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58 本当の意味で近づくために


 翌朝、シオンはエルメス伯の隠れ家である可能性がある二十七ヶ所について、印を付けてフィーネに伝えた。


 ほとんどが伯爵領東端に位置している。

 取引と搬出の記録までは特定できたが、実際にどこに運び込まれたかまでは確定できなかったという話だった。


「行って、しらみつぶしに探索しましょう」


 移動経路を考えつつ、二人で担当場所を振り分ける。


 他の人に力を借りるという選択肢も考えたが、敵の魔道具が規格外の力を持っている以上、巻き込んでしまえば取り返しのつかないことになる可能性がある。


 その点で唯一頼ることができる協力者が――幽霊さん。


 小声で同意を得てから、担当場所の調整を進めていく。


「君の担当が多すぎるように思うが」


 シオンの言葉に、フィーネは迷う。


 いったいどう答えるべきだろう。


 幽霊さんのことを話さない方が、説明自体は簡単で。


 何より、幽霊さんについて話すのを怖いと感じている自分がいた。


 事実をありのままに伝えても信じてもらえるとは限らない。


 両親を亡くした少女が作った空想上の友達とか、残念な妄想みたいに思われてしまう可能性もある。


 見えない人たちからすると、むしろそう考える方が自然で。


 ありのままの自分をわかってもらえるほど、この世界が甘くないことをフィーネは知っている。


 要領よく納得しやすい説明をする方が多分、うまくいく可能性はずっと高くて。


 だけど、フィーネは本当のことを話したいと思った。


 怖くても、話さないといけない。


 そうしないときっと、幽霊さんにどこかで寂しい思いをさせてしまうから。


 そして、本当の意味でシオン様に近づくことはできないから。


「実は一人、《黎明の魔女》に協力してくれている人がいまして」


 その言葉は、シオンにとっても予想していないものだったのだろう。


 小さく見開かれた瞳に、フィーネは言葉に詰まりそうになる。


 それでも、踏みとどまる。


 フィーネはシオンに幽霊さんのことを話す。


 ひとつずつ丁寧に、誠実に言葉を選びながら伝える。


 存在が他の人には観測できない古の魔法使いであること。


 義理の両親に冷遇されていた自分に、魔法を教えてくれた人であること。


 お父さんだと思っている大切な人であることを伝える。


 うまく伝わらないかもしれない。


 見えない誰かをお父さんと思っているなんて、普通の感覚からするとおかしな話に違いなくて。


 顔を見ることができずに俯く。


 だけど、シオンは特に疑うこともなくうなずいてくれた。


「君にそういう人がいてよかった」


 安堵したような声に、フィーネは戸惑う。


「嘘だと思わないんですか?」

「嘘なのか?」

「違いますけど」

「それならいい」

「でも――」

「君が嘘をつかないといけない状況になったのは、俺にも責任がある」


 シオンは言う。


「話してくれてありがとう」


 優しい笑みに、フィーネは言葉が出なくなる。


 よくない。

 これは心臓に悪い。


 抱えている神経症の一種が悪化したらどう責任を取ってくれるのか。


 いや、責任はもう取ってもらえてるのかもしれないけれど。


 顔が熱くて、うまく言葉を返せない。


 ありのままの自分をそのまま受け取ってもらえたのが、予想以上に効いてしまったのだろう。


 うにゃうにゃしてしまった自分の醜態にこめかみをおさえつつ、三人で手分けして、特級遺物が運び込まれた隠れ家を探す。


 フィーネは変身魔法で鳥になり、シオンは王都から馬に乗って、幽霊さんはふわふわ漂いながら怪しい場所を巡る。


 そこにある建物が隠れ家なのかどうか判別するのは簡単なことでは無かった。


 アンデッドの実験をしていた屋敷の地下を見ても、エルネス伯は魔素と魔力の気配を隠すのが異常なまでにうまい。


 一見廃墟のように見えても、その地下に特級遺物が隠されている可能性もある。


 ひとつずつ丁寧に見て回る。


 五件目のお屋敷を探索したところで、幽霊さんがフィーネを呼んだ。


『見つけた』


 シオン様と合流し、幽霊さんが探し当てたその場所へ向かう。


 三階建ての洋館だった。

 建てられてから五十年近く経っているだろうか。


 不揃いな生け垣と荒れ果てた庭。

 枯れた池の底に落ち葉が堆積している。


 ひび割れた窓をのぞき込んで観察をする。


 誰かが住んでいる気配はない。


 フィーネは水魔法を起動する。

 水の塊を窓枠から中に染み入れさせる。


 窓の向こうに通してから、適度な粘性を含んだそれを操作して窓の鍵を開けた。


 音を立てないように注意しつつ窓を開ける。


 窓枠に足をかけ、中に入る。

 ほのかに香ばしい木の匂いがする。


『エルネス伯は特級遺物を複数保有してる。何が仕掛けてあるかわからない。注意しすぎるくらいの警戒が必要だ』


 幽霊さんの言葉にうなずく。


 自分が作ったものだからこそ、それが悪用されたときの危険性についても誰よりもよく知っているのだろう。


 たどり着いたその部屋には地下に続く隠し扉があった。


 ノブを回し、扉を引く。


 むせかえるような魔素の気配にフィーネは息を呑んだ。


「よほど魔道具の知識が無いと、ここまで完璧に魔素を封じ込めることはできない」


 すぐ隣でシオンが言う。


「エルネス伯夫妻は魔道具に精通してるんですか?」

「いや、あくまで趣味の範疇で専門的な知識は持っていないはずだ」

「協力者がいる可能性がありますか」

「ああ。魔法と魔道具にかなり精通している者がいる」


 シオンが言ったそのときだった。


 部屋一面に展開する魔法式。

 魔法罠が仕掛けられていたのだと気づく。


(召喚系魔法……!)


