第六十二話 ティアの病気
そして客間に入ってきたカインとティアは……見違えるほど様変わりしていた。くすんで茶色がかっていたカインの髪は鮮やかな金色になっており、服装もカジュアルながら品の良さを伺わせる青と白をメインカラーとしたものとなっていて活発な印象のカインにとても似合っている。本人はどうにも着慣れないようでかなり戸惑っているようだけど。
ティアは髪の色は赤みがかった金髪なのは変わらないが、しっかり洗った上にブラッシングもしたのでとても艶がありふわふわのカールもかかっている。服装も少女らしいレースをあしらったピンク主体のドレスでお人形さんのように綺麗な女の子の出来上がりだ。
「二人共、見違えるように綺麗になったね。お腹も減ったと思うしおやつも用意したからそこのソファに座ってね」
「あ……うん」
「お兄ちゃん、お話は私がするからね。お兄ちゃんは喋っちゃだめだよ!」
「わ、分かったって……」
まだティアは少し警戒した様子でカインをグイグイ押しながらソファに向かい、ゆっくりと座る。座った時にお尻が深く沈むのに吃驚してビクッとなる二人がとても微笑ましかった。
「ジュースとクッキー、マドレーヌを用意したから好きなものを食べてね」
「おおおお!すげー!い、いただきます!」
「ちょ、お、お兄ちゃん、みっともないからがっつかないで!……ああ、もう……」
カインがおやつを見た途端勢いよく身を乗り出して両手掴みで食べ始める。ティアが慌てて窘めるが全く聞いておらず、溜息をついている。
「お腹が空いてたんだから仕方ないよ。ティアちゃんも食べて。ある程度お腹が膨れたらお話しようね」
「は、はい……ありがとうございます」
実はティアもお腹が空いてたようでゆっくりとだがおやつを食べ始める。そして手が全く止まらない……相当に空腹だったようだ。暫く二人が美味しそうに、そして幸せそうに食べるのを眺めていたが、ようやく少し落ち着いたようだ。お腹一杯になって逆に眠くなる前に話を切り出そう。
「美味しかった?そろそろお話してもいいかな?」と聞くと二人共おやつを咥えたまま揃ってコクンと頷く。なにこれ可愛い。
「こほん。ええと、まずこのお屋敷はハミルトン伯爵家の別邸なの。そして私はハミルトン家に雇われた薬師なんだよ」
「はくしゃく家……って聞いたことあるか?」
「お兄ちゃん、何言ってるの!貴族様でしょ!それも伯爵って言ったら侯爵の次に偉いんだよ!」
「そ、そうなのか……」
「ええとね、ハミルトン家の当主様はハワード様っていうんだけど今はここにはいないんだ。でもこちらにいらっしゃる女性が奥様のミュリエラ様で、こちらの男性が嫡男であるクラヴィス様、その隣の男性が三男のヴァイド様だよ」
紹介されたミュリエラとヴァイドが笑顔で二人に手を軽く振って歓迎の意を示す。
「あ、あの……私達ティアとカインっていいます。でも伯爵家の方がどうして私達を招待するんですか?」
「それはね、私が薬師としてティアちゃんの治療をカイン君から頼まれたからなんだ」
「えっ……私の……治療ですか?」
「ティアちゃん自身は自覚してない症状もあると思うけど、何かおかしいなって思ったことない?」
「……それは……」
「例えば、人と話してる時に急に気が遠くなったり、何を話ししたのか思い出せなかったり、朝起きたら体中が筋肉痛になってたりとか……覚えが無いかな」
「あ……あります。気のせいかなって思ってたけど……最近知ってる人が突然私に冷たくなったり酷いこと言ってきたりしたから、私が覚えてない内に何かしたのかなって」
「ううん、ティアちゃんは何もしてないし何も悪くないよ。ティアちゃんの年齢と症状から考えて頭の病気なのは間違いないと思う」
「頭の病気……ですか?」
「うん。人の頭の中は色々な目には見えない電気が沢山飛び交っていて、それを使って人はものを考えたり覚えたり、身体を動かしたりしてるの。そしてティアちゃんの場合はね、その電気の内いくつかがおかしくなってて本当は必要のないところに放電するから記憶が曖昧になったり、身体が痙攣したり酷い時には気を失ったりするんだ」
「あ……」
「ティ、ティアの症状そのままだ!頭の中の電気がおかしくなってたなんて……」
「勘違いしないで欲しいのは、これは悪魔付きなんかじゃない、れっきとした病気だってこと。そして治療法もきちんと存在してるんだよ」
「病気って、じゃあ一体なんて病気なんですか!?」
「一般的にはまだまだ知られてないから多分聞いたことないと思うけど……『レピレプシー』って言うの」
「レピレプシー……僕も聞いたことすらないね」
「病気自体はずっと前からあることはわかっているんですけど、治療が難しいからあまり研究が進んでいない分野なんです。私も偶々この分野に興味があって個人的に治療法とかも調べてたから知ってただけで、多分カイン君が聞いたはくれ医者って人も下手すると病名すら知らないと思う」
「え、ち、治療法が難しいって……ティアは治らないの!?」
「あ、大丈夫、この病気は大人になってからも症状がある人は治りにくいけど、8歳位までに症状が出始めた子は大人になるにつれて段々症状が治まってきて、20才になる頃には大半が治ってしまうの」
「じゃあ、ティアは大丈夫なんだ!大人になればなんともなくなるんだ!やった、やったあ!」
「ただし、本当に重い症状の子だと大人になってからも治らないこともあるんだけど、そういう子は大抵極端に運動能力や知能が普通の人より低くなる。ティアちゃんはそのどちらも問題ないから多分大丈夫だと思う」
「じゃあ、私、悪魔付きじゃないの……?お兄ちゃんの傍にいてもいいの……?」
「うん、ちゃんと薬を飲めば症状もあまり起こらなくなるしずっとカイン君と一緒にいられるよ」
「わ、私……ぐすっ、お兄ちゃんに迷惑かかるから、いつかお兄ちゃんと離れないとダメだって、ふっう、そう思ってた……うぐ、でも、いいんだ。私、お兄ちゃんと一緒にいてもいいんだ……」
「良がっだ、ふぐ、ティア、良がっだなぁ」
ずっとティア自身も悩んでたんだろう。とても賢い子だから尚更。泣きじゃくってるティアを抱きしめてるカインも一緒に泣いている。色々溜まってたものを全部吐き出すまで暫く待つことにしよう。
実はそんな二人を見て私もミュリエラもレイナもハンカチが手放せなくなってしまってるけど、これは致し方のないことだと思う。小さい子たちが頑張ってる姿って心を打たれるんだよ!
ある程度知識のある方ならわかると思いますが、ティアの病気のモデルは「癲癇」です。
幼少期の癲癇は予後が良いのは事実ですが、本当に重症の場合はそもそもある程度の年齢になるまでに亡くなります。




