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39.おとり捜査(二)


計画実行の日。ステラは平民の衣服をまとい、皇都の街道を歩いていた。商人たちが使う往来の多い道を選び、自然に紛れ込むように。


少し離れた場所から、ロイクがひっそりと見守っている。彼はレオナルドの命を受けて同行しており、そのことをステラも知っていた。


(……今日はリアンと会う日だったけれど。ロイクがいる以上、待ち合わせ場所には行けないわね)


ステラは心の中でつぶやく。


(でも、あなたならこの状況も気づいているでしょう。……リアン)


すれ違う商人の姿は多いが、さらわれる気配はない。周囲には常に何人かの人影があり、仮に誘拐犯と出会ったとしても、この場で行動を起こすことは難しいだろう。


日が暮れるまで、ステラは歩き続けた。だが、結局この日は何も起こらなかった。夜になっても念のため人気の少ない道を選んで歩いたが、状況は変わらない。


疲労が足に溜まり始めた頃、ロイクが近くの小さな宿を手配してくれた。二人は隣同士の部屋をとり、簡素ながら温かい食事を取る。ステラはベッドに腰を下ろし、じんじんと痛む足をさすりながら、


「明日はもう少し場所と時間を工夫しないと……」


と小さく意気込みを口にした。


その時。窓辺に、かすかな気配。ステラが目を向けると、外にフードを深く被った人影が立っていた。


「……リアン」


そっと窓を開け、音を立てぬよう彼を招き入れる。


「今日は例の場所へ行けなくて、ごめんなさい」


謝るステラに、リアンは首を横に振った。


「それは問題ありません」


やはりリアンは全てを把握していた。ステラが何をしようとしているのかも。そして、彼がここへ来た理由はただ一つ――ステラの父からの手紙を渡すためだった。国王もまた、ステラからの返書を心待ちにしており、リアンは危険を承知でここまでやって来たのだ。


ステラは手紙を受け取り、ふと口を開いた。


「……あなたの方はどう?」


唐突な問いかけにも、リアンはすぐに答える。


「きっと知りたい答えは、皇宮の中にございます。おそらく――皇帝陛下、皇后陛下、アレクシス殿下。いずれかが鍵を握っているはずです」


隠密として可能な限り調べてきたが、彼の腕をもってしても皇宮の奥の真実にはまだ届かない。それだけ、帝国の中枢は厳重だった。


「……ご無事で」


短くそう告げ、リアンは再び闇に溶けるように窓から姿を消した。部屋に残されたステラは、胸に残る余韻を感じながら手紙を強く握りしめた。



計画2日目の朝。宿の食堂でロイクと向かい合って朝食をとるステラは、ぽつりと呟いた。


「……やっぱり、お化粧くらいしたほうがいいかしら」

「……は?」


パンを口にしていたロイクが思わず聞き返す。


「被害者は皆、容姿端麗な方ばかりでした。……わたしの見た目では、囮にはならないのではと思って。どうして誰も指摘してくださらなかったのでしょうか」


半ば呆れたように、ロイクは額に手を当てる。


「本当にそんなことを気にしてるのか、ステラ嬢は。……自分の顔について、自覚がないのか?」


「自覚くらいありますよ。わたしは地味ですし、美人でもありません」


淡々とした答え。ステラは、ふと姉の華やかな顔を思い浮かべる。


(お姉様はとても美しくて、派手で……わたしとは正反対だった)


ロイクは心の中で小さく嘆息する。


(……これは大変そうだな、レオナルド殿下)


その後、ステラは宿の主人の妻に頼んでこっそり化粧道具を借りた。平民がしても不自然に見えない程度の簡単な化粧。王国にいたころも専属の侍女を持たず、自分で手入れをしていたため慣れた手つきだった。


鏡を覗き込み、昔を懐かしみながら口元をほころばせる。


「……今だけ、美人にしてください」


両手を合わせ、まるで祈るように呟いた。


その様子を覗いたロイクが声をかける。


「何をしてる」

「な、なんでもありません」


慌てて平静を装うステラ。


宿を出たその時、通りが一瞬ざわめいた。


「リナ! リナぁ!」


一人の女性が娘の名を叫びながら走り回っている。ステラとロイクは顔を見合わせ、すぐにその女性のもとへ駆け寄った。女性は、ロイクが皇宮の騎士だと知るや否や必死に訴える。


「七歳の娘と買い物をしていたんです……ほんの少し目を離したら、いなくなって……!」


消えてからおよそ十分。いくら探しても姿が見当たらないという。


ステラの胸に冷たいものが走った。


(もし誘拐事件とつながっているのだとしたら……まだ近くに犯人がいるはず)


話を聞いた場所の裏通りは、人通りの少ない森に面した小径だった。ステラはロイクを見上げる。


「……ここから先は、ついてこないでください。もし娘さんを見つけたら、その子だけを守って」


ロイクが返事をする前に、ステラは一人で小径へと歩み出す。


そこには荷馬車に荷を積もうとしている二人組の男たちがいた。袋の一つが、わずかに蠢いている。


ステラは声をかけた。


「その荷物……動いているようですが、何が入っているのですか?」


男たちは振り返り、狼狽の色を見せる。そして、ステラの口を塞ごうとした。


「ロイク!」


瞬間、ロイクが飛び込んできて袋を奪い、娘を救い出す。気絶させた男の一人を地に転がし、ステラへと視線を送る。


「女の子の保護をお願いします!」


ステラは叫び、もう一人の男へと向き合う。


だがロイクが娘を抱えて去った直後――残った男は素早く小瓶を取り出し、ステラの鼻口に押し当てた。


「っ……!」


薬の匂いが肺に流れ込み、視界が揺らぐ。意識は急速に暗闇へ沈んでいった。


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