 次の瞬間、フィーネたちを取り囲んだのはアンデッドの群れだった。


 離宮を襲撃した際に使われた特級遺物が自動で作動するように仕掛けがなされていたのだろう。


 逃げられないように外を固めつつ、中の防壁と挟み撃ちにして侵入者を撃退する構造。


 獰猛なアンデッドの群れがフィーネたちを取り囲む。


 その一体一体の強さは離宮にいたそれとは比較にならない。


 召喚魔法の精度は込められた魔力量と魔素濃度に左右される。

 本来は開放された場所ではなく、密閉された場所でこそ力を発揮する遺物だったのだろう。


(この量を相手にいったいどうすれば)


 動けないフィーネの手を引いたのはシオンだった。


 地下室に続く扉に飛び込み、フィーネを奥へ押しやる。

 津波のようになだれ込む上級アンデッドの群れ。


 次の瞬間、上級アンデッドの群れは時間が止まったかのように静止していた。


 彼の目の前にある一切が凍り付いている。

 巨大な氷の壁が彼の手の先に展開している。


『狭さを利用して一度に戦わないといけない相手を限定した』


 低い声で言う幽霊さん。


『正しい判断だ。だが、これで止められるほど簡単な相手じゃ無い』


 氷の巨壁に亀裂が走る。


「俺が時間を稼ぐ。君は先に行け」

「いけません。私も戦います」

「アンデッドは無限に湧き出るように設定されている。一人でも二人でも、結果は同じだ。最後には、魔力が底を突きこちらが負ける」


 シオンの言葉は事実だった。

 今この状況でアンデッドの群れに勝利する方法を三人は持っていない。


「でも、それじゃシオン様が」

「君なら、俺が力尽きる前に戻ってきてくれるだろう?」


 たしかな信頼が含まれた言葉。


 同時に、そこにはよくない何かも含まれているように感じられた。


 最も危険な死地を自ら引き受ける死にたがり。


 初めて出会ったときのことを思いだす。


 この人は、自分の命に価値がないと思っている。


 最悪死んでもいいとどこかで思っている。


 その諦念が気に入らなかった。


「私を守って貴方が死んだら、私の命はその日で終わると思って下さい」

「何を言って……」

「二人分の命だと思ってどんな手を使っても生き残れって言ってるんです。死んだら絶対に許しませんから」


 それは、シオンにとって意外な言葉だったらしい。


 彼は二度小さくまばたきをして。


 それから、やわらかく目を細めた。


「わかった」


 彼の心にどれだけ届いたのかはわからない。


 シオン様の心の奥には多分、誰も溶かせない分厚い氷が張っていて。


 だからこそ、一秒でも早く戻ってくると決めた。


 フィーネは奥へ急ぐ。


 狭い通路を振り返らず先へ進む。





 ◆  ◆  ◆


『私を守って貴方が死んだら、私の命はその日で終わると思って下さい』


 いったい何を言っているのかわからなかった。


 それは誰よりも前向きな彼女のそれとは一見思えない言葉で。


 だけど、すぐにその意味がわかった。


『二人分の命だと思ってどんな手を使っても生き残れって言ってるんです。死んだら絶対に許しませんから』


 死ぬな、とただそう言っているのだ。


 自分の命を天秤にかけて。


 とはいえ、彼女が本当に死ぬような人では無いのはわかっている。


 ここで自分が死んだら、彼女は深く悲しんでくれて、落ち込んでくれて。


 でも、しばらくしたら立ち直って、前向きに人生を歩んでくれる。


 彼女の奥にある強さを知っている。


 死ぬな、と言ってくれるその優しさも。


『決めたわ。絶対に死なさないから』


 初めて会ったあの日。

 半ば意地になっているようなテンションでかけられた回復魔法。


 でも、そこに含まれている優しさの気配に彼は気づいていた。


 慣れた手際の裏にある豊富な場数。


 この子は、こんな風に今までたくさんの生き物を治療している。


『貴方のためじゃないわ。死なせたら私の目覚めが悪いってだけ』


 照れ隠しでそんなことを言いながら。


 そういうところが良いなと思った。


 好きになった。


 そんな彼女が、『二人分の命だと思って生き残れ』と言ってくれた。


 それは、他にもう何もいらないと思うくらいうれしい言葉で。


 だからこそ、もう少し生きていたいと思う。


 いや、少しじゃ足りない。


 一日でも長く続いて欲しい。


(ここで死ぬわけには行かない)


 シオンは魔法式を展開する。


 一歩も通さず守り切ると決めている。




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tobira
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