表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

51/64

50 暴力の化身


 シオンの治療を終えたフィーネは、部下の人たちに挨拶をしてから屋敷に帰ることにした。


「目覚めるまでいてくださっても大丈夫ですよ。料理も部屋もこちらで準備します」


 部下の人たちは引き留めようとしてくれた。


「あんな質の高い回復魔法での治療なんて、見たことありませんでしたから」

「タダで返すなんて、こちらとしても気持ちが収まらないというか」


 優しい言葉を固辞して王都の外れにある療養所を出る。


 半分になった太陽が山向こうから赤い光を注いでいる。


 公爵家の馬車に乗ろうとするフィーネに声をかけたのは、ウェズレイだった。


「目覚めるまで待てばいいのに。話したかったんやろ」

「なんでいるんですか」

「シオンくんとフィーネちゃんがどうなったが気になって。ほらボク、仲間思いやから」

「また適当なことを」


 フィーネはあきれ顔でウェズレイに言ってから続ける。


「でも、行き先を教えてくれたのはありがとうございました。おかげで駆けつけることができたので」

「ほんまびっくりしたわ。ボクの襟首つかんで、『あの人の仕事のスケジュールを教えなければ殺す』って」

「目的のために手段を選ばないのが私のやり方なので」

「暴力の化身やんって思った」

「褒め言葉として受け取っておきます」


 肩をすくめるフィーネ。


「そこまで好きなら、それこそ話していけばいいのに」

「バランスを取るのが大事なので」

「バランス?」

「恋愛感情って一種の神経毒みたいなものだと思うんですよ。入れ込みすぎるとろくなことにならないと思うんですよね」

「あー、だから近づいたから離れてバランスを取るみたいな」

「そういうことです」

「君ら似てるわ」


 くつくつと笑って、ウェズレイは言う。


「誰かに寄りかかるの苦手なタイプやろ。そっか、小さい頃にご両親亡くしてるんやっけ。だから、いなくなっても大丈夫なように思考を持っていくのが習慣になっている」

「人を分析してわかったような口を利くのやめた方がいいですよ。この人はめんどくさくて救いようのないカス虫野郎なんだなって相手に思われるので」

「でも、フィーネちゃんはボクのこと好きやろ?」

「ご冗談を」


 馬車に乗ろうとするフィーネに、ウェズレイは言った。


「人間は永遠に一人やで。結婚してようが思い合ってようが、誰かと心からわかりあうことはできへん。一人で生きて一人で死んでいく」

「当たり前のこと言わないでください。だからこそ、人生は楽しいんです。誰かが愛をくれたり、ちょっとわかりあえたときにすごくうれしい気持ちになれるから。完全にわかりあいたいなんて期待しすぎなんですよ。大人なんですから、そんな十代みたいなこと言うのやめた方がいいと思いますよ。痛いので」


 馬車の扉が閉まる。


 ウェズレイは遠ざかる馬車を見つめていた。

 肩をすくめてつぶやく。


「シオンくんよりずっとタフやわ、あの子」






 ◇  ◇  ◇


 夜の療養所で、シオンは自分を救おうとしてくれているフィーネの姿を反芻している。


 それは彼が知るある人物に似ている。


 死にたがっていた自分を救ってくれた初恋の人。


 ――《黎明の魔女》。


 フィーネは彼女の弟子だから、似ているのは自然なことなのかもしれない。


 しかし、そう結論づけるにはフィーネの魔法はあまりに似すぎていた。


 二人に強い関心を持っていたシオンだからわかる。


 弟子と師の相似では片付けられないものがそこにはある。


《風の魔術師》ウェズレイは、フィーネを《黎明の魔女》だと疑っていた。


 ありえるはずがないと思っていた。


 彼女の弟子という言葉を信じていた。


 だけど、今シオンはまったく真逆の結論を確信しつつある。


(《黎明の魔女》の正体はフィーネなのかもしれない)


 そう考えるといろいろなことの辻褄が合うように感じている。


 しかし、そこには少なくない危険も含まれていた。


『国王陛下が五賢人を招集し、《黎明の魔女》の正体を突き止めようとしている』


 事実として、招集されたのは彼以外の四人だったという話だった。


 彼がこのことを知っているのは、事情を知った部下が内密に教えてくれたからだ。


《黎明の魔女》が王都に現れて以降、王立騎士団は警戒態勢を維持している。


 王国は彼女を危険視していて、自分はそんな彼女とつながりがある可能性を疑われている。


 もし正体がフィーネだとわかればどうなるだろう。


 強大な力を恐れた誰かがフィーネを陥れようとするかもしれない。利用しようとするかもしれない。


 貴族たちは皆、欲に振り回され、失うことに怯えている。


 ろくなことにならないのは間違いない。


 しかし、正体を隠すのは王国と国王陛下に対する背信行為だ。


 五賢人の地位を失い、この国で生きていけなくなるかもしれない。


 最悪の場合、すべてを奪われて投獄され、処刑される可能性もある。


(迷うまでもないか)


 答えは簡単に出た。


 最初から出ていたとさえ言っていい。


(彼女を守るためなら、自分なんて簡単に捨てられる)




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【コミカライズ版2巻が5月12日に発売しました!】
(画像を押すと掲載ページに飛びます)
氷の魔術師様コミカライズ

【書籍版も発売中です!】
(画像を押すとAmazon掲載ページに飛びます)

tobira
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