは読書室になっているのです。あまり利用する方はいませんが」

「そうよね。この辺の蔵書は難しい本ばかりみたいだし」


 そういって女性は笑った。


「ご案内します」


 リラがカウンターまで先導する。


「ありがとう。また来るわね」


 女性はそう言って立ち去った。


 あの女性が来るのは本のためか、それともあの青年と知り合いになりたいためか。


 ふと考えてしまうリラだった。


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