第1話 概念が全部「君」になってるって、マジかよ
俺、天野零は死んだ。
正確には、いつものように残業でフラフラになりながら帰宅途中、信号無視のトラックに轢かれた。痛みは一瞬だった。次の瞬間には、真っ白な空間に浮かんでいた。
「うわ……本当に死んだんだな」
ぼんやりと呟くと、目の前にふわふわしたピンク色の光の球が現れた。
【お疲れ様です、天野零さん! 死にましたね!】
妙にテンションの高い女の声が響く。
【今回は特別枠で、異世界転生の権利をお贈りします! 世界名は「具現界」。ここでは、すべての概念・事柄・システムが「~君」として擬人化されています! スキル君、魔法君、HP君、MP君、アイテム君……全部可愛い子(?)になってますよ♪】
「……は?」
【あなたは「普通の人間」として生まれ変わります。他の具現者さんたちは最初から強力な概念体と契約していますが、あなたはゼロスタート。でも安心してください! 特別に「概念視」の能力をお付けします。これは、他の誰も持っていないチート能力です!】
光の球がキラキラと回転しながら続ける。
【概念視で、すべての~君の本音と相性が見えます。うまく使えば最強になれますよ~。では、頑張ってくださいね! 転生開始!】
光が爆発した。
次の瞬間、俺は柔らかい草の上に倒れていた。
木々の匂い、鳥の声、遠くで川の流れる音。完全にファンタジー世界だ。
「……痛てて」
体を起こそうとした瞬間、目の前に金髪の少年が飛びついてきた。
「れいちゃん! 起きて起きてー! HP君、超元気いっぱいだよ~! 君のHP、満タンだよ! ほらほら、俺のこと見て! 可愛いでしょ?」
少年は10歳くらいに見える。金髪ショート、大きな青い目、元気いっぱいの笑顔。白いチュニックを着て、首から小さな赤い宝石がぶら下がっている。
俺は固まった。
「……お前、誰?」
「えー! ひどい! 俺、HP君だよ! 君の命そのものだよ! これからずっと一緒にいるんだから、よろしくね!」
HP君が俺の腕にしがみついてくる。
その横から、眠そうな声が聞こえた。
「……ふわぁ……MP君、もう魔力ほとんどない……起きたばかりなのに……寝たい……」
銀髪の少女が地面に座り込んでいた。長い髪を床に垂らして、紫色のローブを着ている。目が半分閉じていて、明らかに眠そうだ。胸元に青い宝石。
「MP君……?」
「うん……れい……魔力くれ……でないとすぐ寝落ちする……」
少女が俺の膝に頭を乗せてくる。柔らかい。重い。温かい。
俺は頭を抱えた。
「待て待て待て。整理させてくれ。今俺は、異世界に転生して、HPとMPが可愛い子供になって俺に絡んでるってことか?」
すると、少し離れた木の陰から、黒髪の少年が腕を組んで現れた。
「ふん。ようやく気づいたか、相棒」
長身で、整った顔立ち。黒いコートを羽織り、腰に短剣を差している。年齢は俺と同じくらい16~17歳に見える。首から緑色の宝石。
「俺がスキル君だ。今日からお前は俺の主人公ってことでいい。スキルは俺が全部管理してやる。……まあ、お前が弱いのは最初だけだ。俺が最強にしてやるよ」
スキル君がニヤリと笑う。
俺は立ち上がり、三人を順番に見た。
「つまり……俺のステータス画面が全部擬人化してる世界なんだな」
三人が同時に首を傾げた。
「ステータス?」「画面?」「……ふわぁ?」
俺は深くため息をついた。
「はぁ……この異世界、クソ面倒くさそうだな」
その時、突然視界の隅に半透明のウィンドウが浮かび上がった。
【概念視発動】
【HP君(親愛度:85)】 本音:「れいちゃん大好き! ずっと一緒にいたい! でも攻撃されたらすぐ死ぬから守ってね!」
