51 薔薇の会
フィーネにはもうひとつ、しなければならないことがある。
次期公爵夫人という立場を利用しての、《薔薇の会》への潜入調査。
宰相コルネリウスから頼まれたこの仕事は、同時に幽霊さんを実体化させられる魔道具への手がかりでもある。
王宮の図書館で働きながら、フィーネはさりげなく《薔薇の会》の情報を集めていた。
「《薔薇の会》に出るの? すごいわ、うらやましい」
キラキラした目で言う先輩もいた。
噂通り華やかでキラキラしたイメージのところらしい。
「よくある貴族の集まりと同じでしょ」
冷めた目で言う先輩もいた。
気持ちはわかる。自分も同じ側だ。
「《薔薇の会》か……その、がんばってね」
少し困った顔で言う先輩もいた。
怪しかったので追及することにした。
「え? いや、悪い噂とか知らないよ? 本当に知らないから」
人が良さそうなおじさんな先輩は、懸命に抵抗したけれど、最後にはフィーネの追及に屈した。
「いろいろ陰湿で息苦しいところだって言う話は聞くね。挨拶の順番を間違えたご婦人がみんなに無視されたり、いじめにあったみたいな話も聞いたことがあるよ。本当かどうかは知らないけど……」
なかなか怖そうなところらしい。
(まずいわね)
生まれてこの方、あまり人と関わらずに生きてきたフィーネにとって、陰湿な女社会というのは本の中でしか知らない世界。
挨拶の順番なんて知らないし、空気を読めずに失敗してひどい目に遭う未来しか見えない。
(クロイツフェルト家の次期公爵夫人だし、直接何かされるということはないだろうけど……いや、お家に迷惑をかけるなら、なおさら気をつけるべきか)
危機感を覚えたフィーネは、さらなる情報を集めるために《薔薇の会》について知ってそうな相手に連絡を取ることにした。
第二王子殿下のお誕生日パーティーで出会ったグレーシャー公爵家のご令嬢。
シオン様とも幼なじみだったレイラ様。
馬車でお屋敷を訪ねると、レイラ様は少し驚いた表情で迎えてくれた。
「今日はどうしてこちらに?」
「実は《薔薇の会》について伺いたくて」
宰相様からの仕事であることは伏せて、自分が《薔薇の会》の会合に参加することになったことを話す。
「フィーネ様は《薔薇の会》についてどの程度ご存じなのですか?」
「よくない噂があるみたいな話は聞きましたけど、他のことはまったく」
「挨拶の順番やシュトラウス公爵夫人のことは?」
「誰ですか、それ?」
「……怖すぎる」
レイラ様は愕然とした表情で言った。
「そんな状態で《薔薇の会》になんて参加するなんて、狼の群れに兎が入ろうとしているようなもの。一瞬で食い散らかされて目も当てられないことになるのは必至。シオンは何をやっているのですか」
「シオン様はいろいろとお忙しいようでして」
「……変わらないですわね、あの人も」
レイラ様は深く息を吐いて言う。
「一度でも会合に参加すれば、痛いくらい理解することになるのですが、《薔薇の会》は陰湿で歪な女社会です。陰口やマウントは日常茶飯事。少し空気を読み間違えただけで目も当てられない状況になる過酷な場所です。外から見れば綺麗ですが、その内実はあまり良いものではありません」
「いったいどうしてそんなことになっているのですか?」
「家柄が良くプライドが高い貴族女性が集まるところなので……ご主人の地位で序列が変わったりもしますし、あらゆる手段を使って会の中での序列を上げようと躍起になっている方も多いです。序列が高くなれば、それだけ悔しい思いをする可能性も低くなるので仕方ないことではあるんですけど」
なかなか恐ろしい場所であるらしい。
フィーネは挨拶の順番や注意すべきことについて聞いた。
「最も優先すべきは王妃殿下です。ただ、王妃殿下はお優しい方なので挨拶や振る舞いに強くこだわりがあるわけではありません。むしろ、丁寧に挨拶しすぎると贔屓されようとしていると思われて攻撃の対象になる可能性も高いです。短すぎず長すぎずを意識してください。その上で、最も重要視すべきなのは《薔薇の会》参加者の中で事実上の最高権力者であるシュトラウス公爵夫人ですね」
「先ほど言っていた方ですね」
「王族を除いた貴族女性の中で最も強い影響力を持つ方です。この方に対しては細心の注意を払って接してください。それから、序列二位であるチャンドラー公爵夫人。この方も派閥の主導的立場で注意深く接するべき相手です。また、ラーソン侯爵夫人とエルネス伯爵夫人にも注意が必要で――」
レイラ様は親切に教えてくれたが、フィーネにとって初めて経験する貴族社会の濃密な人間関係は刺激が強すぎた。
「社交界の人はこんなにたくさんのことに気を使いながら生きてるんですね……」
「人間が一番恐ろしいですからね。当日は私もできる限りフィーネ様をサポートしますから」
「ありがとうございます。助かります」
こうして迎えた《薔薇の会》の会合当日。
会場である普段は立ち入ることが許されない王室所有の離宮を遠くから見つめる。
華やかで煌びやかなこの離宮は数年前に建てられたばかりで、普段は国王陛下とその家族が使用していると言う。
(厳重な警備態勢ね。さすがは王族の居室というところかしら)
配備された騎士の姿を観察する。
会が始まるまではまだ時間があったが、既に何人かの貴族女性が会場の中で談笑している様子だった。
(一人で下手に行動するのは危険。レイラ様が来るまで全力で待機しましょう)
庭園の茂みに隠れて離宮を見ていたフィーネは、不意にあることを思いついて歩きだす。
離宮に向かって歩きだしたように見せかけて、踵を返して元いた場所へ走る。
茂みの陰をのぞき込むと、半透明の頭が慌てて庭園の生け垣の中に隠れた。
「一人で大丈夫って言ったでしょ」
悪い子を叱るようなトーンで言うと、幽霊さんは申し訳なさそうに顔を出した。
『今回はさすがに心配でさ。だって王妃殿下主催のサロンだよ。とても陰湿な女社会という話だし、世間知らずの君を放って置いたらまず間違いなく大変なことになりそうだし』
「大丈夫よ。最悪殴り合いに持ち込めば私の方が強いし」
『そういうところが心配なんだよ』
黙ってついてきたことに関しては、信頼されてないみたいで気分はよくなかった。
だけど、自分は大人なので許してあげることにする。
正直、ちょっとだけ心細かったし。
心強いという感覚が無いわけでは無かったし。
「仕方ないわね。ついて来させてあげる」
『任せて。ばっちりサポートするから』
幽霊さんはにっこり目を細めてから言う。
『でも、この会本当に気をつけた方が良いよ。ちょっと普通じゃない感じがする』
「普通じゃない感じ?」
『会場周辺を見て回ってたんだけどさ。隠れて泣いてる人と吐いてる人と死にそうな顔してる人がいて』
「なにその地獄絵図」
『見ててかなりつらそうだった』
みんないろいろな苦しみを抱えながら、参加しているらしい。
(帰りた……)
お腹が痛いってことにしようかなとか思ったけど、宰相様から仕事を頼まれている以上、避けて通ることもできない。
何より、幽霊さんを実体に戻すためにも、この会で得られる情報は大切。
「大丈夫よ、任せて。やられたら十倍にしてやり返すから」
『不安だ……』
つぶやく幽霊さんをスルーしつつ、フィーネは茂みの陰でレイラ様が来るのを待った。






