13.嫌がらせ事件(一)
レオナルド皇太子殿下との“お忍びデート”から数日が経った。
あの日、王宮の裏門近くで元の服に着替えてから帰ってきたステラだったが、大きな袋は隠しきれず――
「ステラ、その袋なに!? 絶対なにか買ったでしょ! え、もしかして、貴族の人にプレゼントされたとか!?」
寮の部屋に戻るなり、カレンは目ざとく反応した。
ステラは「発言は控えさせてもらいます」とだけ言って、やり過ごしたが、それで引き下がるカレンではない。
「絶対デートだったよね!? 誰、誰!? まさか、本当にお忍びの貴族様とか!? やっぱ王宮って夢あるよね〜〜!」
問い詰められても、ステラは笑ってごまかすばかりだった。
それでもカレンはめげず、ことあるごとに袋の中身――貴族令嬢のような優美なドレス――を見せてとせがんでくる。
「ねえ、ちょっとだけ! いいじゃん。ステラが着たらきっと似合うし、あたし、こういうの着るの憧れなんだよね……」
目を輝かせてうっとりするカレンに、ステラは苦笑するしかなかった。
その朝も、食堂へ向かう道すがら、カレンは楽しげに話していた。
「でね、その服、布の質が全然違うの。ひらひらしてて、色も上品でさ! 見てるだけでテンション上がるよ!」
その明るい声が、石畳の廊下に反響する。
――しかし。
その会話を、廊下の角の陰からじっと聞いている影がひとつあった。
フードのついた作業用ケープを羽織った一人のメイドが、壁に背を預け、目だけを細める。
(……あの子、ステラって言ったわね)
淡い笑みを浮かべながら、その瞳にはただならぬ興味が宿っていた。
――そして、彼女は音もなくその場を離れた。
静かに、何も聞かなかったかのように。
最近、ステラは侍女たちと一緒に作業する機会が増えていた。
その中でも、とりわけ仲良くなったのがリサ・クレアだった。
「はい、今日も作ってきたの。よかったら、どうぞ」
休憩の時間、控えの間の片隅で、リサがにっこりと微笑みながら、布にくるんだ焼き菓子を差し出す。
「わぁ……リサ様、ありがとうございます。すごくいい香り……」
ステラが恐縮しつつ手を伸ばす横で、カレンはすでに目を輝かせていた。
「えっ、今日もあるの!? やった〜! 昨日食べたあのサクサクのやつ、もう最高だったんだよね!」
にぎやかに笑いながら焼き菓子をほおばるカレンに、リサはくすくすと笑いながら「いっぱいあるから、遠慮なくどうぞ」と優しく答える。
――そのやり取りを、少し離れた場所から見ている数名のメイドがいた。
「……またもらってる」
「なんで侍女様とあんなに仲いいの? 平民のくせに」
ひそひそと交わされる声。嫉妬と苛立ちが混ざった視線。
ステラが特別な存在になっていくことに、気づいている者は少なくなかった。
特に、階級がすべてと信じて疑わない一部のメイドにとって、“平民のステラが貴族である侍女に可愛がられている”という構図は、受け入れがたいものだった。
(なんであんな子が……)
沈んだ目が、ステラたちに向けられたまま、ゆっくりと感情を濃くしていく。
それは、静かに芽を出し始めた――“嫉妬”という名の毒草だった。
「……嘘、でしょ」
ステラがベッドの横に置いた袋に手をかけた瞬間、喉の奥で言葉が詰まった。
袋の中にあったのは、レオナルド皇太子殿下からもらった、あの高価なドレス。
――そのドレスの裾が、無残にも裂かれていた。
「……そんな」
薄い布地は縦に大きく裂かれ、まるで何か鋭い刃物で断ち切られたようだった。
ステラの手が小さく震える。
(殿下からいただいたものを……こんなふうに……)
背筋が凍るような思いに、ステラの顔から血の気が引いていく。
「な、なにこれ!? ……誰がやったの!?」
袋の中をのぞきこんだカレンが、怒りをあらわに声を上げた。
「こんなの、絶対わざとだよ! ふざけてる! 信じられない……!」
ステラが声を出せずに立ちすくんでいる間に、カレンはぷるぷると肩を震わせながら言った。
「ステラ、犯人、絶対見つけよう! こんなこと、絶対に許せない!」
カレンの勢いに押されるようにして、ステラは戸惑いながらも部屋の外へ出る。
カレンは寮の廊下を歩きながら、顔見知りのメイドたちに次々と声をかけていった。
「ねえ、今日の昼間、私たちの部屋に入ってた人とか見なかった? ちょっとでもいいから、何か知らない?」
けれど、誰もが曖昧に首を振るばかりで、要領を得ない。
そのとき――
廊下の少し奥、柱の陰で何人かのメイドたちがこそこそと話しているのが目に入った。
ステラたちの姿を見ると、その中のひとりが小さく口元を歪め、くすりと笑った。
「……」
その視線に気づいたステラは足を止める。
カレンも同じ方向をにらみつけるように見つめた。
(まさか……)
だが、証拠はない。ただの勘。
けれど、胸の奥に、ざらついた不安が広がっていく。