【MP君(親愛度:72)】 本音:「……れいの魔力、美味しそう……もっと近くにいたい……眠い……」
【スキル君(親愛度:68)】 本音:「こいつ、意外とツッコミが鋭いな。面白くなりそう。俺の力を存分に使わせてやるぜ」
……見えすぎだろ、これ。
俺は慌ててウィンドウを閉じた。
「とりあえず、名前は零でいい。よろしく、HP君、MP君、スキル君」
「うん! れいちゃん!」「……よろしく……」「相棒、な」
三人が笑顔(と眠顔)で返事をしてくれた。
しかし平和はすぐに終わった。
森の奥から、低い唸り声が聞こえてきた。
ゴブリンらしき緑色の小人が三体、棍棒を持って近づいてくる。
「うわ、マジか。序盤からモンスター!?」
HP君が俺の後ろに隠れながらも拳を握った。
「れいちゃん! 俺、頑張るよ! HPはまだ満タンだから、耐えられる……と思う!」
MP君は地面に座ったまま手を挙げた。
「……火の魔法……撃つね……でも魔力少ないから、一発だけ……」
スキル君が短剣を抜いた。
「俺の出番だな。『二刀流スキル』発動!」
次の瞬間、スキル君の体が光り、二本の短剣が現れた。動きが明らかに速くなる。
ゴブリンが襲いかかってきた。
俺は咄嗟にHP君を庇った。
「HP君、下がれ!」
「えー! でも俺、れいちゃんの盾だよ!?」
ゴブリンの棍棒が振り下ろされる。
ドンッ!
HP君が直撃を受けた。
「うわぁぁぁん! 死ぬぅぅ! HP減ったぁぁ!」
少年が派手に吹っ飛んで草むらに倒れる。派手なエフェクトとともに、体が半透明になりかける。
「HP君!?」
俺は慌てて駆け寄った。
すると視界に数字が浮かぶ。
【HP君:残りHP 12/120】
「マジで即ダウンかよ!」
MP君がゆっくり手を振った。
「……ファイア……」
小さな火球が飛んで、一体のゴブリンを倒す。しかしMP君はすぐに地面に倒れ込んだ。
「……魔力ゼロ……おやすみ……」
スキル君が残りの二体を華麗に斬り倒した。
「はっ! これが俺の力だ! 相棒、見たか!?」
戦闘終了。
俺は倒れたHP君を抱き上げ、MP君の隣に寝かせた。
「はぁ……はぁ……お前ら、強そうに見えて脆すぎだろ」
HP君が弱々しく笑う。
「……れいちゃん……ごめん……でも、れいちゃんが守ってくれたから……嬉しい……」
MP君が寝言のように呟く。
「……れいの膝……いい匂い……」
スキル君が短剣を収めながら肩をすくめた。
「まあ、序盤はこんなもんだ。俺が鍛えてやるよ。……それに、お前、意外と冷静だな。普通の奴ならパニックになるはずなのに」
俺は二人の頭を優しく撫でながら、空を見上げた。
この世界では、概念体が死ぬと本当に色んなものが崩れるらしい。HP君が死んだら、俺も死ぬ。MP君が枯渇したら、魔法が使えなくなるのかもしれない。
つまり、これはただのゲームじゃない。
仲間を、守らなきゃいけない。
「……わかった。とりあえず村を探そう。お前らを回復させて、ちゃんと契約を固めないと」
HP君が俺の胸に顔を埋めて嬉しそうに笑った。
「れいちゃん……大好き」
MP君が俺の服の裾を掴む。
「……もっと魔力……ちょうだい……」
スキル君が俺の隣に並んだ。
「相棒、俺も頼むぜ。これからよろしくな」
俺はため息をつきながらも、口元が少し緩むのを感じた。
死んだはずの人生が、こんな馬鹿馬鹿しくて、ちょっとだけ温かいものになるとは思わなかった。
具現界での、俺と「君」たちの生活が始まった。
――HP君がすぐダウンする、面倒くさくて愛おしい異世界生活が。
(第1話 終わり)




