第八十八話 シドの愉しみ
アッティラの剣の初発分で消費された動力タンクが再び満量となる寸前でシドが神力の吸収を止める。ただでさえ衰弱していたところにまた1時間程苦痛に晒され、リファは失神する一歩手前の状態に追い込まれていた。
「あ、あ……うっ」
「あれだけ神力を搾り取られ続けてまだ意識を保っているのが不思議な位ですね。もうほとんど神力も残っていないでしょうに大した精神力です」
「……っ!」
シドが揶揄うような口調で称賛の声を上げるが皮肉にしか聞こえず、辛うじて自由に動かせる目で睨みつける。
「そう、その目がいいんです貴方は。そうやって希望を捨てず、敵愾心を露にする相手の顔をですね……」
そう言いながら、シドが私の顔を片手で触れ、優しく撫でる。
「……絶望に染めるのが私の最上の愉しみなのです」
「……っ!?……」
そう言い切るシドの表情は今まで見たこともない程冷たく、歪んでいて……怖気が全身を走った。殆ど力は入らず両手は手錠で固定されていたが、足の力だけで数歩分シドから後ずさる。こんな男に気圧されたことを認めたくはなく、話をすり替えようと試みた。
「あ、なた達は……本当にクーデターなんて……成功すると思ってるの?」
「さてどうでしょうね。少なくともフェリクス様は真にこの国を想い、より強い国へと作り変えようと全力を尽くしているようですが」
「あなたは……違うと?」
「ええ、言ったでしょう?私は私の愉しみのために行動しているだけです。そのためには都合がよいんですよ、あの方の傍にいることがね。確かに私とあの方は性格的には似ているとよく言われますし、気も合うかもしれません。ですが、方向性そのものは真逆。あくまで利用し利用されるだけの関係にすぎないのです」
つまりフェリクスは究極的には国を、そして国民を幸せにするために行動しているが、シドはあくまで自身の愉悦のみを追求するために行動しているというわけだ。ただ、フェリクスはフェリクスで国民自身の意思など全く省みるつもりがない点であまりにも偏っていると言わざるを得ないが。
「さて、動力も満量になったことですし、搾りカスに過ぎない貴方はもう用済みということになります。後は私の愉しみの糧にでもなって貰いましょうか」
「っ……わたしに、なにを……?」
「そうですね。手足を一本ずつ切り落とす、ダーツの標的になって貰う、というのもいいですがあなたの場合単純に苦痛を与えるよりも……女性としての尊厳を奪う、などの方が愉しめそうですね」
手足を落とされるのもダーツの標的になるのもお断りしたいところだが、尊厳を奪うというのがわからない。
「……そ、んげん……?」
「ええ、貴方は男性経験がないのでしょう?死ぬ前に一度くらいは経験しておいた方がいいのではないですか?そしてそれが死ぬほど嫌いな相手なら……どんな絶望に顔を染めるのか、考えただけでゾクゾクしてきます」
こんな男に汚される……!?考えただけで吐き気がしてくる……!
「……ぜ、絶対に……嫌」
「それを聞いて尚更やる気が出てきました。私は女性にあまり興味はありませんが、あなたの絶望を見るためなら喜んで行動に移らせて貰いますよ」
そう言ってシドがゆっくりと私の上に覆いかぶさってくる。そして私の首をペロリと舐め上げる。
「半日以上苦しんでただけあってかなり汗をかいているようですね。良い味付けだ」
「あっ……いや、やだ……」
ナメクジが首を這うような感触にどうしようもない悪寒が全身を襲い、拒絶の声を上げるもシドは全く気にかける様子もない。そして私の左胸を無造作に掴み、揉み始めた。
「いっ……やだ、やめ、やめて……っ」
「ふむ、胸は小振りのようですね。まあサイズなどどうでもいいのですが」
何の感情も感じられない乱暴な掴み方で痛みと嫌悪感だけが全身を支配する。シドの手を押しのけようともがくも、両手は手錠でまともに動かせずされるがままになってしまう。
「痛っ……もう、やめ、触ら……ないでっ!」
「おや、お気に召しませんかね。ではさっさと次へ進みましょう」
シドが胸からようやく手を離したかと思うと、今度は私の足を両手で掴み、大きく広げる。
「あ、な、何を……」
「これからあなたの大切なものを奪います。痛いだけでしょうが良い顔を見せて下さいね」
ゾッとするような冷たく、それでいて恍惚としたようなシドの顔が恐ろしく、恐怖感がピークを越えてしまった。
「やだ、やだぁ……ひっぐ、こんなの、やだ……うぐっ、やめて、離れて……」
もうどうしようもないのかという気持ちに圧し潰され、抑え込んでいた涙が溢れ出してしまう。
「大分良い表情になってきましたね……いいですよ、リファさん。その調子でもっと愉しませてください」
そう言ってシドが更に私の足を広げ、私に完全に覆い被さってきた。
「いや、やだぁ!……ひっぐ、た、助け、助けて、クラヴィス、ミリュー……!」
必死に逃げようともがいても全身にはもう殆ど力が入らず、か細い声で助けを求める声を出す位しかできない。
「そうそう、その表情です……っ!!」
そう言って嬉しそうに嗤うシドが私の頬を伝う涙を舐め上げた瞬間、大広間の扉が轟音を立てて吹き飛ばされた。
バガガァアアアン!!
「「リファ!」」
そしてリファの涙で歪む視界に入ってきたのは入り口に立ち込める煙の中から飛び出したクラヴィスとミリューの姿だった。




